シェアハウス

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シェアハウス

 クリーム色の外壁と三角屋根が特徴的な自宅の玄関に入るなり、大夢(タイム)は盛大に舌打ちした。   「ったく、チビども、靴はちゃんと脱げっていつも言ってんのによ」  口ではそう言いながらも、脱ぎ散らかされ、散乱した子供サイズの小さな靴をてきぱきと綺麗に揃え、並べて行く。  狭い沓脱ぎに散らばった靴は、少なくとも十人分ほどはありそうだ。  お母さんみたいな大夢の小言が、イメージに合わなくて、後ろに居た月霞(げっか)は、つい笑ってしまう。 「何だよ、何か文句あんのか」  手で口元を覆って笑いを堪えると、月霞はぶんぶんと頭を左右に振った。  また睨まれてはたまらない。  死神の暮らすシェアハウス。  どんな家なのか、想像も付かなかったが、外観に違わず、家の中は、橙色の明るい光りで満たされていた。  月霞も綺麗にスニーカーを揃え、死神が差し出して来たスリッパを履くと、短い廊下を通過して、のれんのように垂れ下がった布を潜り、室内に入る。  木目調の壁には、タペストリーやキルトが飾ってあり、家庭的な温かさが感じられる。  手作りだろうか。  リビングに入るなり、元気な男の子の声が、二人を迎えた。 「大夢、お帰りー!」  満面の笑みで、十歳ほどの男の子が、大夢に駆け寄って来る。  ボーダーのシャツに青いサロペット。  半人前だ。  白の世界で罪を犯し、死神によって審判を受け、魂が善悪を判断出来るようになるまで、半人前として修行するよう科された犯罪者の魂を宿した子供。  もちろん、犯罪者だった頃の記憶はネネによって綺麗に拭き取られている。  月霞と変わらない、いや、月霞以上にまっさらな、善良な魂を宿した存在。  そうはわかっていても、罪人だった魂を持つと聞かされていると、子供の見た目であっても、僅かながら恐怖を覚えるのも、事実だ。  しかし、そんな月霞を尻目に、大夢は大袈裟な溜め息を零し、男の子を睨み付けた。 「大夢『さん』だろ。  つーかお前、この間まで大夢『兄ちゃん』って呼んでなかったか?」 「えー、いいじゃん。面倒臭いんだもん」 「『さん』を付けろ。たった二文字だろ、横着するな」 「へいへーい」  全く意に介していない様子で、半人前の男の子はつまらなそうにリビングの方へ去って行く。 「大夢さん、お客さんかい?いらっしゃい、あら、可愛らしいお嬢さん」  キッチンから、ふくよかな体型の中年女性が、エプロンで手を拭いながら、姿を現した。 「ああ。悪いが、しばらく面倒を見てやってくれ、ハンナ」  ハンナ。  シェアハウスで家政婦をしていると聞かされた女性だ。  いかにも面倒見の良さそうな人柄が、柔らかい雰囲気となって醸し出ている。  目元の笑い皺が、彼女の人生を象徴しているようだ。 「お姉さん、新しい半人前?」 「お姉さんは、何処で働くの?」 「時計掃除に来てよ!人手が足りないんだ」 「ずるい!生命管理課(せいめいかんりか)だって仕事が山積みで忙しいんだよ、こっちに来て!」  半人前たちが、瞬く間に月霞を取り囲んで、言い争いを始める。  慣れない光景に月霞が困惑していると、ハンナがぱん、と手を叩いて注目を自分に集めた。  月霞の半分ほどしかない背丈で、月霞の腕や服を掴んで揉めていた男女の半人前たちが、一斉にハンナを振り返る。 「お姉さんはお疲れなんだから、困らせちゃ駄目よ。  それより、夕食にしましょう。  冷めちゃうわよ」  すると、半人前たちが、わあ、と歓声を上げる。  そういえば先程から、部屋にはシチューらしき煮込み料理の匂いが充満している。  温かな、幸せの匂い。  