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幕間 六人目の女の子
「 由子ちゃん! 由子ちゃんってば!」
「なるちゃんって呼んでって言ったでしょ!」
僕の名前は柏木 祐希。
僕には幼い頃、結婚の約束をした幼馴染がいた。
彼女の名前は成見 由子。
いつの日か、彼女とは一緒になる。そう信じていた。だけど――。
成見は高校の文化祭で他の男に恋をし、僕から離れていった。
成見が居ない間、僕は別の女の子に恋をし、そしてまた失恋して落ち込んで……ただ、成見はまた僕の所へ戻ってきてくれた。彼女は、いじけていた僕に一発かまして目を覚まさせてくれた。
そしてようやく告白した僕と、幼馴染の成見は恋人になった……はずだった。
◇◇◇◇◇
成見が髪型を変えてから――前髪を寄せて留めるようになってから、よく男に話しかけられるようになった気がする。成見とは一年の時から今もクラスが別。ただ、僕が2-Cで成見が2-Dだから、業間なんかに隣を覗きに行くことができる。すると成見は、クラスの運動部の男と親し気に話をしていたりする。
「また幼馴染のなるちゃん?」
廊下ですれ違った、うちのクラスの女の子の集団。その中でもクラスのアイドル的存在、小鳥遊 唯が話しかけてくる。
「ん、まあ……」
「また裏切られたのなら私のことも考えてね、祐希くん?」
僕が苦笑いを返すと唯たちは去って行った。
唯は成美に振られて落ち込んでいた僕を助けてくれた特別な女の子。僕は彼女に恋をした。だけど勘違いもあって彼女を一時、拒絶してしまった。……確かに、成見があんななら唯に気持ちを切り替えてしまってもいいかも――そんな風に思うことも多い。
「祐希さん! 今日空いてますか?」
教室へ帰ると、バスケ部の仲間と話していた背の高い女の子が声をかけてくる。彼女は去年、隣のクラスだった三桜 彩音。
「今日は……そうだな、たぶん……」
「じゃあ一緒に練習お願いします!」
僕は彩音をイジメから助けてあげた――いや、そのきっかけを作ったに過ぎないんだが、彼女は別の人――男子バスケ部の先輩のおかげだと思っていたらしい。真実を知った彼女は申し訳ないくらいに謝ってきたし、好きだとも言われた。彼女からは敬語で話されるようになってしまったし、ちょっと困っていた。
「また彩音と浮気?」
席に着くと隣の席の飛鳥 日向が棘のある物言いで話しかけてきた。
「や、彼女とは別に……バスケの練習するだけで……」
彩音の気持ちは知っているからそれは言い訳に過ぎない。それは、この隣の席の日向も同じだった。
「へーえ、本当かなァ? 成見に言ってやろうかなァ?」
日向は失恋した僕に、恋人になってやろうかと聞いてきた。その時は僕のことを憐れんだだけだと言い訳していたが、後になってあれは告白だったと訂正してきた。素直じゃない彼女に気が無いと言ったら嘘になる。偶然が重なって彼女らと出会い、好きになってしまった女の子たち。僕は彼女たちの間で揺れていた。
◇◇◇◇◇
夜、いつものようにネトゲの友達と遅くまで遊んでいた。
以前、成見が離れていっていた時期は毎日のように彼らと遅くまで遊んでいたものだ。
『また幼馴染が浮気した』
『またかよ、今度は誰にNTRれたんだ?』
『本当かよ、またBSSじゃないのか?』
『いや、それは言っただろ。今はちゃんと付き合ってる』
『浮気する女は反省してもすぐまた浮気するっつったろ!』
『また付き合ってたつもりじゃないだろうな?』
『今度こそクラスのアイドルちゃんに乗り換えてザマァしようぜ!』
『バスケ部ちゃんと隣の席のツンデレちゃんは?』
『三人とも好きって言われてるが……』
『『爆発しる!』』
そして五月、僕は五人目の女の子に出会った。
◇◇◇◇◇
鈴代 渚――確かそんな名前だったと思う。
成見に強引に連れられて行った遊園地で、成見と付き合いのある陽キャのグループの中で見かけた女の子。あの時は成見が好きになった相馬も居た。相馬の他にも西野という遊んでそうな色黒の男も居たし、瀬川という相馬に似た背の高いイケメンも居た。
同じ文芸部だからというが、成見はまだ相馬に気があるんじゃないかと疑うし、あとの二人とも付き合いがありそうで胸糞が悪かった。鈴代はその瀬川の彼女だという話だったが、瀬川は他にもギャルっぽい女の子たちを侍らせていたので、彼女をとっかえひっかえしてそうな雰囲気だった。
