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6
翔真は、佐元は人を殺すようにも見えないし、いたずらに関しても無関係だろうと推測した。それに対し夏紀は佐元が意外性を孕んだ犯人説を唱えたが、単刀直入に殺人犯かと切り出しても佐元の機嫌を損ねるだけだ。ここはいたずら説から徐々に攻めていくべきだろう。
二時間後、本屋から出てきた佐元は、夏紀と翔真が駆け寄ってくる姿にぎょっと目を見張った。
「嘘だろ、見張ってたのか」
すみませんと縮こまる翔真を他所に、夏紀は佐元を見上げる。
「俺ら、絵のいたずらの犯人をどうしても知りたいんです」日和との約束を破れば何をされるかわからない。
佐元は指先で軽く顎をかき、ため息をついて歩き出した。
「絵のいたずらって何なんだ。俺は何も知らないぞ」
彼について歩きながら、夏紀は駅前の地下道に西香織の描いた絵が飾られていること、その絵が涙を流すこと、誰かのいたずら説が濃厚であることを語った。佐元は初耳だったようで、黙って話を聞いていた。
「残念ながら、俺はその絵を見たこともない。香織が殺された現場には一度花を供えたが、その時にはまだ絵なんてなかった」
夏紀の話が終わると、彼はそう言った。
「大体、俺が絵にいたずらをする理由がない」
「とはいっても元カノでしょ。彼女を殺した犯人に自首を促して捕まえるため、とか」
「妄想だな。あり得ない」
苦笑し、彼は夏紀の説をばっさりと両断した。少しむっとしてしまう。
「それに至る理由があるんだ。佐元さんは、西さんにフラれて、別れ話も難航した。これは彼女に未練があるってことだ」
佐元は苦々しい表情で夏紀を睨む。
「それも香織の友達とやらが喋ったのか」
「別れた後も、嫌がらせをするほど未練があった。彼女を殺した犯人を許せないぐらい、まだ好きだったんだ」
「は? 嫌がらせ?」
「西さんは、嫌がらせにあってたんだって、その友達が……」
翔真が慌てて補足すると、佐元は立ち止まって「いい加減にしろ」とうなるように言った。
「俺が香織に嫌がらせをする? 馬鹿言ってんじゃねえよ、そんな情けない真似するわけねえだろ。ナメてんのかおまえら」
頭一つ分は背の高い彼に凄まれ、思わず夏紀も口を噤んだ。佐元は片手で髪をがしがしとかき、舌打ちした。
「……じゃあ、別れたら、もう好きとかそういうのはないってこと」
「好きとか嫌いとか、そういうものじゃなくなるんだよ」
夏紀の呟きに、佐元はそう言って軽く唇を噛む。彼の気持ちを理解することはできないが、何かを抱えていることだけは察せられる。そこにあるのは、嘗て愛した元恋人の死に対する悲しみだけなのだろうか。彼は本当に、今回の事件には無関係なのだろうか。
それなら、西香織を殺した犯人は、絵にいたずらをした犯人は一体誰なのだろう。
「どうして、西さんとは別れたんですか」
翔真が静かな声で問いかけた。至極純粋な疑問の声に、佐元は怒るでもなく大きく息を吐いた。
「積み重ねだよ。君らにはまだわからないだろうけどな。最初は塵に思えるものも、積み重なれば重荷になるんだ。俺にはそれが理解できていなかった」
ツミカサネ。言葉の意味は知っているが、台詞の意味はわからなかった。ただ、佐元の思い詰めた表情にいたたまれなくなり、夏紀も翔真も、それ以上何も口にはできなかった。
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