口に合わないものばかりだったらどうしようと、密かに心配していたのだが、食べ物は、白の世界との違いはなさそうだ。一安心する。  この世界の食料事情はどうなのだろう。  白の世界のように、畑を耕したり、酪農を営む人が居るのだろうか。  ちょっと、想像が付かない。  キッチンの鍋からは湯気が上がり、部屋の幅一杯の大きな木製のテーブルに、半人前たちがランチョンマットを人数分敷き、スプーンを並べて行く。  食器棚や冷蔵庫、壁に吊るされたお玉や計量スプーンなどが雑然と配置されたキッチンは、飾り気がなく、生活感に溢れている。  キッチンと対面する形でダイニングテーブルがあり、その隣に、ソファやローテーブルが置かれたリビングがある。  ソファには半人前たちの脱いだ服が散乱している。  ローテーブルには、落書きされたノートと、クレヨンが持ち主を失い、ぽつんと寂しげに転がっている。  いつかテレビで観た、大家族の家を思い出して、月霞は少し切なくなる。  早くもホームシックだろうか。  半人前たちに手を引かれ、着席する。  ハンナが手際よく、平たいお皿にお米とシチューを盛り付けていく。  突然やって来た月霞にまで、嫌な顔もせず、事情も問い質さずに、お手製の料理を振る舞ってくれる。  半人前たちと大夢が席に着いたところで、夕餉が始まる。  一番年上だろうおかっぱ頭の少女が、手を合わせ、「いただきます」と言うと、他の子供たちも、お行儀良く「いただきます」と声を合わせる。  月霞も恐る恐るシチューを掬い、口に運ぶ。 「美味しい!」  思わずそう言ってしまうと、「そうかい?ありがとう」と、にこにこ顔のハンナが心底嬉しそうに言う。 「ねえねえお姉さん、名前は何て言うの?」  先程、大夢に小言を言われた男の子が、ご飯を頬張るついでに聞いて来る。 「そういえば、まだ名前も聞いていなかったねえ」  今、気付いたというように、ハンナも興味津々といった様子で月霞を見つめる。 「あ……言ノ葉月霞といいます」 「言ノ葉……月霞ちゃんでいいかねえ?」 「あ、はい、それで……」  「ねえねえ、月霞ちゃんはいくつなの?」  早くも月霞を仲間と認めたのか、ハンナに被せるように半人前たちが身を乗り出して質問を繰り出す。  子供たちの圧に押されながらも、月霞は「十四歳」と短く答える。 「へえ、リノちゃんと同じなんだね」  半人前たちが、食前の挨拶を主導した少女を指差す。  黒いおかっぱ頭の少女はリノというらしい。 「何処から来たの?」  他の半人前が次の質問を口にする。 『白の世界』と答えかけて、それは言ってしまってもいいのかわからず、助けを乞うように大夢に視線を逃がす。  大夢は我関せずといった調子で、シチューをかきこんでいる。 「えっと……」  答えに窮していると、口元をナプキンで拭ったリノが、「人には答えられないこともあるの。月霞ちゃん、困っているじゃない」と、ぴしゃりと男の子に言って黙らせる。 「……何だよ、良いじゃん、教えてくれたって」  ぷくう、と頬を膨らませた男の子が、不機嫌そうになるが、すぐに残りのシチューを片付けるのに夢中になり、すっかり月霞のことなど忘れてしまったようだ。  月霞は、目でリノに感謝を伝える。  わかっている、とばかりにリノも小さく頷く。  どうやら、心配りの出来る少女らしい。  食事が終わると、ハンナに二階の部屋へ案内された。  二階には、子供たちの部屋が並び、月霞は空室を使うよう言われた。  ドアを開けると、部屋はシングルベッドと、小さな机と、収納棚があるだけの六畳ほどの個室だった。  ベッドには、細かい刺繍が施された布団が綺麗に敷かれている。  聞けば、この家のタペストリーやキルトは、ハンナの手作りだという。  刺繍が趣味なのだそうだ。   この家の温かさはハンナの心の籠もった刺繍が一役買っているように感じる。  