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「もう朝に抜けだしたりしたら駄目だから。次はお母さんにチクる」
地下道を使うことに難色を示す母に告げ口されれば、間違いなく面倒なことになる。夏紀は卑怯だぞと口の中で呟き、疑問を抱いた。日和はこれほど正義感の強い人間だっただろうか。夏紀がツチノコを探そうが心霊スポットを巡ろうが、これまで全く興味を示さなかったのに。話が違うと言われればそれまでだが。
「日和は、これがいたずらだと思ってるのか?」
妹は黙ったままじろりと夏紀を睨む。
「そんなら、誰がいたずらしてるんだろうな」
「知らないよ。面白がってるだけでしょ。誰かが」
「地味ないたずらだよな。何度拭き取られても、同じことを繰り返してるんだぜ」
「……じゃあなに、理由があるってこと?」
幽霊でなく誰かの仕業だとすれば、きっとそこに何らかの意味がある。夏紀は一つの推論を述べる。
「被害者の霊の仕業だと思わせたいのかもしれない」
「そんなことして、なんになるの。周りは面白がるだけじゃん」
「面白がらない人間がいるとしたら」
日和は膝を抱えて座り直し、しばし考えてから囁いた。
「……犯人」
「恐ろしいぜ、きっと。自首したくなるかもしれない」
「自首を促すためってこと? じゃあ、いたずらしてるのは、遺族の誰か?」
「わからん。遺族ならもっと方法がある気もする。他に犯人の自首を促したい誰かがいるのかもしれない。その誰かが、今も逃げ続けてる犯人に恐怖を与えようとしているんだ」
あくまで原因が幽霊でなければの話だが、一案としてリアリティがあると自負している考えだ。
まさかと日和の唇が小さく動いたのが目に入る。彼女は両手でその口元を覆い、明らかに動揺している。
「おい、日和」
間違いない、彼女は何かを知っている。
「いたずらの犯人、知ってたりしないよな」
「ちがう!」
咄嗟に上げた大声が、彼女の葛藤を表していた。そのまま見下ろしていると、頼りなく左右に彷徨わせる視線を夏紀に戻し、日和はふーっと大きく息を吐いた。
「趣味悪。ほんっと悪趣味」
「気になるんだから、仕方ないだろ。考えれば考えるほど気になる」
「私の友達が、殺された大学生の友達なんだって」
口を半開きにしたままの兄を見て、日和は言い辛そうに眉根を寄せる。
「その子、あの絵が噂になってるの知って、すごく嫌がってるんだ」
「友達だったなら、もしかして、その子が」
「違うってば。そんなことする子じゃない」
「絵にいたずらする犯人が、きっと何かを知ってる。そいつを見つければ、事件の犯人にも繋がるかもしれない」
意気込む夏紀の前で立ち上がる日和は、不意に兄の頭を手に持っていた漫画本で叩いた。
「警察でもないくせに」
苦笑しながらぺろりと舌を出した。
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