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朱亜(シュア)邪王(じゃおう)を倒した後、何がしたい?」  枯れ枝に火を付けようとしていた朱亜。小鈴(シャオリン)の思いがけない質問に手を止める。 「邪王を倒した後……?」 「そう!」  うーんと声を上げ、腕を組んで朱亜は悩む。けれど、頭の中は真っ白で何も思いつかない。 「小鈴はやりたいことあるの?」 「私は髪を伸ばしたいな」  小鈴に同じ質問で聞き返すと、彼女は短い髪の束をひとつまみした。故郷から旅立つとき、長老に「女の子が旅をするのは危ないから、道中は男のふりをしなさい」と言われて二人とも長かった髪を男に見えるくらい短く切った。その時、小鈴は少し悲しそうに顔を伏せていたのを思い出す。小鈴は顎のあたりで綺麗に切りそろえられているけれど、適当に切った朱亜の髪は、後頭部はほとんど刈り上げに近い状態で頬にかかる髪だけは少し長めになっていた。 「小鈴がそうするなら、私もそうしようかな。特にやりたいこともないし」 「やめとけって、朱亜には似合わないぞ」  そう言いながら、仲間が戻ってきた。水汲みから帰ってきた天佑(チンヨウ)(ヤン)は女子二人の話を馬鹿にするみたいに笑っている。 「小鈴ならともかく、朱亜に女らしい格好なんて今さら似合わないよ。今の男っぽい方が合ってる」  のっぽの天佑が大きな口を開けて笑っている。 「そうそう」  小柄な洋は、ニヤニヤと相槌を打った。 「ちょっと、二人とも嫌な言い方! ……まぁ、朱亜はもう少しくらいおしとやかにしてもいいとは思うけど」  おしとやかに、と言われても大雑把な朱亜にはどうやっていいかわからない。小鈴の真似をしたらいいのかな、と考えながら二人が汲んできた水を手ですくって飲む。少し濁っているけれど、彼女たちが暮らしていた故郷で流れている川の水よりはずっとマシ。朱亜は「早く晩ご飯の用意しようよ」と三人を急かす。天佑は座り込んでお腹のあたりを摩っている。小鈴がなけなしの食材を鍋に入れて、水を注いだ。 「あー、腹減った。小鈴、今日は何?」 「いつも通りの、くず野菜と妖獣(ようじゅう)の肉の汁物よ。天佑、肉取って」  朱亜と一緒に旅をしてきた小鈴、天佑、洋は同じ故郷出身の気心の知れた幼馴染同士。天龍(てんりゅう)の預言にある【邪王を討つ剣士】だと選ばれた朱亜のことを支え、ここまで一緒についてきてくれた。  空には厚みのある暗雲が立ち込め、渦を巻いている。その渦の真下にはこの国を恐怖で支配する邪王が住まう城がある。朱亜たちはその邪王を討つため、遠い故郷からここまでやってきた。邪王城はもう目前まで迫っているけれど、長旅でみんな疲れ切っている。まずは英気を養い、襲撃するのは明日にしようと朱亜が提案した。今夜は城が良く見えるこの場所で野営をすることに。  そう、明日にすべてを終わらせるのだ。朱亜自身が。 「みんな、今までありがとう」  ぐっと思いがこみ上げてきた朱亜。三人にそう告げると、みんなは顔を見合わせて照れるように笑っている。 「なんだよ、急に。それこそ朱亜らしくない」 「だって、邪王を討つなんて危険なことなのに。ウチのこと信じてここまで一緒に来てくれて、本当にありがとう」  邪王の姿を見て、生きて帰ってきた者はいない。とても恐ろしい存在だ。朱亜は邪王城に視線を向ける。  邪王の本当の姿は伝え聞く話によると、若い男とも老女とも、獣のような姿をしているとも言われている。まことしやかに囁かれる噂話で共通しているのは『人とは違う異形の姿をしている』ということだけ。そんな姿かたちもわからない者が、100年ほど前、平和だった【天龍国(てんりゅうこく)】を消し去ってしまった。以来、邪王と人間の戦いが続いている。  約1000年前も、今と同じように邪王が世界を支配していた。だが、天からやってきた龍が死闘の末邪王を討ち、その魂を黒水晶の印章に封印した。恐怖に満ちた世界に安寧をもたらした龍は民から【天龍(てんりゅう)様】と崇められ、人々は一から国を作り、以来この国はずっと平和だった――100年前のある時までは。  何者かが己の身勝手な欲望を叶えるために印章を使って邪王と契約し、その身を依り代にして邪王を蘇らせてしまった。