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放課後、躊躇する翔真を引き連れて地下通路に向かったが、既に絵画から赤い涙は拭き取られていた。だが、実際に赤い涙を流す絵を目撃したクラスメイトの話は、すでに数人分聞き及んでいた。
「俺はやっぱり、あの人が怪しいと思うんだよね」
「あの人って、佐元さん?」
絵を睨みながら、翔真の言葉に頷く。やっぱりあいつは関係があるに違いない。
夏紀と翔真は、更に一つの手がかりを得ていた。昨晩、夕菜から情報が提供されたのだ。どうやら、事件の直前、駅前のコンビニエンスストアの防犯カメラに佐元らしき男が映っていたらしい。そのため彼のことを警察も重要視しているのだが、彼が犯人であるという決定的な証拠がなく、断定できていない。夕菜は西香織の家に線香をあげに行き、そこで遺族から話を聞いたのだそうだ。
「佐元さんが西さんを殺したってこと」
「そうだよ。カメラに映ってたんなら間違いない」
「けど、殺した場面が映ってたわけじゃないんだし。偶然だよ」
「そんな偶然があるか?」
あくまで翔真は佐元殺人犯説否定派だ。そう言われると、なんだか夏紀は抗いたくなる。だが、当人の亡くなった場所で事件の話を続けるのも気がひけ、二人は絵の前から離れて地下通路を歩いた。通路には既に事件前と変わらない人通りが戻っており、そばのドラッグストアの前では店員が通行人にチラシを配っているが、その威勢の良さはまるで客の減少に怯えているかのように見える。
通路を抜け、駅前の広場を通り、二人はコンビニエンスストアに立ち寄った。二人とも小遣いをたっぷりもらっているわけではないので、普段はそうそう訪れない。だが、せっかく寄り道したのでアイスでも買おうという気になったのだ。加えて、ここが佐元らしき男が事件直前に訪れた店舗に違いない。一度訪れておきたい好奇心があった。
入店を知らせる気の抜けた音が鳴る。二人は雑誌や菓子コーナーに寄ることもなく、アイスを詰め込んだショーケースに真っ直ぐ向かった。余分な物が欲しくなるのを防ぐためだ。
「俺、これにする」
夏紀はガリガリ君の梨味を手に取り、隣りで翔真がピノを選ぶ。
「僕はこれ」
「女子みたいなもん選ぶなあ」
「そんなこと言うなよ。わけてあげない」
「いらんわ」
それぞれ商品を手にレジに向かう。夏紀が先にガリガリ君をカウンターに置き、若い男性店員が機器でバーコードをスキャンする。垂れがちな目元のおかげか、入店音を彷彿とさせる間延びした雰囲気の男性だ。寝不足なのか、目の下には深い隈が刻まれている。金を払い商品を受け取り、脇によける夏紀は、翔真が会計をするのを眺めながら機会をうかがう。
翔真の指が硬貨をトレーに置く。
「ねえ、店員さん」
夏紀は徐に口を開いた。店員と翔真がきょとんとした表情でこちらを見る。
「近くの地下通路で、事件があったじゃん。その時殺された人の元彼がこのコンビニに来てたって本当?」
「夏紀!」
翔真に焦って呼ばれるが、夏紀は店員に真っ直ぐ視線をやる。男性店員は考えるように視線を泳がせ、「ああ」と頷いた。
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