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世界の真実
──目の前に、見目麗しい死神がいた──。
寒々としたコンクリート打ちっぱなしの小部屋で、言ノ葉月霞は、自らを『死神』と名乗る青年と、机を挟んで向き合って座っていた。
いつ、此処に来たのか、今の月霞にはわからない。
ただ、気がついたら此処に居て、輝くさらさらの銀髪を長く伸ばした、雪を固めたように透き通る肌と、高い鼻梁、形と発色のよい唇、年の頃は、月霞よりお兄さんの、二十歳前後に見える、世にも美しいビジュアルの青年と、こうして対面に座っていたのだ。
状況を掴めず、ぼんやりとする月霞に、銀髪の青年は、心地良く響く低音ボイスで、自分のことを『死神』だと言った。
そして、迫った。
『お前が犯した罪を白状しろ』と。
何がなんだか、わからない。
此処は何処なのか。
何故、自分はこんな見知らぬ場所にいるのか。
『死神』は何者なのか。
『罪』とは何なのか。
月霞の頭の中で、混乱が渦を巻き、真っ白になったり、真っ青になったりを繰り返していた。
これは、夢か?
夢なのか?
──きっと、そうなのだ。
だって、そうでなければ、こんな不可思議な現象に、説明がつかない。
気がついたら、警察の取り調べ室みたいな狭い部屋に閉じ込められているなんて。
悪い夢というより他にない。
いや、閉じ込められているとは限らない。
今すぐ立ち上がって、死神の横を通り過ぎ、その後ろに見える、見るからに古びた、蝶番がぎしぎしと音を立てそうなドアを確認して、鍵がかかっていなければ、いつでも逃げ出すことは可能だ。
問題は、死神が簡単に横を通らせてくれるかどうか──。
それ以前に、月霞の体が動かない理由がもうひとつあった。
死神と名乗る美形の、アメシストの大きな瞳が、威圧的に月霞を捕えて離さない。
石にでもなったように、畏怖の念に絡め取られた指の一本ですら動かすことが出来なかった。
落ち着け。
これは夢だ。
ふう、と一息深呼吸して、心臓を鎮めると、かろうじて動いた右手で、死神に見えないようにふとももをつねる。
……痛い。……痛い?
これは、夢か現か。
結局、月霞には判断がつかなかった。
まさか、これは現実?
此処に来るまで、自分は何をしていたのだろう。
思い出せない。
椅子に座った自分の体をちらりと見下ろす。
制服ではない、部屋着だ。
当たり前か。学校にはもうしばらく行っていない。
服装は、何のヒントももたらさない。
推理することを放棄して、溜め息をつくと、月霞は意を決して口を開いた。
「あの……此処は、何処なんですか?」
声は、するりと滑り出た。
いつも通りの自分の声だ。
鏡がないので、自分が、今どんな顔をしているのかはわからない。
すると、死神の顔に、『しまった』という色が差した。
美しい顔には似合わない、乱暴な手付きで、わしゃわしゃと銀髪をかき回すと、彼はぶっきらぼうに言った。
「……すまない、説明が足りなかったな。せっかちなのは俺の悪い癖だ。一足飛びに聞きすぎた。まずは、お前の名前から聞かせてもらおうか」
「……はい……。私の名前は言ノ葉月霞といいます。……あなたは、シニガミさんという名前ですか?」
「『死神』は役職名だ。名前は大夢という」
「……はあ、大夢さん。で、此処は何処なんでしょう?」
同じ質問を、大夢に投げかける。
「此処は、黒の世界だ」
「黒の世界?」
聞いたことのない言葉に、月霞の頭の中は、さらに混乱を深める。
訳がわからなさすぎて、頭の中で砂嵐が吹き荒れている感覚すらする。
「いちから説明が必要だな。ここ最近審判をしていなかったから、俺も腕が鈍った」
「審判?」
「そうだ。お前が白の世界で犯した罪に対して、量刑を決めるのが、俺たち死神の仕事だ」
「え、え?白の世界って?犯した罪?量刑?」
次々と繰り出される非現実な言葉について行けず、月霞は間抜けな表情で大夢の台詞を復唱した。
そして、頭の中で、ひとつの可能性に気づき、顔色を失くす。
状況はさっぱり飲み込めないけれど、思い当たることならある。
出来れば外れて欲しい『可能性』が。
「……もしかして、死んだあとに行われる、最後の審判ってやつじゃないですよね?