以来、天龍国は再び邪王に支配される悲惨な国に逆戻り。しかし、天龍はこうなることを予感していたのか、最初に邪王を封印した時に1つの預言と2つの宝を残していった。    その預言とは「再び邪王が復活したとき、邪王を討つことができる人間を世に遣わす」というものだった。そしてその人間が使う(つるぎ)と守りを残していく、と人々に言葉を預けて天へ戻っていったらしい。  そして、預言に遺されていた邪王を討つ人間こそ、朱亜のことだ。彼女が生まれた時、故郷に3人の占術士が立ち寄っていた。赤ん坊の誕生を祝福したいと家を訪ねてきたその者たちは生まれたばかりの朱亜を見てとても驚き、こう告げた。 「この赤ん坊こそ、天龍が遣わした我らの救世主だ!」  だから彼女は、物心つく前から「自分の使命は邪王を討つこと」なのだと言われて育てられてきた。その使命のために剣の稽古を重ね、18歳になったときに幼馴染たちと旅に出た。  朱亜は腰に下げていた剣に触れる。緩やかに曲がった刀身は光り輝く銀色だけど、柄の部分は朱亜の汗や手垢のせいで黒くなっている。この旅の長さや過酷さがそこに滲んでいた。  この剣は天龍が残していった宝のひとつ。世界で一番高い山・天龍峰(てんりゅうほう)の中腹に残されていた剣を手に入れるのは本当に大変だった。朱亜は困難の連続だった道のりを思い出す。でも、それも今日で終わりだ。これさえあれば邪王なんて簡単に蹴散らせることができるはず。実際、そこら辺にいる妖獣という黒い角を生やした四つ足の化け物は朱亜と天龍の剣にかかれば仔犬同然だった。 「ここまで来たら、もう邪王城に乗り込むだけ。みんなで頑張ろう」  朱亜の力強い掛け声に、みんなは頷く。 「うん! 朱亜と一緒にいたら心強いよ」 「だな。朱亜がいれば怖いもん無しだ」 「俺たちは朱亜を信じていくよ」  洋が荷物に残っていた調味料の箱を開ける。塩がほんの少しだけ残っていた。 「これ、全部入れてもいいかい?」 「おう、もちろん! 明日邪王を倒したらさ、邪王城にある食料をありったけ使って宴でもやろうぜ」  鍋に2つまみ分くらいの塩を入れる洋。天佑はご馳走を想像して空腹を感じたのか、また腹のあたりをさすっている。 「なんだか、いつもよりおいしそうな匂いがするね」  朱亜が鼻をクンクンと利かせた。 「鼻がいい朱亜がそう言うんだから、きっとおいしいわよ」  具よりも汁の多い食事を食べながら、4人は夢を語り合う。世界が平和になったら何がしたい? そんな妄想は夏の入道雲のように大きくなっていく。商売をして金持ちになりたい天佑、この旅の記録を本にして大作家になりたい洋。髪を伸ばして煌びやかな服を着たい小鈴。  でも朱亜だけは、将来の姿が見えてこなかった。悩んでいる朱亜に、やりたいことなんてこれから見つけたらいいよと小鈴が慰めた。そうだ、まずは目の前のことだけを考えよう。みんな緊張している様子はなくて、朱亜は胸を撫でおろす。  きっと自分たちは大丈夫。今晩はゆっくり休んで、明日は朝一で邪王城に攻め入って、邪王を討ち滅ぼし世界を平和に――。 「……ハァッ、ハァッ」  邪王城に乗り込んだ4人は、息を切らせて逃げまどっていた。敵に見つからないように何もない部屋に飛び込んで隠れる。 「ちくしょう! ちくしょう! こんなの聞いてないぞ!」  天佑が拳で何度も壁を殴りつける。物音を立てたら敵に居場所がバレてしまうかもしれない、と怯えた小鈴が天佑を止めた。  邪王城の中には、外にいるものよりももっと強い妖獣や、多くの死体で出来た兵士たちが邪王の玉座を守っていた。敵である朱亜たちにすぐさま襲い掛かってきて、邪王に近づくことすらできない。倒しても次から次へと現れキリがなく、疲労がたまっていくばかり。その隙を狙われた。3人は朱亜を庇い傷だらけに。互いに傷薬を塗りあっていた。ボロボロになっていく仲間たちを見て、朱亜は呟いた。 「どうしよう、これから……」  一時撤退し、怪我を治してから再び乗り込むのも一手だ。しかし、みんなに逃げるほどの余力はあるだろうか? 朱亜の迷いを感じ取った天佑と洋は顔を見合わせる。2人とも、考えていてことは同じだったようだ。決意するように強く頷きあっていた。
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