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「佐元さんは犯人じゃないよ」  放課後の教室で、机を挟んだ向かいの翔真は、いつになくはっきりと断言した。今日も教室には二人しかおらず、吹奏楽部や運動部の発する音や掛け声が耳朶を打つ。 「それって、どっちの犯人だ」 「どっちもだよ。あの人は西さんを殺してもないし、絵にいたずらもしてない。無関係の人だ」 「でもさあ……」  反論を口にしたいが、肝心の反論が出てこず、宙に漂う答えを見つけるように夏紀は視線をさ迷わせた。だが、初夏の教室のどこを見ても、求める論は見当たらない。 「あの人が犯人だっていう証拠もないし」 「かといって、犯人じゃないっていう証拠もないだろ。殺された女性の元彼なんて、一番疑わしいじゃん」 「疑わしきは罰せずだよ」 「疑わしきは徹底的に疑うべきだ」  平行線の水掛け論に二人が飽きた頃、またしても教室の扉が音を立てて開いた。 「おいおい、この暑いのによくいられるな」  担任の村井が呆れ顔をして教室に入ってくる。七月に入ったばかりだが、教室は今年の猛暑を予感させる熱気を早くも漂わせていた。窓を開けていても、風はそよとも吹いてこない。 「だって、図書室で話してたら追い出されるし」 「当たり前だ。図書室はお喋りの場所じゃない。……また変な噂話でもしてたのか」 「村井先生、元カノへの情って、どれくらいあるもん?」  夏紀の突然の質問に、担任教師は驚愕の顔を見せる。 「あの、地下通路の絵にいたずらしてる犯人が、被害者の元彼じゃないかって話をしてて」いつもの如く、翔真が詳細を付け加えた。 「妙なことに首を突っ込むなって言ってるだろう」 「やっぱり憎い? それともまだ愛してるとか思っちゃう?」 「人によるだろ、そんなのは」  投げやりな答えに、夏紀は「ちぇ」と口を尖らせた。「先生にこの質問は向いてなかった」 「生意気なことを言うな、全く……。いいから、さっさと帰れ」 「へいへい」 「誰が噂を広めてようが、関係ない。もうすぐ夏休みだからって、ふらふら遊びまわるなよ」   気怠く立ち上がる夏紀と翔真に順繰りに視線をやり、村井はそう忠告した。
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