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2・お昼休みの一悶着
「夜咲さん、大丈夫? 顔色、だいぶ悪そうやけど……」
保健室のツンと鼻を刺す薬品の匂いの中、保井先生がわたしを見て、心配そうに首を傾げた。
「大丈夫です」
とっさに嘘をついてしまう。
さっきあんなことがあったばかりで、正直に言うと全然ダメだ。
相変わらずよく気付く人だなぁ。
銀縁丸メガネの奥で笑う決して鋭くはない綺麗な瞳は多分わたしたちの体調に関わることならなんでも見透かしているのだろう。
「そう? ならええんやけど、もし悩みとか相談したいことがあるならいつでもうちに言ってな」
少し怖いイメージのあった関西弁も彼女のおかげで全然そんなことないんだって思えるようになってきた。
「莉子ちゃんせんせー! ばんそーこーちょうだい! 指切っちゃった!」
突然ドアが開いて、二年生か三年生くらいの小さな女の子が先生にばんそうこうをねだる。
「大丈夫? 気ぃつけや」
そう言いながら少女が差し出す人差し指を優しく手当てする先生を見ていると少し心が楽になった気がする。
保井先生は傷だけじゃなくて、心のモヤモヤまで治してくれるから本当にすごい。
「せんせーありがと!」
少女は保井先生にニコッと笑顔を向け、廊下で待っていた友だちであろう男の子とすぐに走っていった。
元気だなぁ。少しだけ羨ましいや。
「素敵な絵やね」
わたしの前の席に座った先生が、描いていた絵を見てポソっと呟いた。
「そうですか?」
保井先生はよく褒めてくれるけど、わたしはそうは思わない。
絵を描くのは、ただの暇つぶしだから。
こんな風に、花鈴が委員会活動に行ってしまっていたり、たまに学校を休んでいたりするときの。
紙の中で楽しそうに笑っているネコをジッと見つめる。
やっぱり、この子可愛くないなぁ。
「うん。めっちゃ可愛いと思うで」
先生は絵を見て優しく微笑んでくれる。
すると、軽いノックの音がした。
「はーい」
保井先生がドアを開けると、日向さんと目が合った。
彼女(?)はわたしを見ると活発そうな笑顔を向けてくる。
相変わらずの可愛らしい笑みだけど、やはりわたしの手は震え始めた。
「さっきは大丈夫だった? というか、来海ちゃんここにいたんだね」
そんなことには気付いていないのだろう。
日向さんはどんどんわたしに近づいて来る。
わたしも後ずさろうとするけど、背後には机が置かれていて、思うように動けない。
まさに万事休す。
いや、そもそも日向さんに悪気はないんだし、逃げる必要なんてあるのかな?
でも、そんなこと言ったらみんな悪気はないわけで。
それに多分、逃げなきゃわたしの体が持たない。
ごめんね、日向さん。
「し、失礼しました!」
頭の中で、先生に使わせてくれた感謝を言いながらわたしは保健室を飛び出した。
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