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 怒りにも似た衝動が、いや、ほとんど怒りそのものが湧き上がってきた。 有本の元カレにではない。 文字通り『歯が浮きそうな』甘ったるい口説き文句は、ただ「キザったらしい奴だったんだな」と思うだけだ。  俺が腹が立ったのは、有本本人にだ。  思い出すだけで顔を赤くする様な元カレの話をしておきながら、まるでどうでもいいような素振りを見せている有本の、「どっちつかずな」態度に頭がきた。  怒りのあまりにすっかり足を止めてしまった俺をさっさとおいて、有本は進む。 ほんの二、三歩だったが、俺は遅れを取り戻そうと慌てて走った。 「おい!待てよ‼」  勢いに任せて有本の右肩を掴み、こちらを向かせようと手に力を込めた。 有本は無言で、俺がするままに振り返ってみせた。 「・・・・・・」 「⁉」  俺は驚きながらも、有本と同じく無言になった。  有本は泣いていた。  真ん中に寄せられ歪んでいるが形の良い眉や、その下にある目から流れ落ちている涙を見れば『一目瞭然』だ。 でも、何故泣いているのかをとっさに訊ねられなかった。  俺はけして、有本に遠慮をしていたわけではない。 ましてや、思いやりで訊ねなかったわけでもなかった。
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