鈴代は廊下の角でぶつかってきた。いや、正確にはぶつかってきたのを抱き止めようとしたところを鈴代がおかしな躱し方をしたから縺れて転んでしまったのだ。そしてどういうわけだか僕は、触れてはいないが鈴代に覆い被さるように両手をついていた。僕は目の前の美少女の存在に動けないでいた。
去年、唯との出会いもこんな感じだった。尤も、あの時は寝不足もあって唯の下敷きになったのは僕だったが。――こんなこと、二度目がよくあるものだな――とも思っていたら、傍に居た女の子に退くよう注意される。僕は――ごめん――と謝り、触れないように注意しながら立ち上がった。
「大丈夫? 痛いところは?」
「うん、大丈夫」
女の子に声をかけられた鈴代。鈴代は僕の方に向き――。
「――こちらこそごめんなさい、ぶつかって」
「渚、大丈夫? 保健室に行く?」
鈴代が謝ってきたところを遮るように割って入った男が居た。
僕はそんな男の態度にちょっと苛つく。
「僕も受け止められなくて悪かったから。――保健室、連れていこうか?」
「いや、いい。僕が連れていくから」
唯がしてくれたことを想い出し、保健室へ一緒に行こうかと言ったところ、再び会話を遮られる。そしてよく見るとその男は鈴代の彼氏の瀬川だった。瀬川のことは成美と親しいこともあって気に入らなかった。
「僕も足を捻ったみたいだし、ちょうどいいから連れていくよ」
「いや――」
「ううん、大丈夫。私はどこも痛くないから。太一くん、行こ」
対抗意識みたいなものが生じて思わず瀬川に張り合ってしまったが、鈴代は瀬川と去って行った。
◇◇◇◇◇
鈴代と再び出会ったのはあの体育用具室だった。
「お前のせいで負けただろーがよ!」
「つかアヤネにまた色目使ってたろ」
体育祭の学年での予行演習、綱引きの予選でC組は大敗した。
予行演習は雷雨で中断され、その混乱のさなか、同じクラスの僕を目の敵にしている男共は、僕が敗因だと言いがかりをつけてきていたのだ。
「……彩音の方からだって」
運動部で背の高い彩音は、イジメが無くなった後に明るさを取り戻し、男女問わず人気を得るようになった。こいつらも彩音に憧れてるのだ。だけど、僕のことを好きだと言って寄ってくるのは彩音の方からだ。
「ユイちゃんともいちゃついてんじゃねえぞ」
「マジでうざい」
「……それも違う」
唯も同じく。彼女もクラスではよく話しかけてくる。
一年の頃からクラスのアイドルのような存在だったのは変わっていない。
「ここで反省してろ!」
ビタッ――と再び体育用具室の硬い床に転がされる。
引き戸に鍵がかけられると、外のヤツらは脅しなのか戸を蹴っていった。
「……僕が預かってた鍵まで持って行きやがって……返さないといけないのに」
そう毒づいていると――。
「あの…………大丈夫?」
用具室の奥から思いがけず声をかけられて驚く。
一瞬、彩音かと思ったが、違った。鈴代だった。
僕も同じだったが、鈴代は髪も体操服も酷く雨で濡れていたので、初めてここで出会った時の彩音を思い出した。
「……べ、別に」
「そ、そう? 何かあるなら文芸部にでも相談に来て。雫ちゃんも居るし、うん。――じゃあ私は行くね」
鈴代は僕の横を通り抜けて戸に手をかけた。
ただ、やはりというかノブは回しても空回りするだけで、以前と同じく壊れたままのようだった。
「えっ!? なんで? 壊れちゃった……? うそっ、これって壊れるものなの!?」
ドン――近くに雷が落ちたようで、鈴代は怯えた様子だった。
「誰かー! 開けてー!」
鈴代は戸を揺すりながら必死で呼びかけるが、外の雨音は激しい。
「……前にもあったんだ。それ」
「えっ?」
「前に閉じ込められたときに内側の錠が馬鹿になってた」
「えっ、じゃあどうやって出たの?」
「……部活の子が開けてくれたかな」
「ええ、そんなの困る……」
その場で焦って足踏みする彼女。
「トイレ?」
「はっ? ハァ!?」
「いや、トイレかと思って」
「そんなわけないでしょ!」
鈴代は否定するが、上気した顔は照れているのだろうか。
ただ、雨に濡れて体が冷えていては仕方がない。
「はぁ、しょうがないな……」
僕は体を起こし、引き戸に体当たりした。
「……チッ……開かないか」
「ちょっと……怪我したら意味ないよ、やめとこう?」
「……いいんだよ、僕なんて怪我したって」
最近、成見のことでイライラが溜まっていた上に、こんな目に合って悪態を吐いてしまう。
他に出口が無いか探してみるが、採光用の窓しかない。
とにかく、彼女のために何とかできればと採光用の窓によじ登ってみる。
