一 王宮 <3> 邪王への手がかり

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 皓宇が見つけ出した資料を抱えながら、2人は鈴麗宮へ戻っていく。すでに劉秀が戻っていたが、彼の方が収穫はなかったらしい。その上、兄・泰然に「どんな面をして帰ってきたんだ」「我が家の窮状も知らずにのうのうと」「沈家を再興させる策をお前も考えろ」とクドクドと叱られ、すっかり疲れ果てていた。 「私は過去の事件について調べてきた。この5年間で事件は70件近く発生している」 「そんなに!」  朱亜は驚く。確かに、ひと月に一度は起きていると劉秀も話していたけれど……。 「事件の発生が一番多いのは花街だった。続いて、王宮の周辺や王宮内。市井は思ったよりも少ない。やはり、先日の女官が全ての事件を起こしていたのか……」  しかし、検められた女官の私物の中に、邪王との繋がりを示すものは見つからなかったという。もちろん、邪王の印章もなかった。真面目に勤めを果たしており、公主・春依の身の周りの世話を務めるようになりまだ日は浅かったが、心から春依に尽くしていたそう。彼女を知る者たちは皆、こんな事件を起こすような人間には見えなかったと話している。それに、彼女が花街に出入りしていたという話はないらしい。 「あの女が邪王を復活させようとしたのか、他に復活を企む者に使い捨てられたのか……」  劉秀は顎のあたりをさする。三人それぞれ悩んでいるが、答えを出すにはまだ足がかりになるものが少なすぎる。 「そもそも、どうして花街と王宮で多く事件が起きるのでしょうか? 無差別の犯行ならば、民を狙ってもいいのでは? 花街はともかく、わざわざ警備が厳重な王宮内で……その二か所で事件を起こさなければいけない理由があるのでは?」 「花街と王宮で? あまり関係のなさそうな場所だけどね」 「……高級妓楼ならば官吏だって足を運ぶぞ」  皇帝を中心に政を行う王宮。華やかな妓女たちが一夜の夢を魅せる花街。あまりにもかけ離れている。朱亜の茶碗が空になったのを見て、静がすぐにお茶を注いでくれた。 「そういえば!」  静がハッと何かを思い出したように声を上げる。三人とも顔を上げた。 「いえ、大した話ではないのですが。あの明豪という男は5年前まで、花街にいたと聞いたのを思い出しただけでございます」  あのいやらしい詮索をしてくる明豪を思い出して、朱亜はまるで苦虫をつぶしたような顔になる。皓宇は「確かに」と、彼が王宮にやってくることになった経緯を思い出す。 「宰相の孟氏が連れてきた、と聞いている。あれは、太子殿下が病に臥せったときだったな」  もともと病弱だった太子・雨龍だったが、5年ほど前に重病にかかり危篤の状態に陥った。その時孟秀敏が「凄腕の占術士」だと言って連れてきた者こそ、向明豪である。彼は、雨龍は病を克服し目覚めると言い放ち、その日時まで予想していた。気休めや慰みだと思っていた皇帝一族だったが、それは見事に的中した。以来、明豪は良き相談役として後宮の妃たちにも信頼されるようになっていった。  しかし、その素性は誰も知らない。連れてきた孟氏すら、花街で暮していたということ以外は知らなかった。情報通を自称している静も、名前も聞いたことのない占術士だと話す。 「もしや、邪王の印章を盗み出すために皇帝陛下に取り入った……?」  劉秀は呟く。皓宇は「疑いたくはないが」と首を傾げる。 「しかし、明豪は皇帝陛下からの信頼も篤く、王宮内も自由に歩き回っている。宝物庫に忍び込み、邪王の印章を盗み出すことは不可能ではない。明豪のことを調べてみる価値はありそうだ」  それと同時に、彼らは心臓の血で作る薬のことも調べなければいけない。薬を作る目的とは、それはどうやって作るのか、そもそも、心臓を持ち去っていくのは本当に薬を作るためなのか。邪王との繋がりは確かなのか。皓宇は深いため息をつく。考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。 「劉秀が万家で見たという書物があれば良いのだが……」  劉秀は顔を伏せた。そして突然手を床について、深く頭を下げ始める。皓宇はその勢いに驚き、茶を少しこぼしてしまった。 「急にどうした、劉秀!」 「大変申し訳ございません、殿下! 殿下に仕える身でありながら、俺は隠し事を……」 「隠し事? 一体なんだ、劉秀」  顔を伏せたまま、劉秀は重たく口を開く。 「もしかしたら……万家の生き残りの娘が、花街で暮しているかもしれません」 「生き残り!? 万家は刑死となった当主以外は皆、女子供関係なく流罪となり都にはもういないと聞いていたが……どうして花街なんかに?」 「わかりません。俺もそんな噂を耳にして……万家の者は大罪人、本来であれば告発し裁きを受けさせるのが義務であることは重々承知しておりました。ですが……」  劉秀には何やら事情があるらしい。それ以上は口ごもり、理由を話すことはなかった。優しい皓宇も強く問いただすこともできない。重たい空気が流れるのを感じ取ったのか、朱亜は声を張り上げた。良いことを思いついたのだ。 「じゃあさ! ウチが花街に潜入して色々調べて来ようか? 明豪の事とか、その万家の娘さんの事とか!」  なんという提案だろうか?! 驚きのあまり、皓宇も劉秀も目玉が飛び出そうになる。 「何を言っている、朱亜! 花街に行くということの意味が分かっているのか?」 「分かってるよ、ガキじゃないんだし。でも、皓宇の役に立ちたいんだよ。ウチ、何もできないし……」  何も分かっていない、朱亜は何も分かっていないと劉秀も慌てて引き留める。 「潜入なんて繊細さが必要なこと、お前には無理だ。絶対にやめておけ!」  男二人がかりで止めようとしていると、後ろに控えていた静がわずかに震えていることに皓宇が気づく。皓宇が静にも朱亜を説得してもらおうと思ったとき、静は涙を流しながらひれ伏した。 「さすがは天龍様が遣わした救世主様でございます!」 「……じ、静?」 「この静、朱亜様がその力を遺憾なく発揮できますよう、ありとあらゆる人脈を使ってでもお支えいたします!」 「ありがとう! さすがは静さん!」  朱亜はビシッと人差し指を天に向かって突き刺した。 「よし! 行こう、花街へ!」
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