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ベッドが沈み、規則正しい寝息が聞こえ、顔を少し動かせば寝顔。自分以外の他人の気配。
重みも、吐息も。すべてが愛しい。
こんなにも大事だと思える人にどうして巡り会えたのだろうと、不思議に思う。
だから夜がしらけ始めたときに目が覚めた日には。とりとめのない考え事に耽るのだ。
こちらを向いて眠る彼女の頬にかかる髪をそっと払ってやる。瞼がふるえた。
いつもすぐ会いたくなるのは何故なのだろう。朝いってきますを言って別れてすぐ、もう家に引き返したくなる。家に、というよりも、彼女のもとへ。通勤時間が被れば駅の改札まで一緒なのに。ホームが違うから、「またね」と手を振って歩く姿をずっと見つめてしまう。会いたいと思ってしまう。まだ背中の見える距離でも。
だからといって顔を合わせても、何も口にできないのだ。言葉が邪魔なほど愛しているから。『無口になるほどに好きだ』という歌があったけれど、それは本当なのだなと笑う。聞いたときは意味が分からなくて、トラックごと飛ばしていた。あの歌の入ったMDはまだあるだろうか。
優しさはどうやったら見えるのだろう。不器用な自分はきちんと優しくできているだろうか。
不安になって、指を繋ぐ。痛いほどに。
離れないように。離れていかないように。強く。痛く。
もぞりと、彼女が身じろいだ。目は覚まさない。……離れていかない。起きるまでこうしていようか。起きてからも、ずっと。でもきっと彼女は笑うのだろう。そんなことしなくても側にいるのにと。
自分は彼女に会うまでどうやって息をしていたのか、もう思い出せない。呼吸する度に窒息するようだったあの日々に差し込んだ、小さな光。
側にいる。守る。愛する人を。愛する人の生きる世界も。
孤独にさよならするように、男はそっと目を閉じた。
次に目覚めたときには、きっと寂しさはない。しらけた夜にはいつもあるそれはもう、朝の光が消しているだろう。
あたたかな肢体を抱きしめて、もう一度眠りについた。
◇
指があたたかなものに包まれているような気がしてぼんやりと目を覚ました。痛いほどに絡められたそれ。そっと持ち上げて、口づけを落とす。胸元まで持ち上げて、傑との間に置いた。そして自身も近づく。大きく動いてしまえば起こしてしてしまうから、そっと。抱き合うように体勢を変えた。
彼は背が高い。身体も大きい。私がすっぽり隠れてしまうほどに。
私は小さいから、全部でも足りていないかもしれない。なにも隠さないで、なにも捨てないで。自分をあげたい。今はただ、あなたを暖めたい。出会ったとき、氷のように冷たい頬をしていたあなたを。私の熱で。愛で。涙で。
ずっと、側に……
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