放課後の話し合い

1/1
前へ
/9ページ
次へ

放課後の話し合い

 放課後、野口さんはやっぱり僕のところにやってきた。 「羽多野くん、予餞会のことなんだけど」  彼女は切羽詰まったように僕を見る。 「私、歌えない。ギターは確かに弾けるけど、人に見せられるものじゃないよ。他の人に代わってもらえないかな」 「と言っても、立候補も他薦もなかったし……他に何かできそうな人、知ってる?」  僕が言うと、彼女はぐ、と詰まる。 「……確か、高橋くんがドラムできたよね」 「3組のバンド演奏に助っ人で出るって」 「じゃあ、みんなでダンスとか」 「それはバレー部がやることになってる」 「演劇は?」 「今から準備するっていうのも……」 「……」  野口さんは口を噤んでしまった。別に橘さんの肩を持つわけじゃないけれど、どうせならと僕は素直に伝えることにした。 「野口さんのギター、上手かったよ」 「聴いてたの!?」  僕は昨日、駅前で野口さんが歌っているのを見ていたことを打ち明けた。 「すごく上手かったし、かっこよかった。みんなに見せても全然恥ずかしくないよ」 「そんなことない!上手い人はたくさんいるし、レパートリーも少ないし」  私なんか全然、とだんだん消えそうになっていく声で彼女は訴える。昨日はあんなに大きな声で歌っていたのに、どうしてこんなに学校では自信がなさそうなんだろう。あんなに楽しそうに歌えるのに。好きな楽器を好きなように弾けるって、 「……僕は羨ましいけどな」  僕の呟きに、えっと彼女は顔を上げる。 「ごめん、なんでもない」  声に出ていたようで僕ははっとした。 「とりあえず、一晩考えてみて。どうしてもっていうならもう一回みんなに聞いてみるよ。でも」  僕は鞄を持って立ち上がり、野口さんを見た。 「僕は野口さんの歌、すごく聴きたい」  じゃあ委員会行ってくるね、と言って僕はその場を去った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加