友待つ雪

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 小走りで駅の階段を降り、人の波を避けて電車に乗り込む。  息を整えて、コートのポケットからスマホを取り出し、今週末のプレゼンの資料に目を通した。  今の会社に新卒で就職してもうすぐ一年が経つ。  私の会社では三月に新人が新作コスメを発表する会があり、優秀者のコスメが商品化される。  明日は中間発表会、二週間後に本番を控えていた。  今は中間発表に向けて、パワーポイントの資料作成を進めている。  前の人の背中にスマホをぶつけないように、体を小さく丸めながら忙しなく指を動かした。  電車に乗っていただけなのに、汗をどっぷりかいて目的地に到着した。  人に押されながら新宿駅前の改札を出て、十分ほど歩き二十階建ての近代的なビルに入る。  エレベーターに乗り、スマホの時計を見ると始業まであと五分だった。  プレゼンのことで悩んでいると行動が全て遅れてしまう。  短く息を吐いて気合を入れなおし、エレベーターを降りた。  ベビーピンクの壁に、色とりどりの造花が飾られたエントランスを抜けて、広々とした清潔感のあるオフィスに入る。  化粧品メーカーだけあって、身なりに気を使った人が多い。  すれ違う先輩からは上品な香水の匂いがするし、自分より二回り歳上の人でも、肌が陶器のように綺麗だ。  今日は電車で汗をかいたため、休憩中にトイレでメイクを直さないと。  全てがキラキラしているこの場所に、汗やニキビやクマやら、見せられないものを必死に隠してしがみ付いていた。 「美羽ちゃん。おはよう」  先に席に着いて、慣れた手つきでパソコンを打っていた同期の優花ちゃんが私に微笑んだ。 「プレゼン順調?」 「うーん。ぼちぼちかな」  私は曖昧に微笑みながら鞄を置いた。  固定デスクがないオフィスのため、基本的に席は自由だ。  優花ちゃんの隣に座り、鞄からパソコンを取り出した。 「明日中間発表なのに、全然進んでないよ」  そう言う彼女のパソコンをちらっと覗くと、写真や表がすっきりとまとめられていた。  自分の資料より何倍も進んでいて内心かなり焦った。  やり方を教えてほしいが、聞けるわけもない。  同期といっても、友達ではないのだ。  心臓がギュッと委縮して、手汗のせいかマウスが滑った。 「塩沢さん」  前園先輩が優香ちゃんの肩を軽く叩いた。 「プレゼン資料、凄く見やすいわね」 「ありがとうございます」 「その調子で頑張って」  優花ちゃんが可愛らしく微笑んで、先輩も満足げに頷く。 「五十嵐さんもね」  先輩に名前を呼ばれ、お礼を言いながら会釈する。  遠ざかる背中を凝視してから、パソコンに向き直った。  分かっていたが、差はすでについている。  早く追い越さなくてはいけない。  この場所で、私一人で成し遂げられることを証明しないといけない。  思わずキーボードを打つ手が荒々しくなった。
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