ノイズ

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「ったく、また解雇されちまったのか? お前は相変わらず人間を演じるのが下手だなぁ。まぁ俺の実力不足も関係してるわけだがな?」  まだ昼間にも関わらず安物のビール缶を呷る中年男もとい工場長が、テーブルに置かれたヒューマノイドの半身に向かってそう笑いかけた。郊外の港沿いに立ち並ぶ下町工場の一角。青年の開発元であるその場所は閑古鳥の囀りがこれでもかと響き渡っていた。 「いいえ、工場長のせいではありません。私が人の動きをもっと細かく分析していれば──」 「はっ、こんなところでも自分を卑下するたぁ律儀なモンだなぁ。ま、どっちのせいとか言い合っても仕方ないんだけどな」  パイプ椅子の背もたれに腕を乗せ、工場長は寂びれた工場の中をぐるりと見渡す。 「もう此処にはお前を修理してやれる金も労力も残ってねぇ。わりぃな、工場の将来のためとか無責任なこと言ったばっかりに」  そんなことない──そう否定の言葉をかけようとしたところで、喉元のマイクに不調が生じる。何が起きたのか青年自身も理解できない。ただ、工場長の横顔を見た途端に異変が起きたことだけは自覚できた。  未来に向かって歩み続ける想いを込め「トワ」と名付けられたヒューマノイドの青年は、過去にも工場長の意向により様々な職種に挑戦していた。しかし結果はいずれも惨敗。その理由は、決まって小刻みに震える笑顔の口端だった。  ──やっぱりロボットを雇ったのが間違いだった。  ──お前のせいで、客の数が例年の四十パーセントも減っちまったよ。  件のファストフード店で解雇された瞬間の言葉が、トワの頭部のメモリー内で延々と再生される。工場長から何度メンテナンスを受けても、人の笑顔を学習して何度練習を繰り返しても、口端の痙攣はいつまで経っても治らなかった。これが愚かにも人に近づこうとする機械への咎なのか。薄暗い工場内の空気が思考回路にすら作用し始める。  しかし業務用ヒューマノイドの彼にとって、ここで諦めるのは親不孝も同然だった。 「非合理的ではありますが、私はまだ諦めたくないと考えています」  長机の細かな傷を見つめながら、トワは小さく呟いた。一瞬だけ目を瞑り、混濁する情報を改めて整理してから、再び顔を上げる。 「身体はまだ問題なく作動しますし、ここで時間を浪費するよりも早急に就職先を決めた方が幾分か量産的です。それに、私自身が許せません。せっかく工場長が設定して下さった私の存在意義を、こんなところで手放すなどと」 「なんだ、そんなこと気にしてたのか。あんなつまらん願い、さっさとデリートしちまえばいいのに」 「いいえ、決してつまらない願いなどではありません。無機物の私にとっては、人間で言う命も同然なんですから」  それを聞いた工場長は目をしばたかせると、やがてガハハと盛大に笑い出す。小太りの身体が前後するのに合わせて、パイプ椅子の背もたれがキリキリと鳴いた。 「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。だが、お前ならきっとそう言ってくれると信じていたよ」  空き缶を長机に置き、彼はふらりとその場に立ち上がる。 「だが、今までと同じやり方だと間違いなく二の轍を踏む。というわけで、次回以降はこの手のプロに協力を要請することにした」 「この手のプロ、ですか」 「おうよ。さっき電話が来たから、そろそろ来る頃だろうと思うけどな」  そう言って工場長が、シャッターが半開きになった入口の方へ目を向けた、その時。 「ご免ください!」  タイミングを見計らったかのように、溌溂とした女性の声が響いてくる。待ち侘びたぞと言わんばかりに、表情を和らげた工場長がそちらへ駆け寄っていく。 「先程お電話させて頂きました、羽野です。トワさんの就職先の件でお伺いに来ました」 「おう、わりいな。アイツはいま奥にいる。案内するよ」  そうして入ってきたその女性は、毅然とした態度の中に愛嬌の良さを加えたような、絶妙な雰囲気を醸し出していた。皺一つない黒のスーツに肩までかかった長髪。まるでキャリアウーマンの理想像を目の当たりにした感覚に、トワは囚われた。 「あなたがトワさんですね? 初めまして、工場長さんから話は聞いています」  設計上、下半身はおろか腕すら付いていない彼に向かって、スーツの女性は懐から取り出した名刺を真っ直ぐと差し出した。 「わたくし、ロボット専門キャリアアドバイザーを務めております、羽野絢香と申します。今後、トワさんの将来に向けて二人三脚で歩んでいく所存ですので、どうぞ宜しくお願いします」  ロボット専門キャリアアドバイザー──聞き慣れない事業名に困惑しつつも、トワは歓迎の意を込めて笑顔を振りまく。相変わらず口端は痙攣していたが、普段と比べて妙にノイズが軽く感じていた。
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