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有本は俺から逃げ出したいのだと、俺は思った。
俺をすっかりと煙に巻いてしまいたいのだろうと、そう考えた。
だったら、――もし、そうだとしたら、あんな意味深に言わなくていいものを!
思わず、そう叫び出しそうになるのを、俺は寸でのところで止める。
それが、有本が全くの天然である何よりもの証拠だと気付いたからだ。
そういう人間に理詰めで迫ってみても、敵うわけがない。
そもそも、同じ土俵に盤上にすら立てやしないだろう。
しかし、敵う方法が全くないわけではない。
俺も同じ方法を、戦法を選べばいいだけの話だ。
俺は、ビジネスバッグにしまいっ放しだった折り畳み傘を取り出した。
そして、広げた傘を有本の頭へと傾けた。
勢い任せての、ほとんど衝動だった。
「近くのコンビニまで、入っていけよ」
「え・・・・・・?」
たった一言、――いや、一文字だけを発した有本の顔が、表情が、急激に鮮明に見えた。
大きく見開かれた目は元々が大きいので、拍子に黒目がこぼれ落ちてしまいそうになる。
ほとんど泣き出してしまう寸前の顔だと思ったのは、単なる俺の妄想、――思い込みだったのだろうか。
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