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新宿駅から静岡まで電車で約一時間半。そこまで遠い距離ではないのに、三年も帰っていなかった。
品川から新幹線に乗り込み、窓ガラスに反射した自分と目が合い、ぎょっとする。
メイクが崩れ、皺やクマがくっきり映っていた。
だけど、直さなかった。
ただ、ぼんやりと今の自分の姿を眺めていようと思った。
電車は時々止まったり、遅くなったり、不安定に進む。
「この電車は一時間遅れで静岡駅に到着する予定です」
遅延を知らせる車内放送に乗客の不安げな声が聞こえる。
無事に送り届けてくれと必死に祈りながら、少しずつ変わっていく景色を眺めた。
窓を叩く雨粒が少しずつ氷の粒に変化していく。
期待と不安が交互に現れ、そわそわしながら窓に残った氷を指でなぞった。
三時間ほど電車に揺られ、午後十時に到着した。
急いで電車を降り、寒さに震えながら改札を出る。
暗がりに現れた横顔に、胸がぎゅっと苦しくなる。
そして、温泉が湧いたように全身がふわふわと温かくなった。
「日和」
彼女がゆっくりと私の方を向き、白い息を漂わせて笑った。
「美羽」
寒がりだった彼女は、コートの中に色々着こんでいるのか大きな雪だるまのようになっていた。
艶やかな黒髪に、雪のような透明な肌。
あの頃と何ひとつ変わらない彼女がそこにいた。
転ばないように一歩一歩確かめて歩きながら、私のことを強く抱きしめる。
「おかえり」
耳元で優しく囁かれ、カイロに触れた時のような温もりを感じる。
彼女の赤いマフラーに冷えた頬を埋め、噛み締めるように呟く。
「ただいま」
マフラーに積もった雪が唇に触れ、優しく溶けた。
久しぶりに会ったはずなのに、昨日もこうしていたかのように、全てが心地良かった。
「雪、綺麗だね」
彼女が手の平を空に向けて、雪を掴もうとする。
私も真似て、降り注ぐ雪に手を伸ばした。
手に触れた雪は、じんわりと溶け、手の平を泳ぐ。
空からフワフワと舞い散る雪は、絵で見るような球体ではなかった。
これは、まるで……
「埃みたい」
「埃って。夢がないなあ。綿あめとか言ってよ」
「それ言ったら日和食べようとするじゃん」
「確かに。食べてみたくなっちゃうかも」
二人で吹き出して、白い息が空に舞う。
雪と息で視界が真っ白になって、「何も見えない」と言って、また笑った。
難しいことなんて、ここには何もなかった。
ただ、雪が降っていて、それを大人になった私たちが無邪気に楽しんでいた。
変わったことも沢山あったけど、溶けずに残っていたものも沢山あった。
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