私、宗教は信じてないんですけど、無宗教の人間でも、審判を受けるんですか?
それとも、閻魔大王が罪人を地獄に突き落とすパターンですか?」
そう言ってしまってから、月霞の体は、カタカタと小さく震え出し、絞り出すように言葉を続ける。
「もしかして、私、死んだんですか……?」
そうとしか、結論づけられない状況だった。
それが、この状況を表す、一番的確な結論であった。
だが、信じられなかったし、信じたくなかった。
違う、と、目の前の美形に否定して欲しかった。
月霞は、縋るような目で、大夢をみつめた。
大夢は、涙目の月霞を見ても、顔色ひとつ変えずに、あごの辺りを撫でながら、冷静なトーンで話し出した。
「正確に言うと、まだ死んではいない。ただ、魂がこうして黒の世界に居るわけだから、白の世界でお前は仮死状態にある」
「……はあ……。黒の世界、白の世界……。
あの世とこの世みたいなものを、此処ではそう表現するんですね」
何故か、腑に落ちたような表情になった月霞は、目を伏せる。
「私……地獄に行くんですかね?そりゃ、そうですよね」
「思い当たる節があるのか」
あくまで冷静に、大夢は月霞に声を掛けてくる。
それはまるで、刑事ドラマで刑事が犯人に自白を促すような、厳しいなかにも人情が垣間見えるような、月霞にとっては、少しの救いにも受け取れる声音であった。
「あります。『罪』なら」
「ほう。聞かせてもらおうか」
鷹揚に頷いて、大夢は話の続きを促す。
「私、中学のクラスメイトをいじめていたんです。もちろん、本当はそんなことしたくなかった……。でも、リーダー格の女の子に逆らって、友達を失いたくなかったし、嫌われたり捨てられたくなかった……。
次は自分がいじめられるかもしれないと思うと、怖くて、いじめる側に回るしかなかった……。
いじめられていた子とは、もともと、仲が良くて、よく喋ってもいたのに、私は自分を守るために彼女を裏切ってしまったんです。
でも、彼女は、自分をいじめる側になった私を責めることはしなかった。
いつも悲しそうに笑っていて……。
辛かった……周りの人の顔色を窺ってばかりの自分が大嫌いで、でも、やっぱり流されるしかなくて……。
『やめなよ』って一言が、どうしても言えなかった。悪いことをしているって、わかっていたのに。
彼女──マキっていうんですけど、マキを傷付けていることは痛いほどわかっていたのに」
堂々巡りの思考から離脱するように、月霞は一度、きつく目を閉じ、左右に頭を振った。
一息ついてから、また話し出す。
「いじめは日に日にエスカレートしていきました。
そして、とうとうマキは怪我を負ってしまった──。
リーダーの子が、階段から突き落としたんです。
大騒ぎになって、救急車が来て、犯人捜しが始まった──。
名乗り出るべきだったんです。私は、犯人の名前を知っている。
それがマキに対する、せめてもの償いになるとわかっていたのに、私はその場から逃げた。
結果的に、突き落とした子を庇うことになって、真実を明らかにするタイミングを失ってしまった。
リーダーの子が、マキをいじめていたという事実を口にする人は、ひとりもいませんでした。
マキは骨折して入院して、以降学校には来ていません。
私も、マキが怪我をしてから、罪悪感からか体調を崩してしまって、しばらく中学には通っていません」
月霞は言葉を切ると、目の前の死神の瞳を、しっかりと見つめて言った。
「……これが、私の『罪』です。マキを裏切った罪、怪我をさせて逃げた罪。
私は、地獄へ行くんですか?」
諦め、という表現とは違う。
月霞は、すでに覚悟を決めている。
『罪』を犯した自分への『罰』を望んでいる。
それが、マキにとって、どの程度の救いになるかはわからないが。
美しい死神は、やや眉をひそめた。
月霞は、すでに『罪』を自白して、清々しい顔付きになっている。
