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課長の香り
新宿の歌舞伎町は、四谷署とウチつまり新宿東署とで管轄が隣り合っているため、警らの巡回なども常に連絡を取り合って進めている。
「ねぇ、もう7時だよ。君、高校生だよね」
ぼんやりと公園の前に立ちすくんでいる女子高生に、俺は声をかけた。
「んんと……おじさん、2万くれる人? 」
「あげない。だって俺、刑事さんだもん。新宿東署生活安全課の加川悠太。てかさ、課の中では唯一の二十代だから、お兄さんって呼んでほしいな」
「お兄さん……なんか、オバさん立ちんぼの客引きみたい」
おい……客引いてんのはお前だろうがと眉間にシワを寄せたところで、背後から濃厚なムスクの香りがした。
「悠太、女の子脅しちゃダメだろ」
「脅してないっすよ、課長」
すると、女の子はうわぁっと泣き出して、俺の後ろに立っている背の高い男に抱きついた。
「何だよ、それ」
ウチの課長は色っぽい。
背も高いしスーツも似合うが、骨っぽさのかけらもないツルリとした白い顔に役者もかくやとばかりのアーモンド型の目。黒々とした睫毛に覆われたその目で流し目など送られた日には、男も女も昇天、である。
尤も少年時代は『伝説の女形』と呼ばれる日舞の天才舞踏家だったらしい。
まぁ、色々あったみたいだけど……。
「自分を傷つけたらダメだ。大人に騙されないだけの知識を身につけて、しっかり生きていかなきゃ」
課長は超絶イケボで、泣きじゃくる少女の背中をポンポンと優しく叩きながら説いた。
くっそう、ガキのくせにのぼせやがって……俺の課長だぞ!
いつものことだ。
俺のような体育会系バリバリの刑事面は、心に傷を抱え、大人を怖がる未成年にはすこぶる受けが悪い。だが、こういうところには得てして良くない輩も現れるし、第一、この白鷺のような課長を守らなきゃならないから、怖がられたって一緒に歩くしかないのだ。
「悠太、笑顔、笑顔だろ」
あんたの笑顔は人を殺す! いろんな意味で。
俺はこの、長身で超美人で、フェロモンをプンプン耳の後ろから撒き散らしてどんなヤクザも蕩かすような、警視庁管区ぶっちぎりに色っぽい課長に、一生ついていくと決めている。
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