『慧眼の名探偵』

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『慧眼の名探偵』

先生 「おい、起きろ!」 そう言われて飛び起きると、みんなの視線が僕に集まっていた。一瞬理解が追い付かなかったが、黒板の板書とチョークを差し出す先生を見て理解した。僕は指名されたのだ、と。しかし、今まで爆睡していた為、先生は僕に怒鳴るしかなかったのだ。なんだか申し訳なく思いながらチョークを受け取った。聞かれていたのはそんなに難しい問題でもなかった。さっさと解いて席に戻ると、先生は満足そうに1人で頷いた。それから数分経ったら授業が終わった。今日はこのあと補習等もないから帰れるな、と思いながら明日の計画をメモした。その時、ふと今日の予定をメモしてあった隅に書かれた達筆なメモが目に入った。 朔 「『18時~ 歯医者』…って、あっ、ヤバい!」 今日は歯医者を入れていたのをすっかり忘れていた。急いでバス停に向かい、バスに乗って駅まで移動した。すると、予定まであと1時間以上あることに気がついた。どうやら、急ぎすぎて1本早いバスに乗ってしまったらしい。焦ると周りが見えなくなる性格上、こういうことはよくある。こういう時、いつもだったら親友の茜 和樹(あかね かずき)がいてくれるのだが、僕が急いで学校から出てきてしまったせいで、今日は不在だ。 朔 「…何をして時間を潰そうか…」 そう考えていると、見慣れた格好をした男の人が目についた。少し眺めの髪を後ろでまとめている、スラッとした体格の男の人だ。 朔 「あっ、(なぎ)さん!」 凪 「…おや、この声は(さく)くんか。学校が終わったんだね、お帰りなさい。」 朔 「ただいま。…でもこの後は歯医者なんだ。」 凪 「そうかい。じゃあ今日は帰りが遅くなるんだね。晴流(はる)さんと一緒に食事は作っておくよ。」 朔 「ありがとう、凪さん。」 この人、高原 凪(たかはら なぎ)さんは僕の引き取り手…新しいお父さんだ。凪さんは晴流さんと結婚している為、晴流さんは僕の新しいお母さんだ。2人ともとても優しくて、充実した毎日を過ごしている。凪さんはある有名な文房具メーカーで働いているらしい。ちょうど会社から帰る途中らしく、僕はバスターミナルまで一緒に行くことにした。いろいろなことを話した後凪さんと別れると、和樹から電話が掛かってきた。 和樹 『もしもし、朔?俺…和樹だけどさ、ちょっと今から商店街来れないか?』 朔 「…どうして?この後用事があるんだけど…」 和樹 『あー…実はさ、お前の頭脳を借りたくて…』 朔 「…ということは依頼か?」 和樹 『そうなんだよ!だから、できれば星宮(ほしみや)商店街に来てくれないか?』 その連絡を受けて、僕は急いで商店街に向かった。まだ時間はある。商店街からの依頼、といったら一番考えられるのは猫探しか万引きだが…恐らく後者だろう。猫探しだったらあまり急がなくても良いしな。それに、星宮商店街はもうあまりやっているお店が少なく、シャッター商店街になりつつあるのだ。こんなところで猫探しなんて、隠れる場所がありすぎて見つからないことの方が多い。 商店街に着くと、商店街では一番賑わいを見せる『星宮駄菓子店(ほしみやだがしてん)』の前に和樹と店主の『星宮 幸子(ほしみや ゆきこ)』さんがいた。幸子さんは今年65歳の御婦人で、1人でこの駄菓子屋を経営している。和樹によると、事件が起こったのは10分前位。ある高校生位の女の人がチョコレートを万引きしたらしい。その量は大体300円分くらいだ。ここの店ではチョコレートは1粒につき20円らしいから…約15粒を万引きしたことになる。 幸子 「1回ならまだしも、あの人は何回もこうしてチョコレートを万引きしていくのよ。だからさすがに困ってしまってねぇ。そこで、『真実を見抜く慧眼の名探偵』さんに頼もうかと思って依頼したのよ。」 朔 「…『慧眼の名探偵』、とはよく言われますが『真実を見抜く』とは言われたことがないです。」 幸子 「…そこの青年が言っていたわよ?」 和樹か…。和樹はいつも僕にあだ名をつけてくる。そのお陰で、僕の存在は『慧眼の名探偵』という都市伝説的な扱いになっている。けれど、みんな僕がその『慧眼の名探偵』だとは知らない。…話を戻すと、その女子高生は金髪の長い髪で、この辺りでよく見かける冬静高校(とうせいこうこう)の生徒らしい。その時、他にも何人か居合わせた生徒が3人いたらしい。1人は和樹、もう1人は冬静高校に通う女子高生、東 香帆(あずま かほ)、もう1人は僕達の通う静城学園(せいじょうがくえん)に通う女子高生、秋宮 弥生(あきみや やよい)だ。 