部屋をすぐ使えるように用意してくれたハンナに、感謝の言葉を伝えると、ハンナは謙遜するように笑い、ぽん、と優しく肩を叩いてくれた。  月霞の着替えは、リノの服を借りることになった。  サイズの関係で、月霞に服を貸せるのはリノしかいないので、月霞は服を受け取る時、リノに感謝を伝えた。  何だか、黒の世界に来てから、人の厚意に感謝してばかりだ。  リノはクールに頷いただけだった。  白い霧が充満する風呂の湯船に浸かり、ふう、と息をつく。   黒の世界に来て、初めてひとりになれた瞬間だった。  ひとりになると、様々なことが脳内を支配し、考えを纏めようとしても、思考が枝分かれして上手く行かない。    何だか、色々なことがあった。ありすぎた。  突然、異世界のような黒の世界に来て、死神に迫られ、『世界の真実』を知り、身の振り方も見えず、この家に辿り着いた。  昨日まで送っていた、鬱々とした生活が、すっかり遠くに行ってしまった。  気を付けないと、自分という存在が曖昧になって、世界に埋もれてしまいそうになる。  それは、何処か、周りに流されて生きてきた今までの人生にも似ている。  しっかり自分というものを持たねばならない。  自分という存在を、常に確認しないといけない。  無為に過ごすわけにはいかないのだ。  風呂を上がると、大夢がキッチンに立っているのが見えた。  先程まで着ていた漆黒のローブ姿ではない。  無地のTシャツに、ジャージのズボン。  長い銀髪を後ろでお団子のように小さく纏め、珈琲(コーヒー)を淹れている。  日中とのあまりのギャップに、月霞が声を失う程驚いていると、月霞に気付いた死神が「飲むか?」と珈琲カップを掲げて聞いて来た。  普段、月霞は珈琲は飲まない。  苦いし、もっと大人にならなければ美味しさに気付けない飲み物だと思っていたからだ。  しかし、月霞は頷いてしまった。  死神に促されるままダイニングテーブルに座ると、ほかほかと湯気を立ち昇らせているカップが目の前に置かれた。  リビングの灯りは消されている。  ハンナによって、半人前たちの服は綺麗に片付けられ、ハンナも子供たちも、すでに眠ってしまったようだ。  時刻は、日が変わる少し前。  薄暗いダイニングで、死神と二人きりで珈琲を飲む。      まだ、出会って半日ほどしか経っていないのに、ずいぶん昔から大夢のことを知っているような、奇妙な感覚が付き纏う。  包むようにカップを持つと、そっと口を付ける。 「美味しい……」  月霞が感嘆したように言うと、死神がしてやったりといった悪戯顔で、自慢気に話し出す。 「甘いだろう?  ミルクを混ぜてあるからな。  ガキにブラックはまだ早いんだよ」  ふふん、と勝ち誇ったように死神はしたり顔をする。  見透かされて、月霞は悔しいような、恥ずかしいような気分で顔を赤くする。  でも、珈琲は美味しい。  何だか安心する。  ゆったりと過ぎる、静寂が心地良い。  死神とお茶を飲む。  この非現実な時間は、月霞の中にわだかまる不安をも押し流すように着実に過ぎて行った。  夜は更けて行く。  大夢に珈琲の礼を言って、自分に与えられた部屋でベッドに寝そべり布団に包まる。  気温は暖かくも寒くもないけれど、心は温かくなっていた。  目が覚めても、現実は変わらなかった。  昨夜は疲れからか、ベッドに入るなり、すぐに眠りに落ちてしまった。  カーテンの隙間から零れる朝陽に目を覚ました月霞は、部屋を見回すなり溜め息をついた。  眠りに就く前とか変わらない、シェアハウスの一室だった。  黒の世界は、夢が生み出した幻の世界ではない。  現実に存在する世界で、自分は此処に来てしまったのだ。  改めて、自分の置かれた状況を思い知って、軽く絶望が胸を満たす。  ──あんな世界、別に失くなったって良いと思っていたのに──。  当たり前に生活を送っていた世界から切り離される。  それは、思っていた以上に心を抉られる痛みを伴っていた。  家族が、友達が、居ない。  帰る家がない。  不安定な心。  朝陽に目を細め、月霞は起き上がる。  詳しい時刻はわからないが、まだ陽が昇ってさほど経って居ないようだ。  二度寝する気にはなれない。  もぞもぞとベッドから出ると、足音を忍ばせながら階段を降りる。  キッチンには、すでにハンナの姿があって、月霞を見るなり、少し驚いたような顔をする。 「もう起きたのかい?まだ早いよ、寝ていれば良いのに」 「はあ……何だか目が覚めちゃって……」  そう言うと、「朝ご飯、作るから顔でも洗って来な」とハンナに言われ、大人しく従うことにする。  洗面所でじゃぶじゃぶと顔を洗い、新しい歯ブラシで歯を磨く。  キッチンに戻ると、ハンナが目玉焼きを作っているところだった。  同時に、トースターでパンを焼いているようだ。    一度はダイニングテーブルに腰掛けた月霞だが、落ち着かずに、席を立ち、ハンナの側に近付いて行く。 「あの……手伝います」  そう言うと、月霞の気持ちを察したのか、ハンナは卵を差し出し、「じゃあ、これ割ってくれる?」と手渡して来た。  月霞に緊張が走る。  卵など、割ったことがない。  居たたまれなくなって手伝いを申し出たが、実家に居たころは、自分の部屋に引きこもって居るだけで、料理なんかしたことがなかった。  卵を手に固まる月霞を見かねて、ハンナが手を止めて見本を見せてくれる。 「こうやって、角で叩いてひびを入れて、そこから割るんだよ」   言われた通り、卵を叩いてひびを入れると、両手の親指を割れた殻に入れて一気に左右に引く。  するりと、黄身と白身がフライパンの上に落ちる。  殻も入っていない。成功だ。 「あら、上手いじゃないの。じゃ、残りの卵も頼もうかしら」 「はい!」  成功したことが嬉しくて、月霞は次々、卵を割って行く。  十人分の目玉焼きが出来上がり、あとはパンが焼き上がるのを待つだけという時刻になって、にわかに玄関が騒がしくなった。 「ただいま〜」 「疲れた〜」 「お腹空いた〜」  五人の半人前たちが、疲労困憊といった様子で帰って来た。  子供たちは、まだ寝ているものとすっかり思い込んでいたので、一仕事終えた様子の半人前たちに、月霞は驚く。 「お疲れ様、今日の太陽は早かったね」  ハンナに労いの言葉を掛けられた半人前たちは、リビングのソファに倒れ込む。  余程疲れているようだ。  月霞は、ハンナの言葉が引っ掛かって首を傾げる。 『太陽が早かった』?  そういえば昨日、大時計の前を通った際、『今日の月は遅れている』と大夢が言っていた。  白の世界は、黒の世界によって支えられているという。  大時計は、白の世界の基準になると言っていた。  太陽や月までも、黒の世界が司っているようなことを、ネネが言っていた気がする。  月霞が疑問を口にする前に、二階から、どやどやと半人前たちが降りて来た。  寝ていた半人前も居たらしい。  全員、『修行』つまり、就いている『仕事』によって生活時間が違うのだろう。  半人前たちと、美しい銀髪を寝癖だらけにした大夢が揃ったところで、朝食が開始された。  リノに続いて『いただきます』と言うや否や、仕事を終えた半人前たちは、がっつくように食事を口に運び出した。  相当体力の要る仕事であることが窺える。  仕事を終えた半人前たちが、部屋へ戻って仮眠をとり、残りの半人前たちが自分の仕事場に向かうため家を出て行ったあと、ハンナと食器を片付けた月霞は、大量の洗濯物と格闘し、広いシェアハウス内を掃除して回った。  いつもはハンナひとりで家事を担っているというのだから、頭が下がる思いだ。  