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高校を卒業してから、メイクの専門学校に行くために上京した。
そう言えば聞こえはいいが、現実は違う。
どうしても地元を出なくてはならなかったのだ。
……親友だった日和と離れるために。
彼女とは家が近かったこともあり、毎日一緒にいた。
雨が降ったら、どちらかの家へ、晴れた日にはショッピングへ。
何歳になっても変わらず仲が良かった。
部活で試合に負けても、テストで赤点をとっても、日和といれば悩みなどすぐに解決して、笑い話になる。
毎日を豊かにしてくれる親友だった。
状況が一変したのは、高校に入学してから少し経ってからだった。
中心部に近く部活が盛んな高校に進学したこともあり、他県からやって来た子も多かった。
「日和ちゃんの友達だよね?彼女の連絡先教えて」
知らない子に話かけられる第一声はいつも日和のことだった。
小さい頃から隣にいたせいで感覚が鈍っていたが、日和は性格が良く、かなりの美人だった。
肌は雪のように白く、瞳は青空のように透き通っていて、綺麗に巻かれた黒髪は夜空に流れる天の川のように艶やかに輝いていた。
歳を重ねるごとに、おとぎ話のお姫様のように物語の「主人公」になっていった。
私はお姫様の付き人。
日和の話をすると皆が喜ぶから、子供のころの話をよくしていた。
いつしか、日和を誘わないと一緒に遊んでもらえず、好きだった男の子には「日和の友達」と呼ばれるようになった。
全身を雑に食い尽くされ、骨になったらあっさり捨てられた。
次第に私のことを忘れて、誰も話しかけてこなくなった。
日和には新しい友達ができ、楽しそうに会話している。
私は机に突っ伏して、イヤホンで音楽を聴き一人で時間を潰した。
見なければ、聞こえなければ、何も感じない。
住む世界が違った人と、一緒にいたいと思わずにすむ。
それなのに日和は、私を探して私の腕を引いた。
周りの誘いを断って私とペアを組もうとするし、お弁当も一緒に食べたいと言ってくる。
案の定、腹ペコのピラニアたちの標的になった。
「日和ちゃんと五十嵐さんが友達なの不思議だよね。全然違うのに」
私の食べられる場所を探るため、骨だけになった全身を鋭い歯でガリガリと噛み砕く。
しかし、もう、あげられるものなどなかった。
私はすっかり空っぽだったから。
「私もなんで友達なのか分からないんだ」
近くにいた日和に聞こえるように、わざと大きな声で答えた。
高校一年生の冬。
学校の帰り道に、近所の公園で向かい合った。
冷たい雨が降り注ぐ中、ビニール傘を持つ手を震わせて呟く。
「離れたいんだ。日和から」
子どもの頃から二人で大事に運んでいたコップに、一滴の雨粒を垂らす。
知らぬ間に水は満タンに溜まっていて、一滴の水だけで簡単に溢れ出した。
「離れたい?どうして」
白い顔をさらに白くして、雪のように消えそうな顔をしていた。
ずっと一緒にいたのに、初めて見た顔だった。
「日和といると苦しくて仕方ないの。皆に雑に扱われて、自分が醜く感じるの」
白い息が激しく口から溢れ出し、我慢していた感情が止まらなかった。
コップの水も半分ほど溢れ、ひびが入る。
「そんなことないよ。美羽は私の……」
「日和には何も分からない。絶対に分からない」
「ちょっと待って。落ち着いて」
「日和のこと大嫌いだから、これ以上話したくない」
パリン。
コップが粉々に割れる音が鼓膜に響き渡った。
破片が全身に刺さり、血がドロドロと流れているのを感じた。
熱くて、痛くて、吐き気がした。
目の前の日和は、真っ赤な目で私を見つめていた。
『日和のことは大好きだよ。大嫌いだったのは、貴方と一緒にいた自分』
そう言えば割れなかったのかもしれない。
一度割れたコップは、もう元には戻らなかった。
クラス替えをして違うクラスになってから、全く話さなくなった。
一人になった私は、狂ったようにメイクを研究し、顔に粉を塗りたくった。
メイクが濃く派手になったのは、この時からだった。
自分を強く見せなくては、消えてなくなりそうだったから。
誰よりも美しくなって、逞しく生きていかないといけないと思ったから。
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