16人が本棚に入れています
本棚に追加
課長の涙
あの頃はまだ、強姦罪は親告罪だった。
連続婦女暴行犯は、女性達が皆未成年で、恐怖と恥辱とで証言ができないのを良いことに犯行を続けていた。だから、所轄の本部の刑事達はいきり立っていて、告訴する決断をした姉貴の証言に全てをかけたのだ。
まだ交番勤務の巡査だった課長は、捜査本部に女性刑事の投入と、女性刑事による聴取を訴えたが、早くホシを上げたい本部の指揮官は、完全に無視を決め込んで暴走したのだ。
姉貴の体から採取された体液が決め手となり、犯人は間も無く逮捕された。
折角課長が助けてくれた命なのに、裁判で再びあの恐怖と恥辱を公衆の面前で晒されることになった姉貴は学校でも格好の噂の的となり、卒業式をあと一週間後に控えた温かく晴れた日に、学校の屋上から飛び降りて死んだ。
両親は警察の対応を訴えたが、圧倒的な大組織の前では、結局涙を呑むしかなかった。
俺は警察を恨んだ。恨んで恨んで、警視庁に乗り込んだ。
「姉貴を返せ! 警察に殺されたんだ! 」
勿論入館できるはずもなく、俺はロビーで泣き叫び、暴れまくった。
10歳のガキだ。大した知識もなく、ただ、姉貴を返せ、バカヤロー、としか言葉が出てこない。
「おい、取り敢えず拘束して親呼べ」
刑事らしき中年共が束になって取り押さえようとした時だった。
「その子に触るな! 」
制服姿のまま駆けつけた課長が、俺を抱きかかえてロビーの外に出た。
「ごめんな、悠太。力になってやれなくて、本当にごめんな」
家に送り届けてくれた課長は、お骨の前から動けぬ両親に土下座をして詫び、姉貴の位牌にも、土下座をした。
「折角、折角勇気を出してくれたのに……申し訳ない」
課長は、あの美しい顔を悔しさに歪め、カーペットが濡れるほどに泣いた。
泣いたのだ。
後に進路を決める時、俺はあの時の課長の涙を思い出した。
気がつけば、あれほど恨んでいた警察官になろうと決めていた。
恨んでなかったわけじゃない、むしろ全員殺してやりたいとさえ思ったことがある。
だが、その頃には本店の捜査一課性犯罪班にいた課長が、被害者を傷つけないための新しい組織作りに奔走していると、しつこくウチに取材に来ていた記者から聞いていたのだ。
あの人の下でなら……そう、警察に入れば、こんな俺にも、被害者が姉貴と同じ苦しみを味わうことのないように、何かできるのではと……。
元々体育系だった俺は、何とか大卒で試験を突破し、交番巡査を経て漸く課長の部下として警視庁捜査一課性犯罪班に加われたのは、25の時だった。
最初のコメントを投稿しよう!