そういえば、お母さんが家事をするのは当然だと思って、感謝の言葉すら掛けたことがなかったな、と伝えられない今になって反省する。  簡単な昼食をハンナと済ませ、洗濯物を取り込むと、もう夕方になっていた。  仮眠をとっていた半人前たちは、再び仕事へと向かっている。  あんな小さい子供たちにとっては激務だろう。  これが、魂を成長させるための『修行』なのだと思うと、罪人の魂を背負って生まれて来てしまった彼らの境遇に同情心が湧いてしまう。  彼らに罪は何もないのに。  あっと言う間に陽が暮れて、夕食の前にそれぞれの洗濯物を、半人前たちの部屋に届けていると、二階の階段に近い廊下に、小さな影がうずくまっているのが目に入った。  背中を壁に付け、体育座りをした赤毛の少女が膝に顔を埋めている。  短い赤毛には見覚えがあり、利発そうな子だな、と思った半人前の少女だった。  昨日顔を合わせた時には、はきはきとしていたのに、今の彼女は、どす暗い雲がもたらす容赦ない嵐の中に放り込まれたように暗い空気を纏っている。  泣いているのか、小さな背中が小刻みに揺れている。  月霞は、声を掛けずにはいられなかった。  そっと少女の隣に座り、どう話し掛けたら良いものか迷いながらも、「どうしたの?」と思い切って声を掛ける。  ぴくり、と赤毛の少女が反応して少しだけ顔を上げると、ちらりと月霞の方を見る。  けれど、何も答えようとしない。  放っておいてあげた方が良かったかと、早くも後悔した月霞に、少女がか細い声で、「また、失敗しちゃったの」と涙声で呟いた。 「失敗した?お仕事のこと?」  少女は頷く。  兄弟がおらず、年下の子供と話した経験がほとんどない月霞は、少女にどう接したものかと悩みながらも、あとには引けなくなり、言葉を続けることにする。 「あの……あなた、名前は?」 「……ライム」  消え入りそうな声で、少女は名乗る。 「ライムちゃん……いくつ?」 「十歳」  半人前たちは、ほとんど十歳前後なんだな、と月霞は妙に合点する。  白の世界で犯した罪を償うための、半人前としての期間は、ほとんどそんなものなのだろう。 「お仕事、何があったの?」  何処まで突っ込んで聞けば良いのが、塩梅がわからないまま、月霞はなるべく穏やかに問い掛ける。 「失敗、しちゃったの。  あたし、雷を操って、電気を作るのが仕事なんだけど、上手く行かなくて、落雷を起こしちゃったの」 「そうなんだ……電気を作るって、凄いね」 「凄くなんかないよ。  失敗するってことは、白の世界に落雷を起こしちゃったってことなんだから」 「白の世界に?」 「そう。白の世界では、時々、落雷があるでしょう。  あれ、あたしたち半人前が電気を作る作業中にミスをしたせいで起こるの」 「え、雷はライムちゃんたちが起こすの?」  驚愕を露わにした月霞に、ライムが決まり悪そうに「そうだよ」と頷く。 「先輩たちは、雷の巨大な力を自由自在に操って、電気を作れるのに、あたしはいつまで経っても下手で。  先輩たちみたいに、上手に電気を作って、白の世界の人達に電気を届けるのが夢なのに」 「白の世界に電気を届ける?白の世界の電気は、ライムちゃんたちが作ってくれてるの?」 「うん。それが黒の世界の役目なんだって、先輩が言ってた。  あたしは白の世界に行くことは出来ないけど、少しでも誰かの役に立っていたら、あたしが生まれた意味もあるのかなって」  暫し絶句した月霞は、感極まったように、喉をぐっと詰まらせながら、思わずライムの手を握ってしまった。 「な……何?」 「私がエアコンで快適に暮らせるのも、暗い夜に照明が灯るのも、スマホの充電が出来るのも、ライムちゃんたちが電気を送ってくれてるからなんだね!  本当に、ありがとう!」  