109人が本棚に入れています
本棚に追加
怒りにも似た衝動が、いや、ほとんど怒りそのものが湧き上がってきた。
有本の元カレにではない。
文字通り『歯が浮きそうな』甘ったるい口説き文句は、ただ「キザったらしい奴だったんだな」と思うだけだ。
俺が腹が立ったのは、有本本人にだ。
思い出すだけで顔を赤くする様な元カレの話をしておきながら、まるでどうでもいいような素振りを見せている有本の、「どっちつかずな」態度に頭がきた。
怒りのあまりにすっかり足を止めてしまった俺をさっさとおいて、有本は進む。
ほんの二、三歩だったが、俺は遅れを取り戻そうと慌てて走った。
「おい!待てよ‼」
勢いに任せて有本の右肩を掴み、こちらを向かせようと手に力を込めた。
有本は無言で、俺がするままに振り返ってみせた。
「・・・・・・」
「⁉」
俺は驚きながらも、有本と同じく無言になった。
有本は泣いていた。
真ん中に寄せられ歪んでいるが形の良い眉や、その下にある目から流れ落ちている涙を見れば『一目瞭然』だ。
でも、何故泣いているのかをとっさに訊ねられなかった。
俺はけして、有本に遠慮をしていたわけではない。
ましてや、思いやりで訊ねなかったわけでもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!