生命管理課

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生命管理課

 暫く、工房で作業に励んでいた月霞(げっか)は、ある日、ネネからお使いを頼まれた。  修行を終え、あとは白の世界に生まれ変わるのを待つばかりの半人前の魂が、ある程度溜まったので、ネネが合格を言い渡した水晶玉を、ある場所に届けて欲しい、それがお使いの内容だった。  生命管理課(せいめいかんりか)。  生物の命を司る部署だという話だった。  籐のかごに、目一杯水晶玉を入れ、月霞は教えられた道順を辿って、市民会館のような飾り気のない建物に辿り着いた。  施錠されて居ないガラスのドアを押し開け、薄暗い廊下を足音を反響させながら歩く。  廊下の両脇には、会議室のような味気ない部屋が並ぶ。  スライド式のドアの上半分がガラスになっているため、中が覗けるが、長机や椅子が乱雑に散らばっているだけでひとけはなかった。  突き当りに着くと、二階への階段があり、其処を昇ると、俄に騒がしくなった。  人の声がする。  揉めているような、言い争っているような、甲高い声が論争しているようだ。  ガラスを覗いて、人の姿を確認すると、ドアをノックする。  すると、話し声は止み、一瞬の静寂が訪れた。  部屋の中に居るのは、衣服から、半人前だとわかる。  半人前のひとりが、徐に席を立ち、月霞の鼻先のドアを開けた。 「なに、まさか魂じゃないよね?」  十歳前後に見える半人前の男の子が、心底嫌そうに月霞を上から下まで査定するように眺め回す。  そして、月霞の手に持たれた籐のかごを確認するなり、深い溜め息を吐いた。 「あ、月霞ちゃん」  ドアを開けた半人前の後ろから、知った顔がひょこっと出て来て月霞の名前を呼んだ。  シェアハウスで同居する、半人前の男の子、ユウマだった。  ドアを開けた男の子が、ユウマに胡乱な視線を投げる。 「知り合い?」 「うん。  一緒に住んでる子だよ」  ふうん、と気のない返事をして、男の子が座っていた席へと戻って行く。  気後れしながらも、月霞は室内へ足を踏み入れた。  殺風景な部屋だった。  正に会議室のような。  無機質な長机が部屋一杯に並べられ、そこに沿ってパイプ椅子が並び、青いサロペットを着た半人前たちが、難しい顔をして席に着いている。  彼らの眼の前にあるのは、おびただしい数の水晶玉──魂が天高く積み上げられていた。  何列もの長机に載せられた、幾つもの魂──。 「この前持って来た魂も、まだ処理出来てないのに、また新しい魂持って来たの?  一体どれだけ僕たちを働かせれば気が済むわけ?  過労で死ねってこと?  まあ、そうだよね、所詮僕たち半人前は、使い捨て出来る便利な存在だもんね。  誰も僕たちを心配してなんてくれないよね、当然だよね」  ドアを開けた男の子が、辛辣な言葉を月霞に放り投げる。 「エイタくん……」  ユウマが、男の子をそう呼ぶ。  ドアを開けた男の子は、エイタというらしい。  涼し気な目をした少年で、世界の全てを敵視しているような半人前だった。  生命管理課が、どんな仕事をしているのかはわからないが、積み上げられた魂の数を見るに、シズクが従事していた先の見えない絶望すら漂う仕事内容であることが窺える。 「あ、あの、これ……。  ネネさんに運ぶよう頼まれて……」  戸惑いながら、月霞がかごを差し出すと、舌打ちしながら受け取ったエイタが魂を満載したかごを机に乱暴に置く。 「ねえ、ネネさんに言っといてよ。  そんなに魂を次から次へと持って来るのなら、こっちの人員を増やせって」  エイタはそう吐き捨てると、背を向けてしまった。  眉をハの字にしたユウマが月霞に近寄って耳打ちする。 「ごめんね、月霞ちゃん。  仕事が溜まって、みんなぴりぴりしてるんだ」 「大丈夫だけど……。  ねえ、ユウマくん、此処って、どんな仕事をしているの?」  部屋に押し込められた三十人程の半人前たちが、会話を再開させる。  その話し声に紛れさせて、月霞はユウマに聞いた。 「そっか、知らないんだね。  じゃ、見ててよ」  ユウマは月霞を、部屋の中央辺りの席に誘い、月霞の椅子も用意してくれる。  ユウマの隣に月霞は腰掛けた。  机の上には、水晶玉と、顔写真が印刷された書類があり、ユウマは、飲食店のカウンターに置かれた調味料を取るような気軽さで、アルミのような光沢を放つ箱から、ひまわりの種に似た粒をひとつ取り出す。   