本当は懺悔を、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
自分の中にわだかまる、抱えきれない後悔と反省を。
だが、それすらも自分を正当化するだけだと、自分だけが罪を軽くすることを、月霞は許さなかった。
日々、膨らんでいく罪悪感を胸に仕舞い、十字架を背負って生きていくことが、償いなのだと、そう思っていた。
小さな月霞の胸は、すぐに容量が一杯になって、結果的に月霞の体を蝕むことに繋がってしまった。
月霞の長い独白を聞いて、大夢は、椅子の背に体重を預けると、細く息を吐き出した。
──そして告げた。
「無罪だな」
「えっ?」
地獄行きの腹を決めていた月霞は、短い驚きの声を上げると、跳ね上げるように顔を持ち上げ、大夢を凝視した。
「地獄行きじゃ……」
「いや、到底『有罪』には当たらない。その程度の『罪』で、どうしてこっちの世界に来たんだか、さっぱりわかんねえな」
死神は、集中力を失ったように、頭の後ろで指を組み、さらには長い脚まで組み、砕けた口調で、ぎしぎしと椅子を鳴らしながら前後に揺れ始めた。
なんだか、授業中に、大人しく座っていられない子供みたいだ。
「あの……?」
月霞が困惑しながら声を掛けると、大夢は「どうするかな」と呟いた。
「本来、罪を認められない人間はこっちの世界に来ない。何かの手違いがあったんだろう」
「手違い……?私は、『無罪』なんですか?」
「ああ。そのくらいの罪じゃ、本来審判に召喚されない。どうして、お前の魂が呼ばれたのか、理解出来ない。少なくとも、こんな事例、俺は聞いたことないな」
月霞は急に不安になって、死神に向かって身を乗り出した。
「私は、どうなるんですか?」
「どうなる……どうなるんだろうな」
「ええっ!?」
思わず月霞は素っ頓狂な叫びを上げてしまう。
「体はまだある。が、魂はこっちに来てしまっている。
魂を白の世界に戻す……そんなこと、可能なのか……?」
考え込むように天井を見上げながら、頼りない言葉をぶつぶつと囁いている大夢を、ハラハラした思いで眺めながら、月霞は見守るしかない。
しかし、はたと気付き、死神に聞いた。
「……戻ることが、出来るんですか?」
それは、希望を得た高揚を含んだ声の表情ではなく、それに気付いた大夢も、怪訝そうに月霞に視線を送った。
「なんだ、帰りたくないのか?」
一瞬、月霞は考え込む様子を見せる。
「帰りたく……ないわけじゃないんです。でも、今の私のままでは、生きたいと思えなくて。自分が嫌いだし、どんな顔で学校に行ったらいいのかわからないし、不登校の理由を話せなくて、親にも迷惑をかけてる。何の役にも立たない、こんな私に将来の希望があるとも思えないし、流されて自分の意見も言えないような人間が、大人になって生きていくことが出来るのか、不安で……」
「死んだほうがマシだと?」
死神の言葉に、月霞の顔が強張る。
「死ぬのは怖いです。でも、自分に生きる資格があるかないかと言われたら、ないと思うんです。
罪を償うために命を差し出せというのなら、私はそうします」
月霞の言葉に、大夢は再び天井を見上げる。
「俺たち死神の役目は、罪人に量刑を科すことだ。有罪ですらない魂に、罰を与えることは出来ない。……そうだな、ちょっと待ってくれ。
お前は罰を科されたいのだろうが、俺にその資格はない。お前の気持ちもわからんでもないが、帰りたい帰りたくないは、とりあえず置いておいてくれ。
これは、俺だけでは解決出来そうにない、行こう」
そう告げると、死神はおもむろに立ち上がった。
「え……?行くって、何処へ?」
「こういう時に、意見を聞く相談役のところだ」
死神は、漆黒のローブをはためかせると、月霞を伴って、軋んだ音を立てながらドアを開くと廊下に出た。
取り調べ室のような小部屋を出ると、ごく普通のオフィスビルのような、白い壁紙に、毛足の短い灰色のくすんだカーペットが敷かれた廊下が続いていた。
