予餞会の出演者

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予餞会の出演者

 3月に入ってすぐの卒業式の前に、僕の高校では予餞会という行事がある。小さな文化祭のようなもので、1年生と2年生はクラスごとに何かしらの出し物をしなければならない。  しかし全員が出なければならないわけではない。漫才やマジック、ダンスやバンド演奏など、人前に出るのが得意な人たちが得意なことを披露する、ゆるい発表会のようなものだ。  さて、うちのクラスはというと、社交的というよりは内向的、能動的というよりは受動的な生徒が多く、実行委員になってしまった僕は出演希望者を黒板の前で募るいま、とても、非常に、ものすごく、困っていた。 「えーと、立候補者がいない場合はくじになりますけど……」 「くじはやだよねー」 「当たっても何もできないよ」 「誰か何かないのー?」  さっきからこの繰り返しで参ってしまう。この調子じゃ仮にくじで決まったとしてもできません、他の人にしてくださいと断られるのが目に見えている。無理強いするわけにもいかないし、本当に誰か助けてほしい。 「ねえ、野口さんがいいんじゃない?」  唐突に奥の席から声が上がった。 「野口さん、ギターできるよね」  ええっ!? と教室中が彼女に注目した。そりゃそうだ。普段の彼女からそんな姿は想像ができない。 「私は、あの……」 「野口さんってギターすっごく上手いんだよ! この前、駅前で演奏してるの聴いちゃった。せっかくだし、みんなに聴いてもらったら?」  強引に話を進めていくのは橘さんだ。彼女のことが僕は正直苦手だ。成績はずっとトップクラスだけど、人を馬鹿にしたり、クラスメイトの悪口をしょっちゅう言っている。  だけど候補が上がったことでみんな安堵したのか、教室の空気が野口さんしかいない、というようになってきた。いいじゃん、聴きたいよね、などとあちこちから声が聞こえる。 「ええと、それじゃ野口さん、お願いできる……かな」  僕が遠慮がちに彼女を向くと、涙目でふるふると顔を横に振った。だよな、と思う。彼女が教室で大人しく振る舞っているのにも理由があるのだろうし、知らない人たちばかりの前で歌うのと知り合いの前で歌うのとでは緊張の度合いが違う。僕だったら絶対に嫌だ。 「わ、私は……」 「出し物、決まったかー?」  タイミング悪くがらりと戸が開き、入ってきたのは職員会議の終わった担任だった。 「野口さんのギター演奏に決まりましたー!」  声を張ったのは橘さんで、ひときわ大きな拍手を送る。みんなもつられて拍手をして、肝心の本人が了承する前に決定したようになってしまった。 「野口はギターが弾けるのか!意外だなあ。俺も楽しみにしてるぞ。じゃ、ホームルーム始めるぞー」  ちょっと待って、と僕が止める前に先生に場所を譲れと言わんばかりに押し出され、本当に彼女に決定してしまった。
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