次にガラス工房で見る、ガラスを創る時に使用される吹き竿を短くしたような器具の先端を水晶玉に固定し、口を付ける部分から種を投入し、大きく息を吸うと、吹き竿に思い切り息を吹き込む。  種が息の勢いで水晶玉に亀裂を作りながら中に入り、真ん中辺りに到達すると、切り裂かれた跡がみるみる埋まって行く。 「これが『生命管理課』の仕事。  今吹き込んだこの種が『命』。  魂に命を埋め込むのが、僕らの仕事なんだ」  月霞は、ひまわりの種にしか見えない種を凝視する。  ……こんな小さな種が、生き物の『命』……?  つまりは、心臓ということか。 「命を埋め込んだ魂を、白の世界の親の元に生まれ変わらせるまでが役目」  それぞれの仕事をこなすのに没頭していて、月霞とユウマがぼそぼそ話していることを咎める半人前は居ない。   「白の世界の親の元に……?  誰の元に生まれ変わらせるか、もしかして、ユウマくんたちが決めてるの?」 「そうだよ」  ユウマが、机の上の書類を指し示す。  二十代程の男女二名の顔写真が印刷されたもの。   「どの親の元に、どの魂を生まれ変わらせるか、僕たちが話し合って決めるんだ。  生まれ変わる魂と、その魂に相応しい親を結び付ける失敗は許されない、責任重大な仕事だよ。  その会議で、揉めることもあるくらい」  月霞は言葉を失っていた。  子供は親を選べない。  同様に、親は生まれて来る子供を選ぶことは出来ない。   親子とは、神様が采配を振るう、超自然的な力が働いて創られるのだと、そこに人間の意思は差し挟む余地はないのだと、月霞はそう思って生きて来た。  おそらく、白の世界に住む『世界の真実』を知らない人間は、月霞と、そう大して変わらない考え方を持っているだろう。  血の繋がった存在でありながら、お互いの気持ちがわからない、親を、子を、理解出来ない。  親子とはいえ、独立した個人なのだから、わかり合えないのも、仕方のないことだと、性格が合わないのも、反りが合わなかったりするのも、無理はないのだと、白の世界の親子たちは悩みながら諦めて来た。  わかり合える仲の良い親子なんて、ほとんど賭けのようなレベルでしか存在しないのだと。  しかし、ユウマは生まれる魂に、相応しい親を選んで決めているという。  月霞は、自分の両親について考える。  中学に入ってから、友達をいじめる側になってしまったこと、それを苦に学校へ通うのを止めてしまったこと。  それらを、両親に言えずに、理由も告げずに引きこもってしまったこと。  何故自分の娘が、突然不登校になってしまったのか、両親は理由がわからず、さぞ戸惑ったことだろう。  たったひとりの娘の本心が、理解出来ないことに、両親も苦しんでいるかも知れない。  しかし何処かで、親なんだから、何も言わずとも理解(わか)って欲しいと、考えていた気がする。  いくら血が繋がっていたって、言葉にしなければ、伝わらないというのに。  両親は、自分なんかが娘で良かったのだろうかと、時々思ったりする。  自分は、今の両親で満足なのかと、時々思ったりする。  神様が創った組み合わせだから、親子になっただけで、合うとか合わないとか、好きだとか嫌いだとか、不満に思っても、誰にも文句は言えないし、お互いにぴったり合う親子になれないことこそ自然の理なのではないかとすら考えている。  でも、現実は違った。  魂は、半人前たちによる会議で、相応しい親の元に生まれ変わっていたのだ。  子供は生まれるべくして両親の元に生まれ、両親は子供の親になるべく子供を授かった。  愛し愛されるため、家族になるため。  ユウマが命を吹き込んだ水晶玉が、ふっと消えた。 「命がお母さんに宿ったんだよ」  ユウマの言葉に、月霞は、はっと思考の海から引き摺り出される。  机の上にある、顔写真付きの書類に目を落として聞く。 「もしかして、この二人の子供として?」 「そう。  全て上手くは行かないけど、僕らは魂と、その親が幸せになれるように、組み合わせに毎日頭を悩ませてる。  親子は、なるべくしてなるんだ」  ユウマは、視線を部屋の隅に積まれたダンボールに送る。  立ち上がった月霞は、ダンボールに近付き、半開きになった箱の中を覗き込む。  ぎっしりと、男女の顔写真付きの書類が箱一杯に詰まっていた。 「これは……」 「魂が生まれ変わる先、両親候補の写真だよ。  目が回る程、たくさんあるでしょ?   さっき見せた命の種、あれが宿る先に迷わないように、ちゃんと母親のお腹に辿り着けるように、命の種に僕たちが、両親の情報を刻み付ける。  