第3章 心を読める少女、壁で防御する少年

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第3章 心を読める少女、壁で防御する少年

もちろん、わたしとしてはすぐにその場でアスハに確認したいことやじっくり話し合いたいことがなくもなかったけど。 そのときはともかく、たった今荒らされた水源から出てるこの水がうちの家族や共同で同じ水道を使ってる近所の人たちの口にしばらくの間入らないように、急いで連絡しなくちゃと焦る気持ちがまずは先で。取るもとりあえず二人して家の方に走っていって、みんなに手分けして伝えて回るのが最優先となった。 父や近所のおじさんたちがすぐさま現場に駆けつけて、水源の様子を確認してるその傍らでぼけっと立ってるわたしたちには当然のように矢継ぎ早に質問が飛んできた。 その子たちはどっち行った?今から追いかけて間に合うか?とやや気色ばんで問いただす隣の家(と、言ってもかなり我が家からは離れてる)のおじさんに対し、父がおっとりとした声でまあまあ。と穏やかにいなして話に割って入る。 「残念な話だけど、正直その子たちを捕まえて連れ戻しても。多分何にもならないでしょう。叱られて素直に心を入れ替えて反省するような子なら、そもそもこんなこと最初からしないだろうし」 「そうは言っても。…誰にもびしっと言われないで野放しにされてるからそういうの、繰り返すんだよ。こういう機会にきつく言って聞かせてやんないと。いつまで経ってもそのまま、行く先々で迷惑かけて回るんだ」 そんでそのまま歳とって恨み買って野垂れ死ぬ羽目になるに決まってる。と目を三角にして言い募る彼。うちの父と対比すると、おじさんの方が厳格で強硬派で父は穏当で優しそうって一見は思えるけど。 言ってる内容は実は父の方が厳しいのかな、とぼんやりと考えた。 穏やかな口調に騙されるけど、性根が駄目な子には何言っても無駄。改心させるためにこっちがわざわざ手をかけなきゃいけない義理なんてない、出て行ってくれたんだからもう放っておけって切り捨ててるんだよね、この言い分だと。その点隣のおじさんはそんな状態だと必ず何処かでトラブルに巻き込まれるから、ちゃんと大人の口から注意して反省させる方がいいって主張してる。 相手と関わって変えようと考えてる時点で案外優しいのかも。まあ、それだけ手間をかけてもらってあの子たちがありがたいと感謝するかと言えば。…どうやったって伝わらないでしょうね、そういう親切は。 それに。実際に彼女たちにびしっときつい言葉で誤りを指摘した人は、既にここにいるんだよなぁ…。 神妙な顔つきでわたしの横に立ち、その場のやり取りに聞き入ってる様子のアスハ。思わず横目でその横顔を一瞬盗み見たけど、さっきの場面はわたしの頭の中だけで起こった妄想か?って錯覚しそうになるくらい、普段と同じ大人しそうな生真面目な表情を浮かべてる。 とても作ってるとは思えない自然な態度だ。 あのふてぶてしい、悠然とした人格はもうその面影の何処にも見当たらない。それでもほんの数十分前、この場所であった出来事の記憶の生々しさのおかげであれが夢だったってことはあり得ない。とわたしには確信が持てた。 大体、こいつが他の人たちと違う特殊なところのある人間だ。ってことは気のせいでも何でもなく、今ここで現在進行形で間違いなくはっきりしてる。 わたしが物心ついたときからずっと全ての人から聴こえてる、あの蜂の羽音のような無意識のざわめきが。今この子からは聴こえてこない。 わたしの方の感覚がおかしくなったんじゃない。その証拠に父や隣のおじさんや、二軒向こうの家のおじいちゃんからは相変わらずわんわんと彼らの思考のさざめきが今現在も伝わってきてる。 意味があるとかないとかじゃなく顔見てひと言言ってやらなきゃ気が済まない。そんなガキどもを放っといたら逃げ得だろ、とかもうどうせ追っても追いつけないし無駄だから冷静になって納得してくれないかな。それより今は被害状況の把握とか急いでやることあるだろとか。早見んとこのあんちゃんはしょうがないな血の気が多くて。感情が収まらないのは仕方ないけどそろそろ建設的な話がしたいなとか。 三者三様の思考や感情がぶわーん、と低い音を立てて混ざり合って間断なく響いてる。けど、わたしの隣でぬぼっと立っているアスハの身体の方からは。 まるでそこに完璧な防音壁でも立ってるみたい。エアポケットみたいに無音。人のいる場所から何も声や音がしないの、慣れてないから違和感が酷くて落ち着かない。なんか、気味悪いというか。…こんな人間がいるんだ。 もしかしたら何も考えてないし感じてない、空っぽの人なのか?と、もしも初対面でこれだったら推測したかもしれない。 だけど。思い返すまでもなく、ついさっき無遠慮な侵入者たちと直接対決するまでは。初めてこいつと会ったときから、ちゃんと心の声は普通に聴こえてたんだよなぁ…。 それが不意にぴたりと止んだ。一体どういうつもりなのかわからないが、それもたまたまとか偶然じゃなくてこいつが自分で選んだ結果みたいに思える。
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