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団地に引っ越す
鈴木 一郎と、真理の夫婦は子育ても終わり、子供達に全員自立してもらう事に決めた。
二人は再婚同士。一郎には3人の息子。真理には2人の息子がいる。
一郎の上の息子2人はもう、30を過ぎた。真理の息子二人も30を過ぎた。
一郎の息子の一人だけがまだ20代の後半だ。彼は早くに結婚し、小学3年になる女の子と今度小学生の男の子の孫がいる。一郎の長男と次男はまだ独身だ。
真理の長男はようやく30歳で結婚し、お嫁さんが一つ年上だし、子供はいらないと言っていたのに、去年女の子の孫が産まれた。次男はまだ独身だ。
今どき結婚しようがしまいが、一郎も真理もその子供の人生だと思っているので、口を出す気もない。
思い切って自立してもらったのは、二人が再婚することに決めたからだ。
二人で住む賃貸のマンションを決め、それまで真理が済んでいたワンルームと、一郎が次男と住んでいた賃貸の一戸建ては引き上げた。
真理は離婚する前、一時期八王子に住んでいたが、離婚後は最初の結婚の時に住んでいた多摩市に戻ってきた。
長男が1歳になるまで多摩市にいて、子育て中は日野市にいた。
日野でも団地に住んでいた。
子育てするには団地は最高だった。団地内に小学校があるので、車の心配をせずに登下校できるというのが一番の理由だった。
その時は団地の3階に住んでいて、ベランダからは子供が集まる公園が一望できた。
わざわざ呼びに行かなくても、ベランダから子供を呼べば聞こえる距離だった。
ただ、真理は離婚後、日野に戻る気はなかった。
団地しか知らなかったからである。利用駅の高幡不動の駅の周りは緑も少なかった。団地の中は緑は多かったし、少し行けば多摩動物公園があるので、緑が多いというよりは森になってしまう。
多摩ニュータウンの団地より整備が進んでおらず、団地の周囲の樹々も鬱蒼としていた。
真理は最初に結婚生活を始めた多摩市の緑の量がとても気に入っていて、離婚後、多摩市に戻ることは決めていた。
緑が多すぎて整備されず森になっているのは真理の苦手な虫も多く、それは嫌なのだ。
離婚後はまだ多摩市での土地勘もあまりなかったので、結婚して最初に暮らしたあたりにワンルームを借りて住んだ。
その後、20年間、猫を飼うためにペット可の別のワンルームに引っ越し、その間に、だんだん多摩市に詳しくなっていった。
多摩市は緑が多いと言っても繁り放題ではなく、きちんと整備された植栽が多い。それでいて、公園や緑地も多いので少し緑が深い感じの林もある。
そのバランスが真理にはとても好ましく感じるのだった。
今の夫と再婚後に住む場所も、夫はずっと府中市に住んでいたので、きっとその方が良かったのかもしれないが、真理の好きな場所で。と、多摩市に新しい住居を決めたのだった。再婚して最初の住居は賃貸の民間のマンションだった。
ところが、その賃貸では、下水が詰まるという問題が起こり、トイレがあふれるなど、真理には到底あり得ない出来事が起きた。
夫の一郎は、建設会社に勤めたこともあり、現場仕事もある程度は知っているので、真理が嫌な思いをしない様に汚物の処理などもすべて自分だけでしてくれた。
下水に関してはその後、きちんと大家さんが全ての責任を取って直してくれた。
もともとその賃貸マンションは多摩ニュータウンの中にあるマンションだったので、多摩ニュータウンの団地の売り広告がよくポストに入っていたのだ。
その中で、どうしても気になる間取りの団地の売り広告が何度も何度も入ってきた。広さに対して、とても安いのだ。でも、何度も広告が入るという事は売れないという事だし、何か理由があるはずだった。
その部屋は庭付きの団地の一階でペット可。バブルのころより値崩れしているとはいえ、4LDKなのに、随分安かった。
一郎は元々賃貸派で、真理は分譲派だった。
どちらにもプラスの点とマイナスの点があるのは、お互いにわかっていたし、真理も、もう、50歳を過ぎているし、賃貸の方が気楽かもしれないと思っていた。
ただ、そのチラシには一郎も興味を示し、一度見に行ってみようという事に話が決まった。
不動産屋を訪ね、人が住まなくなってから結構経っている事を説明された。
真理は、全くピンとこなかったが、団地の一階のその部屋に入ると説明の意味が分かった。
日野の団地に住んだ時も思っていたが、団地の一階と言うのは結構湿気が多く、カビが生えやすいのだ。
案内されたその部屋も北口の入り口の部屋には黒いカビがびっしりと壁の下側を覆い、真理は『無理~』と、心の中で叫んでいた。
あぁ、これがきっと売れない理由なんだ。と真理は思った。
ところが、夫は
「こんなのは、リフォームすれば一発だから。昔と違って断熱材が良いからカビの問題はなくなるよ。」
と、平気で言うのだった。
どうやら、賃貸派だった夫は、この団地の一階が気に入った様子だった。
一度話を持ち帰りはしたが、ほぼ気持ちは決まっていたようだった。
元々分譲派の真理は購入することは賛成だったが、どうにもあのカビが気になった。別のマンションでは?と聞いてみても、リフォームで絶対よくなるから。と説得された。
一応買う事に決め、不動産屋に購入を申し出ると、
「いいタイミングでしたね。これ以上誰も決めてくれなかったらリフォームして、もう少し高く値段をつけて売るつもりだったんです。でも、御主人、建築やってたって言う事ですよね。もし、よかったら、今の値段のままお売りして、リフォーム業者は弊社がお願いしている所でやってくれるんだったらリフォームの内容はそちらで相談して自由にしていいですよ。」
と、言ってきたのだ。夫は
「それだったら、もちろん、自分たちでリフォームしたいです。業者さんとも会いたいのでセッティングしてください。」
と、いうことで、とんとん拍子でリフォームの話まで進んだ。
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