君の声が透明になった。

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「すみません、1人で夢中になって……」  声が震えそうになる。   「今日は」  でも、自分の声だ。  なんとか最後まで支えたい。 「ありがとうございました」  自分の声が、波によってかき消された。  最後まで、かっこつかない自分が自分らしい。  締めの言葉くらい、ちゃんと伝えさせてほしかった。 「はい、はい、わかってます……」  彼女の両親に、電話を繋いでもらっていた。  俺の1人喋りは彼女だけでなく、彼女の両親にも筒抜けだったということ。  なんて間抜けなと思わなくもないけど、今日のデートは俺が望んだこと。 「今まで、お世話になりました」  電話を切る。  今日の海は、彼女と一緒に来た場所だって思い込む。  自分は、1人じゃないって思い込む。  だから、彼女の両親に俺たちの仲の良さをアピールできて良かったなって思い込む。 「俺のわがままに付き合ってくれて……」  今日に限って、冬の海は大荒れ。  海にやって来た人間に対して、今すぐ帰りなさいと命令されているかのよう。  俺の生きる世界は、空気までもが凍りついてしまいそうな寒い世界ではないって。 「本当にありがとう」  俺が生きていく世界で吸い込む空気は、あたたかいもののはずだって。
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