恋の季節

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恋の季節

4月、桜舞い散る穏やかで暖かい日。 大手商社『マーベラスコーポレーション』に営業事務として入社して1週間。向井(むかい) (れん)と同期の小波(こなみ) (はな)は昼休憩に今話題の創作レストランに向かっていた。 向井 恋、22歳。 大学卒業後、入社。真面目で大人しい性格。今まで一度も(こい)をした事がない。 小波 華、22歳。 大学卒業後、入社。明るく社交的で、年齢より少し大人っぽい性格と容姿をしている。恋愛の経験は豊富だが、軽い訳ではない。 自社ビルから歩いて10分の所にある『ビストロ キッチン』。数ヶ月前にオープンして雑誌やテレビに取り上げられ、注目されている店だ。 「小波さん、予約してるの?」 「ううん、してない」 「えっ! じゃ今すごい人気のお店だから、入れないんじゃない?」 「うーん。11時からオープンなんだけど、昼になってすぐ出て来たから、まだ大丈夫だと思うんだけどなぁ…」 「ちょっと急ごう…」 2人は少し駆け足で店に向かう。 入社してすぐに仲良くなった小波に、ランチへ誘われた恋。話題の店がすぐ近くにあるという事を知り、昼休憩のチャイムが鳴ってすぐにオフィスを出たが、店に着き小波がドアを開けると、すでに店内は女性客でいっぱいになっていた。 出入り口にいた2人の元に、男性スタッフがやって来る。 「何名様ですか?」 「2名です」 小波が恋をチラッと見て答える。男性は店内を見回した後、話す。 「ただいま、テーブル席は埋まっておりまして、カウンター席でもよろしければご案内出来ますが…」 小波が恋に視線を向け尋ねる。 「どうする? 私はカウンターでもいいよ?」 「私もカウンターでいいよ」 恋がそう答えると、男性は微笑んで言った。 「ありがとうございます。ではご案内します」 男性スタッフのあとをついて行き、小波と恋はカウンター席に並んで座った。 カウンターの中は、飲み物を提供する場所になっていて、ソフトドリンクの機械やコーヒーマシンがあり、壁側にはお酒の瓶も並んでいた。カウンターの左右に通路があり、壁の奥が厨房になっているようだ。 カウンター内からグラスに入った水とおてふきが2人の前に出され、男性スタッフに注文を訊かれる。2人はコーヒーが付いているランチメニューを注文した。 「かしこまりました。少々、お待ち下さい」 男性はそう言って、カウンター横から奥に入って行く。ほどなく出来上がった料理を両手に持ち、他のテーブル席に向かう。 「よかった。一応入れたね」 小波が水を飲みながら言う。 「うん。やっぱり人気店なんだね。それに女性ばっかり…」 恋が振り返って店内を見回す。 「そりゃぁね。だって料理が美味しいのはもちろんだけど、スタッフもイケメンで、噂によればシェフもイケメンらしいの」 「噂?」 「そう。シェフは奥から出る事がないし、店で見る事が出来ないかも知れないけど、チラッとそこから覗いた人がいるみたいで、噂になっているの」 小波は右側の通路を指さし、そう話す。 「そうなんだ…」 「ところでさ、そろそろ華って呼んでくれない?」 「えっ…」 「さっき小波さんって……同期入社してすぐに仲良くなって、私は恋の事、友達だって思ってるよ。もっと仲良くなりたいって思ってる」 「うん、私も。華…」 同性の友人でも、下の名前で呼ぶのは少し照れる恋。
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