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【番外編】歩のお料理悪戦苦闘篇
「えっ、コロッケぇ!?」
おれはダイニングで思わず声を裏返らせる。
「うん。……何でも好きなものを作ってくれるって、歩が言ったんじゃないか」
番の和泉さんは涼しい顔で食後のコーヒーを啜っている。
「いや確かに言ったけどさ……。和泉さん、おれの腕前知ってるでしょ? 肉を焼いたら焦がす。イモを煮付けたら生煮え。そんなレベルのおれに、茹でたイモを潰して纏めて衣付けて揚げるなんて超絶難易度だとは思わないの?」
呆れつつ、何とか翻意させられないかと食い下がる。
「でも世間のお母さんたちはやってることだろ? 歩にできないとは思わないけど」
目の前の彼はにっこり微笑んで、全く意に介さない。
「出来栄えがどうでも、俺は喜んで全部食べるからさ」
……ダメ押しまで喰らった……。
こうして、おれは和泉さんにコロッケを作る羽目になった。
和泉さんの元婚約者を俺の弟が運命の番として奪ってしまったという衝撃的な出会いと、その復讐のための婚約ということで、試読部分ではバリバリにギスってるおれたち。でも紆余曲折を経て現在は番になった(結婚式は式場の予約の都合でもう少し先なんだけど)。あんなにツンケンしていた和泉さんが、今はおれをめためたに溺愛してるんだから、世の中って分からないものだよな……。
さて、話をコロッケ作りに戻す。あいにく今日はコックさんがお休みで、メイドさんが手伝ってくれた。お蔭で、揚げる前までは何とかそれっぽい物になったんじゃないかと思う。
「揚げ物は、油の温度管理が大事なんです。カラッとなるように、かなり思い切って温度を上げていきます」
かっぽう着姿のおれは、神妙な表情で鍋を見つめる。そして慎重にコロッケを鍋へと……。途端に、ボンッと破裂音がする。
「うわっ!!」
「歩さま、慌てないで!」
本編既読の読者の皆さんはご存じの通り、おれの料理の腕前はへっぽこもいいところだ。予想通りだと思うが、案の定、おれの作ったコロッケの半分は破け、残り半分のうち大半が揚げ色がまだらで、ごく少数、焦げ過ぎたものと程良く揚がったものができあがった。
何とか食えそうなものを厳選して、食卓に並べる。
「歩、やっぱりできるじゃないか。へえええ、美味そうだ」
和泉さんは、目を細めて愛おしげにコロッケを見つめている。
「……や、そんな、我が子を見つめる父親みたいな表情されるとこっちが照れるぜ」
あまりにむずがゆくて、つい本音を漏らすと、もっと甘い砂糖菓子みたいな笑みを向けて来る。
「歩が産んでくれた俺の子なら、もっと愛おしいに決まってるさ」
「……さ! 早く食べようぜ、多少アレでも、温かければ揚げ物はボチボチ食えるからな」
照れ隠しに、おれはそんな風に話題を食事に戻した。
味のほうはどうだったって?
んー、茹でたジャガイモと、ひき肉玉ねぎ炒めを混ぜたら間違いなく美味しいじゃない? それを揚げるところだけがイマイチなのが多かったから、まぁ食えないことはないって感じだった。でも和泉さんは、「美味い、美味い」と目尻を下げっぱなしだった。
「……それが美味いって感じる和泉さんの味覚はバグってると思うよ?」
俺がそんな風に言うと、さも心外だとばかりに片眉を引き上げて真顔で反論してくる。
「何言ってるんだ。愛する番の手料理に優るものはないに決まってるじゃないか」
ここまで開き直ってドヤられるとむしろ引くんだが、まぁ、本人が悦に入ってるから良いか……。下手でも喜んでもらえて、ありがたいって思わなきゃだよな。だんだん上達するとは思いたいけど。
とりあえず、旦那さまの体調を崩させないような料理を作れることを目指そうと思う。
(おしまい)
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【羽多より】
私も末席に名を連ねております書庫企画ルクイユのオンラインハッシュタグイベント「ルクイユのおいしいごはんBL」への参加作品です。
オンライン公開分では不穏な空気で終わっている二人ですが、本編内ではめでたく心を通わせ合い、ツンツンしていた和泉はすっかり歩を溺愛するようになります。
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