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 名前の『紘』は「ひろし」ではなくて、「ひろ」と読みます。 必ず間違えられて、そして謝られてしまうので、最初に言っておきます。  そんなエピソードを交えながら歓迎会の席でした自己紹介は、穏やかだったが飄々としていて、実に掴みどころがなかった。 高学歴故にお高くとまっているとか、周囲の人間を見下している様な嫌な感じはまるっきりしなかった。  「同じ年齢なのに先輩」という微妙な立場に不安でしかなかった俺は、たちまちそれが取り越し苦労だったことを知る。  有本は、すぐに職場内へと溶け込んでしまった。 男女を問わず、部署の皆に好かれた。 目の前に居るのに違う世界の住人の様な不思議な存在感が、有本にはあった。  延々と降り続く雨を飽きもせずに見ている有本の横顔へと、俺は訊ねる。 「折り畳み傘も持ってないのか?」 「え?」  俺へと向き直った有本が、小首をかしげた。 拍子に、細くて柔らかそうな前髪が揺れる。 雨の水分で湿っていて、やけに艶っぽく見える。  有本の繊細な造りの顔は「一体、何を言われたのかよく分からない」と、正直に物語っていた。  本来であれば、疑問に思うのは俺の方だった。
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