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馬は駆け足で鈴麗宮に向かっていく。あまりの激しさに何度も振り落とされそうになる皓宇は、必死に朱亜の腕に捕まっていた。鈴麗宮に着くころには、彼はまるで二日酔いをしたときのようにフラフラと目を回している。
「劉秀!」
朱亜が大きな声で叫ぶと、奥から驚いた顔をした劉秀がやってきた。
「お前、こんなところで何をやってんだよ。花街での潜入は? 嫌になって逃げだしたのか?」
「そんなんじゃない! 孟秀敏のくっ付き虫のこと、アンタだって知ってるでしょ? 飛嵐!」
劉秀と皓宇は、朱亜が突然出したその名に顔を見合わせる。朱亜が続けた言葉は、2人ともとても驚くものだった。
「魅音は、飛嵐の妾になるつもりなの!」
「め、妾……?」
劉秀はそれっきり言葉を失くしていた。皓宇は朱亜に問い正す。
「本当なのか、朱亜。万魅音は、孟家に追従する者も許さないと言っていたが」
それどころか、殺してやるとまで言っていたはずだ。
「飛嵐の屋敷で暮して、孟秀敏ともども寝首を掻いてやるって! ねえ、劉秀はこのままでいいの? 許嫁なんでしょ? 大切な許嫁が人を殺そうとしているのを止めようとしないの!?」
「許嫁だったのは過去のことだ……」
「魅音と同じこと言わないで!」
彼女が復讐を糧に今まで生きていたのならば……自分は止めることはできない、と劉秀は思う。
「劉秀はこのままでいいわけ?!」
「俺は沈家の一族だ、彼女にあわせる顔なんてない! きっとあっちだって沈家の者には会いたくないはずだ! それに、魅音が望む幸せならば……」
「また同じこと言って! 劉秀のくせに、かっこつけ!」
朱亜は心底腹を立てている様子だった。耳が真っ赤になっていく。
「どうして二人ともすぐに諦めるの!? 生きていて、こんなにもすぐ近くにいるのに!」
キーッと怒りに任せた叫び声をあげる朱亜。いつもならそんな奇声をあげようものなら「うるさい」と言って朱亜を叩いて怒る劉秀は、とても大人しかった。これでは調子がくるってしまう。
「皓宇も何か言ってやってよ!」
「……果たして、王宮で盗みを働いていたのは万家のものだったのだろうか?」
「はぁ?」
今関係ないじゃん! と朱亜は怒ろうとするけれど、皓宇は真剣に考えている。
「私の記憶に残る万家の当主は、本当に皇帝陛下を敬い、美術品に対して我が子のような愛情を向けていた。そんな彼が、闇市で見知らぬ人間たちに売り捌くなんて。それに、自分の名を名乗っていたのも不自然だと思わないか?」
こっそり売りつけるのであれば、きっと偽名を使うはずだ。皓宇が引っかかっていたのはそれだけではない。
「それに、5年前というもの気になる。すべてが重なりすぎている」
宝物庫の宝がなくなり、万家の当主は死罪となり、彼の心臓が盗み出され――そして、妖獣が現れた。
「邪王復活を企む者が、万家を追放しようとした――というのは考えが飛躍しすぎだろうか?」
なんにせよ、もう一度魅音と話をする必要がある。皓宇はわずかに厳しく咎めるような声音で劉秀に尋ねる。
「お前は本当にこのままで良いのだな?」
劉秀の返事はない。
「お前は自分が恵まれていることが分かっていないのだな。……羨ましいよ、愛する者が生きていて」
朱亜はかんざしに触れ、そして100年後の未来に置いてきた仲間たちのことを思い出していた。少しでも穏やかな時代を、みんなに。その思いに駆られて、朱亜は走り出していた。
***
「魅音!」
走って花街まで戻ってきた朱亜。息を切らしながら、魅音の居室へ急ぐ。楼主が説教しようと捕まえようとしてきたけれど、彼女はそれを振り払ってどんどん進んでいく。
「なに? 片付けで忙しいんだけど」
「聞いて! ウチ、100年後の、未来の天龍国から来たんだ!」
突拍子のない話に、魅音はどう返せばいいのか迷ってしまう。変な子だとは常々思っていたけれど、ここまで突き抜けて変な子だったとは。
「……アンタの作り話に付き合っていられる暇はないわけ、早く出て行ってちょうだい」
「本当だって! ウチが暮らしていた時代では邪王が復活して大変だから、復活する前の時代に来て邪王を倒すことになって!」
朱亜の話を妄言だと思うことにしたらしい。魅音は耳も貸してくれない。朱亜のいら立ちが募る。
「もう! 魅音は信じてくれると思ったのに! だってウチは、天龍の首飾りを使ってこの時代に来たんだよ! それ以外の方法あると思う!?」
その言葉に、魅音の目の色が変わった。
「天龍様の首飾り……?」
「魅音ならよく知っているでしょ、あの首飾りに秘められた本当の力!」
「じゃあ、朱亜が天龍様の預言に遺された救世主……?」
「そう!」
朱亜は何度も頷く。
「どこに、あなたの時代はどこに首飾りがあったの?」
「邪王城の中。今の、王宮がある場所。ねえ、ウチ、考えたんだけど……あれはこの100年間、ずっと同じ場所にあったんじゃないかな?」
「ずっと、王宮に……」
無くなったと思っていたが、違うのでは? 誰も見つけることが出来ず、復活した邪王がようやく見つけ出したのでは。朱亜はそう考えた。
「ねえ、もし飛嵐なんかの妾になったら、自由に出歩くこともできないかもよ。アイツの性格の悪さ、魅蘭が良く知っているでしょ?」
「でも……」
「もしかしたら、首飾りから遠ざかるかもしれない。魅音はそれでもいいの? ウチらと協力して、邪王を倒した後に一緒に探そうよ。ウチだって帰るのに天龍の首飾りが必要だし」
魅音は唇を噛む。朱亜は思い切って、劉秀の話を持ち出した。
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