1.創造者

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1.創造者

「この子は、創造者です。水晶の丘への居住を認めます」  生まれてすぐ告げられた政府からのこの言葉により、ユキトは両親から引き離され、『創造者』としての道を歩くこととなった。  水晶の丘には、およそ五百人の、ユキトと同じ『創造者』が暮らしている。神への供物として『()』を作り続けるよう定められたユキトたちには、故郷への思慕などという感情はない。そもそも親の記憶もなにもない時分からこの生活をしているのだ。寂しさ、というものが忍び込む隙間などあろうはずがない。  孤独とは無縁の日々。 ──だが、それが壊れ始めたのはいつからだろう。  ある夜、ほとほとと窓ガラスが鳴り、ユキトは目を開けた。夜に佳を生み出す者も多いから、丘には佳のうち、音を捧げる創造者たちが奏でる調べがふんわりと漂っている。数多の佳が混ざり合い、複雑な色を抱いて音が躍っている。が、耳障りではない。  奇跡的に作り出される調べ。今夜の重奏は、ユキトの好みだ。  少し笑んで窓を開けると、クレハがいた。  クレハの黒髪が、青白色の月光を反射し、しっとりと輝いていた。 「どうしたの」  そっと問うと、クレハはごくごくわずかに唇の端を上げて微笑んでから、するり、と窓の桟を乗り越え、室内に入ってきた。 「絵を、見たくて」  クレハの言葉にユキトは、いいよ、と頷く。  本当は……創造者同士が佳を見せ合うことは禁じられている。  佳はあくまで神への供物であり、創造者とはいえ、人同士で楽しんではいけないと定められているからだ。  しかし……佳を追い求める創造者にとって、他者の佳は己の佳を磨く砥石になりえる存在であることも確かだ。ゆえに、自身の佳をより高みへと導く目的であれば、自分以外の創造者の佳に触れても良い、とされている。 「あなたが描くのはいつも雪の絵なのね」  あてがわれた部屋の床、半分を覆うように置かれた大判の板の上、まるで今、この部屋に降り積もったかのように白銀に輝く雪原を見下ろし、クレハが囁く。  ユキトは曖昧に頷き、クレハの横に歩を進め、自身の絵を見下ろす。 「なんだろうね。神様の囁きに耳を傾けていると、瞼の裏に浮かんでくるんだよ。これを描け、というみたいにね」  ことり、とり。とり、ことり。  今日も、神は囁き続ける。  自身の胸に手を当て、ユキトはそっと目を閉じ、己の体から響いてくる鼓動に耳を澄ます。  創造者の心臓を震わせ、生み出される音は音楽だ。創造者ではない者にはない、その独特の旋律こそが、ユキトたち創造者が創造者である証であり、佳の源だ。  創造者は己の胸から響いてくるその鼓動、『神の囁き』を元に佳を作り出し、神へと佳を捧げる。  神から与えられた美しきものを、神へとお返しする。  この絵だってそうだ。完成したら神の御許、御台(みだい)へと捧げる予定だ。  神は、喜んでくれるだろうか。  瞼を開け、自身の絵に視線を向けたユキトの横で、クレハがふっとため息をついた。 「これはきっと、あなたが生まれた町の景色よ」 「なに?」 「あなたの記憶の中に刻まれた最初の風景。あなたはそれを繰り返し繰り返し描き続けている。誰の導きでもなく、あなた自身の思いによって」 「クレハ!」  隣に立つクレハの腕をユキトは思わず掴んだ。  クレハの腕は、わずかに震えていた。 「そんなことを言ってはいけない。僕たちが佳を生み出すのはすべて神様のためだ。この胸に神様の囁きがあるから佳を生み出せているんだよ。君の今の言葉は……それを否定する。長に聞かれたら……」 「ねえ、ユキト」  クレハの声がふいに滲んだ。 「神様って、なに?」
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