第3章 心を読める少女、壁で防御する少年

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やつは化けの皮が剥がれる前の引っ込み思案でおどおどした仮面はすっぱり捨てて、歳の割に至極落ち着き払った人を食った態度でぬけぬけと答えた。…やっぱ、まるで別人に思える。何なのこいつ。二重人格? 「俺自身はそんな能力ない。でもそれは、あんたから見ても何となくわかるだろ?自分の思考先読みされてる感じとか。何もかも見透かされてる感触とかって特にないんじゃない?」 「それはそうだけど」 すたすた、と足早に山道を降る足捌きも何処となく自信に満ちて確固としてる。弱々しく無口だったさっきまでと較べると心なしか顔つきが大人びてすら見えてる、ような…。 身長とコンパスで劣るわたしはやや小走りにそのあとを追いかけつつ、さっきから頭の端に引っかかってる疑問点を思いきって口にした。 「でも、あんたが普通の人じゃないことは間違いない。他人の心が読める人間がいるって何故かはっきり断言できるのもだけど…。どうやってるの?その、壁みたいな」 「壁?…ああ」 やけに大股でざくざく歩いてた自分のスピードにふと気づいたように足取りを緩め、わたしの方を振り向いて少し笑った。 初めてアスハの笑顔を見た気がする。そうすると意外に愛嬌があって、年相応だな。とかどうでもいいことをちらと考えた。 彼は肩をすぼめ、両手を上着のポケットに乱暴に突っ込んで素っ気ない口調でぼそぼそと説明する。何だかうっかり微笑みを見せてしまったのに照れて、反動でわざとぶっきらぼうに振る舞ってるみたいだなと漠然と感じた。まあ、どうでもいいけど。 「…俺は『これ』のこと、シールドって呼んでる。『読める』連中から自分をガードするために何とか工夫して作り出したやり方だよ。けど、俺の生まれた場所でも。これ出来るやつ他にはいないみたいだったな。多分我流のオリジナルだと思う」 どうやってやるの?って訊かれても多分説明できないよ。あんたも、他人の心読むやり方誰にでもわかるように教えろって言われてもまあ無理だろ?と、付け足す口調はフランクだけど。 言ってる内容ははちゃめちゃ過ぎる。てか、そもそも話の前提が共有できてないんで。かえって疑問点が触発されて、さらに訊きたいことばっかむくむくと増えていくんですけど…。 わたしはすっかり参って観念し、頭を抱えて呻くような声で音を上げてしまった。 「あんたの言ってることが全然飲み込めない。『読める』連中って何?わたしみたいのがそんなにいっぱいいるの?てか、どうしてそのことがあんたにわかったの。…えーと、その人たちは他人の心が読めること。もしかして特に周りに隠してないってこと?」 わたしが絞り出したその疑問を耳にして、アスハの心の琴線に何かが触れたのか。前を行く足をふと停めて、少し憐れむような目をこちらに向けた。…まあ、それはそれとして。相変わらずこいつの心の声はぴたりと音沙汰なく、何一つ聴こえてこないままなんだけど。 「そうか。…そうだよな。あんたはここで一人きりなんだから。ずっとその力を誰にも言えないで隠してきたのか…。おじさんとおばさんも知らないの、そのこと?小さいときに打ち明けたりはしなかった?」 「しない。…っていうか、物心ついてからずっともやもやしてるうちに。どうやらこれって言ったら駄目なことなんだなって、うっすら気がついちゃって…。え、じゃあ。アスハがこれまでいたところでは、これが出来る人は堂々と公言して平気でいられるの?みんなに嫌われたり怖がられたりとか。距離置かれてひとりぼっちにされたりは…」 言いかけて気がついた。 あの言い方だと、彼が知ってる心読みは一人二人じゃなさそう。わたしが思ってるよりいっぱいいる、だから。最低でも三人以上、あるいはもっと。 だったら、それを表に出しても完全に孤立することはないはずだ。少なくとも同じ特性を持つお互い同士は理解し合えるし、悩みも苦労も共有できる。 …わたしも。もしかしたら世界中で一人だけの孤立した存在じゃない?…って、ことか…。 「…ええと。今ここで説明始めると、話の切れ目が難しくなるかも。一旦話し出すと長くなりそうなんで」 アスハが気がかりそうに下を見下ろしてる視線の先を追うと、うちの母と隣の早見さんちのおばさんが舗装された道路の上で並んで立ち、じっとこっちの様子を伺ってるのが視界に入った。 水使うなとか、一体どういうことなんでしょうねぇ?いつまで続くのかな、とか相談し合ってるのかな。とりあえず事態を把握したら説明に戻るから、ときっと父は言い置いて家を出てきたんだろう。 見たところ、母は知らせが来るまでじっと待ってられず心配になって山の方に出てきたところを、同じように様子を見に来た隣のおばさんと鉢合わせて。二人して上では何があったんだろ?とそこでそわそわしていたようだ。 彼女たちが道を降りてくるわたしたちに気づいて、じっとこっちを伺っているこの状況で。何故か立ち止まって深刻な顔で話し込んでいたりすれば確かに、変に思われそう。
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