月霞たち以外にひとけはない。
まったく人と擦れ違わずに廊下を過ぎ、変わらない景色の中を歩いて、階段を下ると、ガラス張りの出入り口が見えてきた。
一階に到着したらしい。
月霞が居たのは、二階のようだ。
入口の手前には、受け付けのような一角があり、これまた、何処かのオフィスビルのような、紺の地味な制服を着た女性が、二人並んで座り、大夢に気付くと、頭を下げた。
人間だ。
月霞は密かに胸を撫で下ろす。
死神だ審判だ罪だ閻魔大王だと、不吉極まりない話をしていたので、見た限りごく普通の人間が居たことに、安心したのだ。
ひとまず、此処は地獄の類いではないらしい。
あの世に(死神曰く『黒の世界』)にも、自分と同じ姿形の人間がいることに、無意識に安堵していた。
死神は、ずんずん先を行く。
脚が長いから、一歩の間隔が広く、また、小柄な月霞の歩く速度に合わせもしないので、月霞は小走りで死神の後を追った。
受け付けの女性の前を通り過ぎる際、部屋着だったことを思い出し、急に恥ずかしくなった。
よれよれのTシャツにハーフパンツ。
外に出ることを想定して生活していないので、人様に見せられる格好をしていない。
若干顔を赤らめながら、小さく女性に頭を下げて死神が手動で開けたドアから、そそくさと外に出る。
外は、青空が広がっていた。何処までも何処までも。
立ち止まって周囲を見回すと、さながらヨーロッパの片田舎のような街並みが月霞を待ち受けていた。
実際、ヨーロッパなんて訪れたことはないが、テレビか何かで見た記憶と一致したのだろう。
煉瓦造りや、カラフルな壁の色の小振りな家々が建ち並び、足元には石畳が規則的に敷き詰められていた。
家の二階の窓は解放的に開け放たれ、レースのカーテンが風にはためいていた。
何処からか、パンを焼くような香ばしい匂いが、漂ってくる。
風すら、月霞に馴染みがない異国を感じさせる匂いを含んでいた。
本当に、此処は自分が居た場所とは違うのだと、思い知らされる。
『黒の世界』、あの世……。
表現はいくつかあるのだろうけれども、少なくとも月霞は見知らぬ世界に居て、当然知っている人など居ない。
そう思うと、心細い不安が月霞の胸に芽生える。
これから、自分はどうなってしまうのだろう。
元の世界に帰るのか、それともこのまま死んでしまうのか。
「何してる、行くぞ」
死神に促され、月霞は慌てて彼に追い付き、やはり小走りで付いて行く。
整備された道をしばらく歩くと、子供のはしゃぐような笑い声が、あちこちから聞こえてきた。
大通りに出る。
道の両側には、住宅の他に商店らしきものが並び、商売に精を出す人々の姿があった。
店先に焼き立てのパンを並べるおばさんや、洋服屋、キッチン用品を売る店などなどがずらりと軒を並べている。
どの店も、小洒落ていて、可愛らしい。
そこには、ごく普通の人の営みがあった。
間違っても地獄ではなさそうだ。
平和な昼下りの街では、子供とよく擦れ違う。
子供は一様に、ボーダーのシャツに青いサロペットを着ていて、お揃いのようだ。
楽しそうに笑いながら、通りを駆け抜けて行く。
五歳ほどの子供も居れば、月霞とさほど変わらない十四、五歳ほどの少年少女も居る。
不思議なことに、街ゆく彼らの顔は、日本人のようにも、そうでない異国の人のようにも見えた。
だが、皆一様に明るい雰囲気で、街並みも人々も美しいという表現が似合う。
そういえば、車やバイク、自転車など乗り物を見掛けないな、とぼんやり考えた。
綺麗に整備された大通りを、物珍しそうにキョロキョロしながら歩いていると、後ろから揃いのサロペットを着た十歳にも満たない子供たちが、慌てた様子で走って来た。
「どいてどいて!遅刻しちゃう!間に合わないよ!」
ばたばたと、子供たちは月霞の横を疾風のように走り去っていく。
何気なく彼らの行く先を追っていた月霞は、思わず息を呑んだ。
子供たちが向かう先に、大時計があった。