朔 「…まず、香帆さんはここで何を?」 香帆 「もちろん、駄菓子を買いに。これが買ったものです。」 朔 「…チョコレート3粒と、ミカン味のガム、それからチョコチップクッキーか。これで何円位?」 香帆 「これで100円ピッタリです。ガムは1つ10円、チョコチップクッキーは1枚30円なので…」 念のため、種類毎に書いてあるポップを見てみると、ちゃんと香帆の言った通りの値段が書かれていた。香帆は恐る恐る僕のことを見ながら話した。この様子から見ても、香帆に万引きは無理そうだ。そう仮定して、次は香帆の外見を焼き付ける作業に入った。制服、制靴、学校の指定鞄に紺の靴下。至って普通の高校生の風貌だ。髪も金髪ではない。ストレートロングの黒髪だ。それと、前髪にはピンをしていて、ももが隠れる位の丈のスカート。あと、薄く化粧をしているようだった。けれど特に問題は無さそうだ。 次に、弥生に話を聞くことにした。 朔 「弥生はここで何を?」 弥生 「はぁ?お菓子買うために決まってるでしょ?じゃなかったらなんでこんな所に来るんだよ。」 朔 「…そうか。何を買ったのか見せてくれるか?」 弥生 「はい、これ。」 弥生は僕に向かってレジ袋を投げてきた。その中には大量の駄菓子が。とりあえず種類分けか、と思い袋の中を見てみると、驚くことに全部同じ駄菓子が入っていた。 朔 「…チョコレート…。」 弥生 「なんか悪い?」 朔 「いや…でも…」 弥生 「…まさか、アタシのこと疑ってんの?」 朔 「…いや、君は犯人じゃない。君がチョコレートが大好きなのは知っているし、いつもそのチョコレートを学校で食べているからね。」 弥生 「…へぇ。わかってんじゃん。」 そして、僕は弥生の外見を焼き付ける作業に入った。乱れてはいるけれど一応制服を着ていて、緩くネクタイもつけている。制靴に、長くて白い靴下。そして明らかに短いスカート。それに高い位置で髪を横に結んでいる。いかにもギャルのしそうな格好だ。そんなことをしていると、和樹がびしょ濡れの何かを持ってやってきた。 和樹 「ねぇ朔!これって何かわかる…?」 そう言って和樹はびしょ濡れの何かを僕に見せてきた。それは黄色い何かの毛の塊のようだった。そして、すぐに理解した。これは金髪のウィッグだと。幸子さんに許可をもらってドライヤーで乾かしてみると、ストレートロングの金髪のウィッグだということがわかった。弥生は高い位置で横に結んでいるから、このウィッグはつけられないだろう。だとしたら、犯人は…。 朔 「…犯人は、東香帆。君だ。」 香帆 「えっ…?!いや…、私、そんなことしてないですっ…!」 朔 「いいや、君だ。逃れられない証拠がある。…さぁ、推理の時間だ。」 香帆 「え…?」 朔 「…ウィッグの抜け毛だ。」 東香帆は、動揺していた。そうだろうな、普通ウィッグの抜け毛なんて分かる訳ない。けれど、僕には分かる。その理由こそが、僕が『慧眼の名探偵』と呼ばれる理由だ。僕は、昔から『透視(クレアボヤンス)』が使えた。僕みたいに異能力が使える人は全くいない。自分で言うのも何だが、この能力を使える人には僕以外に会ったことがない。そんな能力を使って香帆の鞄の中を見た所、内ポケットに細い黄色い繊維があるのが見えた。香帆に断って確認してみると、やはり黄色い繊維があった。恐らく、ウィッグをここにいれて持ち運んでいたのだろう。 香帆 「で、でも…私、今日はこれ以上お金持ってなくて、だから100円ピッタリになるように計算して…」 朔 「…だから、やろうと思ったんでしょう?」 香帆 「……!」 朔 「…君、演劇部だよね?だから台本だって入ってるし、ウィッグだって入ってた。それに、君のつけているピンは、前髪を止める用…ではなく、ウィッグを止めるためのピンだ。」 その推理は当たっていたのか、香帆は泣きそうな顔をしている。 朔 「君にも、何か事情はあったんだろうけど…犯罪は許されることじゃない。」 香帆 「…この商店街を抜けた先に、子供たちが集まっている施設があるんです。私も、昔そこでお世話になって…。だから、ちょっとでも支援したいって…思って…チョコレートを買っていたんです。だけど…お金、なくなっちゃって…だけど、数も足りなかったから…。つい…。」 こうして、東香帆は自分の罪を認め、万引き事件は解決した。 朔 「あっ、やべっ、歯医者!!和樹、後は頼んだ!!」 和樹 「えっ、ちょっと?!」 そして僕は10分遅刻して歯医者に辿り着き、遅いと怒られてしまった。『慧眼の名探偵』は、透視能力を得た代わりに、時間管理能力が欠けてしまったようだった。
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