君の声が透明になった。

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「今日は本当に」  海に来ることができなかった俺の声が、記憶と心を鮮やかに叩き出す。 「じゃなくて……」  まだ、君の笑顔も。  君の泣き顔も。  君との思い出も。  君の声も。  すべてが鮮明に響く。  こんなにも、すべてが彩り豊かに甦るのに。 「今まで」  今日で、お別れだって。 「本当にありがとうございましたっ!」  鼓膜を優しく撫でる、ありがとうの言葉。   そして、その言葉を最後に彼女の声が途絶えた。 「……っ」  君との思い出を飾ったカメラが、音も立てずに砂浜へと落下した。 「なんで……なんで……」  神様。  どうして彼女は、こんなにも早く世界から消えることになってしまったんですか。 「なんで……どうして……………」  零れ落ちる言葉も、激しい波音と一緒に拐われてくれて構わないのに。  都合よく俺の声だけは、攫ってもらえない。  俺だけが、置いていかれる。 「どうして…………」  君は、ここにいないの?  君は……。  吐き出したい言葉がある。  吐き出したい想いがある。  けれど、うまく吐き出せないから気持ちが悪い。
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