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発表会が終わった後、外は真っ暗だった。
錆びて開きにくくなったビニール傘を無理やり開き、早歩きで駅まで向かう。
雪予報だったはずが、結局冷たい雨が降った。
でも、それでよかった。
雪なんて降ったら電車が止まるし、滑るし厄介だ。
一秒でも早く家に帰って、プレゼンの資料を作り直さなくてはいけない。
胸の中に先輩の冷たい言葉が十字架のように張り付いていた。
私は、震える手で傘を握りしめる。
自分が望んで選んだ道じゃないか。
簡単に泣きついたり、弱音なんか吐けない。
荒々しく歩いていたら、水たまりに足を突っ込んでしまった。
防水を売りにしていた靴にどんどん浸水していく。
つま先から、容赦なく冷たい水が流れてきた。
信号が青になったのに、足が固まって動かない。
……私、もう、無理かもしれない。
足から感じた冷たさが心臓までたどり着き、私の活力を奪っていく。
誰かにぎゅっと抱きしめてほしかった。
お母さんの自慢の鍋も食べたいし、お父さんの下手くそな物まねも見たい。
そして、何より、心の中でずっと輝いている日和の笑顔が見たい。
『帰りたい』
その一言がずっと言えなかった。
ここで何も得ていない自分が、どんな顔をして帰ればいいのか分からない。
スマホを取り出したものの、メッセージを送れずに固まる。
諦めてスマホの電源を切ろうとした時、一通の新着メッセージが届いた。
懐かしい送り主の名前を見て、胸の鼓動が一気に高鳴る。
震える指先でタップし、メッセージを開いた。
『雪、降ってるよ』
たった、七文字だった。
しかし、その文字にこう書いてある。
『帰っておいで』
私はスマホを胸で抱きしめて、ギュッと目を瞑った。
ビニール傘に降り注ぐ雨がパチパチと楽しそうに弾ける音が聞こえる。
それは、私を応援する拍手にも聞こえた。
目を開けて、ぼやける視界で必死にメッセージを送信した。
『今から行くね』
固まった足を大きく前に踏み出し、無我夢中で駅まで走る。
全身が冷えていたはずが、少しも冷たさを感じなかった。
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