第3章 心を読める少女、壁で防御する少年

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だって、最初に会ったあのときは。…と記憶をさらいかけてそういえば。とふと気がついた。 鶏小屋の後ろから斧を手にして現れたあの瞬間。 彼、アスハの方から内心の声は聴こえてたっけ?まさにそのとき、彼の考えてたことって。一体何だった? 刃物を目にして一拍置いて、反射的に叫び声が喉から漏れてしまったその瞬間。ああしまった、こいつには敵意がないやと悟ったのは覚えてる。そのときにはもう出てしまった叫び声は止められなかったけど。 その前、ぬぼっと姿を見せた無表情な彼の顔を見たのと同時には。…視覚情報だけでパニックになって頭真っ白になっちゃったんだろうな、わたしも。何も思い出せない。 悲鳴を上げちゃったあとでやれやれ、みたいな面倒そうなテンションで弱ったなぁ。危害加えるつもりなんか全然ないのに。この斧のせいで誤解されたかぁ…みたいな呟きははっきりと聴いた。だから、デフォルトの素の状態が思考無音ってことはない、と思うんだけど。 …そのあと、夜にお風呂上がりで廊下で正面から鉢合わせたときのコミュ障おどおど女性恐怖症の内心の声と。初対面の斧のときとは何となくだけど、どうも人格違うような。…今考えると別人同士みたいな違和感がないか? 誤解されて弱ったなあ、説明もできないからいい加減悲鳴上げるのやめてくれないかなぁ(ため息)みたいな独白はむしろ、さっきのふてぶてしい開き直ったような人格との方が統一性を感じる、今思い返すと。 とにかくこいつの内面の声がその時々でぶれぶれで、印象ばらばらで捉えどころがない。ってのははっきり言える。そしてどういうわけか、こうしてシャッターを下ろしてこっちが声を読み取れない状態にしたのは多分本人の意図するところだと思う。…どうやってるのかはわからないけど。 もしかして、こいつもわたしの同類なのか?他人の心が読める人間がこの世に存在してるかも、って可能性自体に動じてる風はなかった。 アスハ本人が同じ能力持ちだから今さら驚かないってだけなのか。でもだとしたら、わたしがこうやって無言のまま内心でそわそわと考えてる内容は。こいつには今この瞬間も、全て筒抜けだってこと…? そう考えるとむずむずするが、こっちは壁を作って自分の思考を読まれるのをガードする術なんてまるでわからない。自分の他に同じことを出来る人間が何処かにいるかもとぼんやり思ったことはあるが、まさか実際に現れるとは。本気で危惧して警戒したことはなかった…。 そうこうしてるうちに、ようやく隣の家の早見のおじさんも不承不承矛を収めたみたいで。わたしとアスハはとにかく下に降りて、うちを含む三軒の家に詳しい事情を説明して回るように、と言いつかった。 「とりあえず水を口にするな。としか伝えてきてないから、みんなどういうことかとやきもきしてるだろ。ざっと見た感じ、もうかき回された水底の濁りもだいぶ落ち着いてきてるし。中で石鹸を使われたのが痛いが、数時間水を流しっ放しにすれば夕方にはもう普通に使えるんじゃないかな。…そういう見通しをいち早く説明してあげて。家事にも差し支えてるだろうし」 まあ、急ぎ飲み水が必要なら水源まで汲みに上がってくれば湧き立ての水は口にしても平気だからと伝えといて。と付け加えた温厚な多和田さんちのおじいちゃんの台詞をあとに、わたしとアスハは何となく連れ立って山道をとぼとぼと降る。 「…何で。そう思ったの?」 「へ?」 前振りもなく、頭の中の思考から流れるようにナチュラルにそう続けて尋ねたら。アスハは唐突過ぎて何の話かわからない、とばかりに面食らった顔つきになった。 その反応に、そうか。と少しばかりわかった気になって、僅かに安堵したわたしはやや軽くなった口で今の問いをさらに補足する。 「わたしが、他人の心を読めるって。…さすがに発想が突飛過ぎない?そんな人って普通、この世にいる?」 「多分あんたが考えてる以上にいっぱいいるよ」 妄想が過ぎるんじゃない。と、向こうの頭がおかしい扱いに話を持って行こうとしたわたしは、平然とこともなげに切り返されてしまい今度はこっちが面食らう。 「いるの?…てか、そんなこと。何でわかる?まさか、あんた本人がそうなの?」 その割には。さっきの会話の切り出しにすっと反応できなかったのは、わざととぼけてるんじゃなければだいぶ違和感満載なんだよね。 わたしも普段、相手の頭の中身を読んで投げかけられる質問や話題の方向が口にされる前にわかっちゃうこと結構ある。というかそれが通常だ。 だから頭の中で響く相手の思考には絶対に反応を見せず、耳で音声として捉えるまでは顔に出さないってのは常に徹底して気をつけてる。 彼もそういう癖になってる可能性はもちろん否定できないが、それでももうさっきあそこまでぶっちゃけた後でしょ、わたしには。なのにそこまで擬態に徹する必要あるか? 何となくあの『へ?』は素の反応って気がする。こいつ、やっぱりわたしの思考は読めてないんじゃないかな。 けど、だとしたら。…どうして他人の頭の中が読める人間なんていっぱいいるとか。そんな証明も難しそうなこと、当然のように言い放てるのか?
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