そうして命の種は、選ばれた両親の元に子供として生まれ、白の世界での人生をスタートさせる。  人間が子供を産むことが出来る時期は、短いだろう?  だから、こっちも時間勝負なんだ。  子供を望む両親候補の元に相応しい魂を決めて、子供を産める時間内に斡旋しなきゃならない。  魂も両親候補も、次から次へ持ち込まれる。  本当、てんてこ舞いだよ。  星の数程の魂の中から、星の数程の両親候補を巡り合わせる……。  天文学的数字だと思わない?  そんな重要な決定を、僕らみたいな半人前に丸投げなんて、この世界はどうなってるんだろうね、全く」  エイタ程ではないにせよ、ユウマも今の仕事には不満がありそうだ。  この部屋の空気がぎすぎすしているのは、過酷な労働環境のせいなのだろう。   月霞は思いを巡らせる。  お父さんとお母さんは、私という子供を授かって、良かった?幸せだった?  両親と離れて暫く経つ。  こんなに長く両親と離れたことはなかった。  今、両親はどんな思いで過ごしているのだろう。  会いたいな、と心の何処かで思う。  でも、会うのが怖いな、とも思う。  どんな顔をして会えば良いというのだろう。  記憶の中の二人の顔が、ぼやけ出す。  月霞は必死に頭を振り、懐かしい顔を忘れないように、脳に、心に記憶を焼き付けようとする。  二人に会ったら、まず何を話そうか。  幸せになるために選ばれた、自分の両親と。  ユウマと同じように、吹き竿で命の種を吹き込む半人前や、書類を取っ替え引っ替えして、頭を掻き毟りながら、魂の行き先をああでもないこうでもないと悩む半人前たちの作業を、半ば放心しながら観察していた月霞は、エイタの冷たい視線に気付いて、部外者は邪魔しないように退散すべきだと悟って、静かにドアを開け、足音を立てないように気を配りつつ廊下を歩き、生命管理課をあとにした。  雲ひとつ無い空を見上げて、深く息を吐く。  思いもしなかった『世界の真実』を知り、頭の中は混乱を深めていた。  両親の元に選ばれて生まれた子供。  離れてみて気付く。  もっと、両親に心を開くべきだったと。  ひとりで抱え込まないで、両親を信頼して悩んでいることを正直に打ち明けるべきだったと。  失望されるのが怖くて、月霞は心を曝け出すことを躊躇した。  伝えられない状況になって、 伝えたいという思いが強くなってしまった。  両親は、こんな自分を受け入れてくれただろうか。  ……わからない。  答えの出ない悩みの迷宮に迷い込んでしまった月霞は、とぼとぼと工房への道を歩き出す。  考えるのは止めよう。  どんなに頭を悩ませたところで、両親の元に帰れるわけではない。  帰るための道筋すら立って居ないのだから、いくら悩んでも無駄なのだ。  気持ちを切り替えて、月霞は前を向いた。  ネネの工房に通うようになって、暫くした頃。  温かい目で、無心に魂を修復する弟子──月霞を見守っていたネネが、これまた唐突に予想外のことを告げた。 「死神庁(しにがみちょう)に、私が……?」  ネネの言葉に動揺して、思わず復唱した月霞に、ネネが頷く。 「大夢から、死神庁は人手が足りないって、愚痴を聞かされたことはない?」 「あります。  というか、いつも言ってます。  忙しい、人手が足りないって」  しかし、死神は罪人を裁くのが仕事だ。  死神庁で、自分が手伝える仕事など、あるのだろうか。  そんな月霞の疑問を察して、ネネが微笑みながら言った。 「大丈夫、簡単な事務作業よ。  罪人の取り調べの記録を取ったり、身の回りの世話をしたり、死神が審判に集中出来るような環境にしてあげて欲しいの。  そんな人材ですら、足りないってあちらから泣き付かれてね。  どうかしら、月霞さん。  やってみる気はある?」 「はあ……。  事務ですか。  それなら、私でも何とかなるんでしょうか」  事務と聞いても、一般的に事務という職業がどんな内容の仕事をするのか、まだ中学生の月霞には、なかなか想像が付かない。 「わからないことがあれば、大夢に聞くと良いわ。  ああ見えて大夢は面倒見が良いから」 「それは、わかります。  半人前の子たちの面倒を良く見ているし、私にも親切にしてくれますから」 「それなら平気よ。  安心して死神庁に行ってらっしゃい。  ああ、でも」 「無理はしないこと、ですよね」  月霞に先を越され、ネネは「その通り」 と苦笑混じりに頷いた。
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