突然、愛の告白でもするように、熱を持って迫ってくる月霞に、若干引きながらも、ライムはおずおずと月霞を見上げる。 「今まで考えもしなかったけど、ライムちゃんたちの支えがなければ、私たちは生活することすら困難だったんだね。  それなのに、私たちは、ライムちゃんみたいな存在が居ることすら知ろうとせず、感謝もしないで当たり前に在るものだと思ってた。  本当に、ごめんなさい」  神妙に頭を下げる月霞に、すっかり泣いていたことを忘れて、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせると、ライムは聞いて来た。 「もしかして、月霞ちゃんって、白の世界から来た人なの?」  しまった、と思ったが、此処まで言ってしまったら、否定するのも不自然だ。  正直に話すしかないと、ライムに向き合って、内緒話をするように囁く。 「そう。  みんなには言ってないけど、私は白の世界から来たの。  でも、どうして私が此処へ来たのか、どうすれば帰れるのかが、わからなくて……。  行く先がなくて、大夢さんの厚意で、この家に置いて貰ってる」 「そうなんだ!凄い、あたし白の世界の人、初めて見た!」  ライムは、興奮気味に身を乗り出すと、頬を朱に染めながら、泣いていたことなど忘れたように月霞に迫る。 「あたし、ちゃんと役に立ってる?  あたしたちが送った電気、白の世界の人達にちゃんと届いてるの?  あたしたち、必要とされてる?」 「うん。電気は生きて行く上で、欠かせない存在だよ。  電気がなかったら、大袈裟かも知れないけど、生きて行けないかもしれない。  ライムちゃんに助けられてる人はたくさん居る。  だから、ライムちゃんが生まれたことには、ちゃんと意味があるんだよ!」  月霞の言葉を聞くなり、ライムは、大輪の花が咲いたような華やいだ笑顔になる。 「本当?嬉しい!ありがとう、月霞ちゃん!  あたし、もっと頑張るね!」 「うん、でも、もう充分ライムちゃんは頑張ってると思うけど……。  私だって、卵は割れないし、洗濯物だって上手く畳めない……失敗してばかりだよ。  私なんかに比べたら、ライムちゃんは立派だと思う」 「そうかな……何かやる気出てきた。月霞ちゃんのお陰だよ」 「私なんかが役に立てるなら、いくらでも愚痴を聞くよ」  するとライムは、月霞の顔を覗き込みながら、真面目な表情を作って言った。 「月霞ちゃん、私『なんか』は止めた方が良いよ。  月霞ちゃんは、『なんか』じゃない」  ライムの言葉に、月霞ははっと顔を上げる。  『私なんか』『私なんて』は、月霞の口癖と言って良い。  いつからか、自分を嫌いになって、自分を卑下する習慣が身に付いていた。  自信がなくて、自己肯定感が著しく低い。  たまに消えてしまいたくなる。  私ひとりが消えたところで、世の中は、何も困りはしない。  これといって得意なことも、他人に誇れるようなこともない。  自分を認められるはずがなかった。  それでも、ライムに真っ直ぐに見つめられて、月霞は無意識に背筋を伸ばす。  知っている人がひとりも居ない黒の世界。  此処でなら、積み上げて来た大嫌いな自分を捨てて、新しい自分をいちから築くことが出来るのかもしれない。  自分で自分を認めてあげられるかもしれない。 「月霞ちゃん?」  ライムに呼ばれ、月霞は、口元に薄く笑みを湛える。 「ありがとう、ライムちゃん。  頑張ろうね、お互い」  この世界に来た意味は、自分で探すしかない。  心を新たにした月霞がそう言うと、ライムも弾けるように明るい笑みで「うん!」と答えた。 「ふふふ」と笑い合い、ライムと月霞は、内緒話を終えた。
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