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「心当たりとかないの。その、絵にいたずらするような相手とか」
「正直に言うと、わからない。香織ちゃんは明るくて友達も多かったし、私より仲良しの人がいても、全然おかしくないし……」
けど、と夕菜は付け足す。
「だからって、香織ちゃんの絵にいたずらをするような人たちだとは、思えない」
「ふうん」
それらしく腕組みをしてみるが、夏紀によい考えなど思いつかない。
「遺族や友達じゃなかったら、彼氏とか?」
「それはないと思う」
「彼氏持ちじゃなかったってこと?」
夕菜は首を横に振った。
「一か月前に、彼氏と別れたんだって言ってた。それから新しく彼氏ができてたら別だけど。香織ちゃんモテる人だったから、よく告白とかされてるみたいだった。でも、流石に誰かと付き合い始めたら教えてくれると思う」
「元彼が犯人を恨んでってのはないかな」
それまで黙って話を聞いていた日和が口を挟んだ。確かに彼女の言う通り、恋人の縁を切ったからといって、情が完全になくなるはずはない。嘗て愛した元彼女を殺した犯人に対し、恨み憎む筋合いはありそうだ。
「一度別れたから、表立って声を出せないのかも」
なるほど、と思わず夏紀と翔真はうなった。日和の考えには一理あると思える。頭を傾ける夕菜の細い指先が、彼女の思案の具合を示すように、テーブルの木目をなぞる。
「その可能性は、なくはない、かも。別れるのに苦労したって言ってた。香織ちゃんから別れ話を切り出したんだけど、向こうがなかなか了承してくれなくて、別れるまで一ヶ月かかったって」
「男の方には未練があるってことか」
「別れた後も、無言電話とか嫌がらせがあったみたい」
夏紀は両手をパチンと打ち鳴らした。
「その元彼、絵のいたずらだけじゃなくて、事件の犯人なんじゃないか? 別れたはいいものの、元カノが忘れられなくて、よりを戻そうとしたけど上手くいかなくて、凶行に及んだんだ。そうに決まってる」
「で、でも」
翔真が初めてまともに口を開いた。全員の視線を浴び、委縮したように身を縮める。
「別れてからの嫌がらせの犯人がそうだとは決まってないし、未練があったとは限らないよ」
彼の言葉を肯定するように、夕菜が頷いた。
「誰からの嫌がらせか、わからないって言ってた。それに別れたばかりだったから、きっと警察も元彼を怪しく思ってるよ。それでも捕まらないなら、犯人じゃないと思う」
「そりゃそうだけどさ……可能性はゼロじゃないだろ」
単純な思考に恥ずかしくなりつつ、夏紀は憮然とした表情で呟いた。二人の言う通り、西香織の元彼が殺人犯だとするのは早計だろう。しかし、最も怪しい人物には変わりない。
「そいつは事件の犯人じゃなく、いたずら犯かもしれない」
振られた恨みの末殺害したか、未だ残る愛情から絵に涙を流させているか。両極端だが、どちらの犯人であっても不思議ではない。
夏紀は夕菜から元彼の情報を聞き取りにかかった。横では翔真が不安を顔いっぱいに湛え、正面では日和がいとも満足げな表情をしていた。
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