大時計、という言葉から想像出来る大きさではない。
首を思いっ切り反らして見上げなければ、頂点を見ることが叶わないほどに巨大な時計が、其処にはそびえていた。
十階建てのビルを横に二つ並べたくらいの規模である。
綺麗な丸形をした時計の文字盤には、数字もアルファベットも書かれていない。
代わりに数字が書かれているはずの箇所に『─』と短い横棒が刻まれているだけだった。
長針と短針はあるので、時刻は簡単にわかる。
見慣れぬ光景に、ぽかんと口を開け、時計を眺めていると、「気が済んだら行くぞ」と、死神が呆れたように催促してきた。
振り返った月霞は名残惜しそうに視線を時計から離すと、大夢に従って歩き出した。
あちこちで時間を消費しながら歩き、十分ほど掛けて辿り着いたのは、一軒の工房だった。
外壁は煉瓦造りで、間口が広く、作業場のような空間が、外から覗けた。
建物は、やはり他の家々と同じように二階建ての小振りな可愛らしい造りだった。
此処が、目的の場所らしい。
にわかに緊張してきた月霞に気付いた死神が、相変わらずぶっきらぼうな口調で言った。
「心配すんな。別に、お前を取って食ったりしねえよ」
声音とは裏腹に、月霞のことを案じてくれているような言葉だった。
案外、この死神は、人の変化に敏感で、面倒見が良いタイプなのかもしれない。
「邪魔するぞ」
死神は、一面ガラス張りの扉を、がらりとスライドさせ、中に入るなり気安く声を掛けた。
室内に足を踏み入れた月霞は、ほうと感嘆する。
広い空間には、所狭しと、木製の棚が何段も設けられていて、壁という壁に隙間なく棚が張り巡らされている。
棚に並べられているのは、大小様々、色も形も違う水晶玉だった。
部屋の中心には、木製の作業机があり、そこにも水晶玉がいくつか、ごろりと転がっている。
机の向こうの椅子には、息を呑むほどに美しい女性がひとり、腰掛けていた。
長くて艷やかな黒髪を、さらりと流し、長い睫毛に縁取られた猫のような瞳は蠱惑的で、ノースリーブのワンピースから覗く肩や二の腕は細く、華奢ながらもスタイルの良さが伝わってくる。
桜色の唇を触って、女性が月霞を見て首を傾げる。
全ての仕草が色っぽい。
見た目の年齢でいえば、大夢とそう変わらなさそうだが、この大人びた色気は何だろう。
月霞は何故か敗北したような気分になる。
「お行儀の悪さは相変わらずね、大夢。女性の家を訪ねるんだから、ノックくらいしたら?」
「ガラス張りなんだから、誰が来たかすぐわかんだろ。
ノックする意味がわかんねえ。
それより、問題が起きた」
「そう。それで、わたしのところに……」
月霞に視線を向け、目を細めた彼女の声は、見た目に違わず、甘やかで舌っ足らずで、喋る速度もゆったりとしていた。
悪い人ではなさそうだ、と月霞の直感が告げる。
女性は、手に持っていた水晶玉と、布をゆっくりとした動作で机に置くと、改めて月霞に視線を合わせた。
「ようこそ、黒の世界へ。
わたしは、ネネといいます。
見ての通り、魂修復士をしているわ」
「た、魂の……?」
聞き慣れない言葉に戸惑う月霞に、ネネは柔らかに笑い掛け、囁くような話し方で説明してくれる。
「此処にある水晶玉、全て生き物の魂なの。綺麗でしょう?
あなたやわたし、大夢の中にも、同じような水晶玉があるのよ」
「これが、人の魂……?」
「そう。信じられないでしょうけれど。ところで大夢、この方に何処までこの世界のこと、説明したの?」
話の矛先を向けられた大夢は、がりがりと決まり悪そうに頭を掻くと、「まだ何も言ってねえ」と呟いた。
せっかくの美形が、言葉遣いの荒さのせいで台無しだと月霞は思った。
ネネは微笑を崩さないまま、「何も教えずに連れて来たのね」と、妙に圧のある口調で大夢をたじろがせた。
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