「危ないよ。本当に怪我するから! やめなよ」
鈴代はそう言って注意してきた。
ただ、彼女の言った通り、滑り落ちた際に指を切ってしまったためばつが悪い。彼女も呆れていた。
「はぁ…………」
鈴代は跳び箱に寄りかかり、ため息をつく。
さっきまで赤かった頬からだんだんと血の気が失せていき、震えているように見えた。
僕はあの時の彩音を思い出し、肩を抱こうと近寄るが――。
「ちょっと! 何するんですか!」
鈴代には距離を取られた。
「……いや、震えていたから」
「震えてたからって女性に無断で触れないでください!」
「……そうかよ」
彩音の時と同じように振舞っていたつもりが、鈴代にはあれもこれも否定され、苛立ってしまう。それはこの前の廊下でぶつかったときも同じだった。何がダメだと言うのか。鈴代はあの二人、……いや、日向も含めて三人とは何かが違う。
鈴代はその後、僕の忠告も聞かず、用具室を漁ってロープを引っ張り出し、ボールを結わえ付けて窓から出そうとしていた。ボールを投げる下手くそな手つきに苛立ったが、鈴代のやることを否定してしまったので今更手伝えない。ようやくボールが通り抜けると、こっちも思わずホッとしてしまった。
その後、偶然にも体育館の前を通りかかった鈴代の彼氏である瀬川が引き戸の鍵を開けてくれた。鈴代はその瀬川に抱き着いていった。
◇◇◇◇◇
『やめとけやめとけ、陽キャのイケメンの女なんだろ?』
『五人目? また美少女か? 意味わからん』
鈴代のことが頭から離れなかった僕は、ネトゲ仲間に彼女のことを話していた。
『まあそうだな。ただ、あまり好かれてはない気がする』
『それが普通』
『お前そんなに顔いいのか?』
『いや、オレはカースト底辺のブ男』
『なんにしても中古はNG』
『ツンデレちゃんみたいにツンデレなのでは?』
ツンデレ――つまり日向のことだ。
「日向かあ……」
ただ、この時の思い違いが後の大きな失敗へと繋がったのだ。
◇◇◇◇◇
体育祭。僕らのC組はあまりいい成績を残せていなかった。
僕のことを目の敵にしていた男共も、結局、彩音や唯にいい所を見せることができず、情けない姿を晒していた。僕は誰もやりたがらなかった1500m走に割り当てられていた。
1500m走の選手の中には鈴代の姿があった。そして瀬川の姿も。
瀬川は必至で僕についてきていたが、大して運動もできないイケメンは僕の相手では無かった。軽く瀬川を振り切ると、簡単に一位を取ることができた。瀬川はというと、ゴールこそできたものの、鈴代に寄り掛かるようにして倒れ伏していた。そう言えばあの相馬も遊園地で彼女に寄り掛かって情けない姿を晒していたな。
瀬川は向かいの救護所へ行き、女子の1500m走となった。
僕は一位の旗の下で座っていたが、何故か鈴代に睨まれてしまう。
スタートと共に勢いよく飛び出した鈴代は、二位以下を引き離すかなり速いペースでトラックを周っていた。何がそんなに彼女を駆り立てるのか、その表情は必死だった。彼女はスタミナも凄かった。彼女の走る姿に、いつしか僕は魅入られてしまっていた。
鈴代は最後の一周、かなり足に来ているようだった。普段から走っているのかもしれないが、今回はかなり無理をしたのだろう。案の定、ゴールテープを切った彼女は足元をふらつかせる。
僕はコースに躍り出ていた。鈴代の肩を支え、転倒を防いだ。
彼女は膝をつくことなく、自分の足で立っていた。
――よくがんばったね――そんな気持ちと感動でいっぱいだった。
思わず彼女の頭に手を伸ばし、撫でようとした――。
パシッ――その手は払いのけられた。
「触らないでもらえますか?」
小さく、だが低い声で彼女はそう言った。
「や、あの……」
去って行った鈴代。
周りを見ると、主に女の子とかが引いてる気がする。
続々とゴールしてくる選手にコースを空け、僕はトラックの内側で独り佇んでいた。
◇◇◇◇◇
「兄貴! 鈴代先輩に何しようとしたの!」
僕は妹の雫にグラウンドの隅に強引に連れてこられていた。
雫のクラスメイトか何かの、一年生の女の子たちの集団が周りを取り巻く。
「いや、僕は……」
「頭! 頭、撫でようとしてたでしょ! それか頭ポンポンか!」
「え…………いや、はい……」
「それ! 引くから! 好きな相手以外にやられたらドン引きだから!」
「え……そうなん……だ…………」
「引くよね」
「引くわ」
「なぎ……鈴代先輩にアリエナイ!」
「雫のお兄さん、顔はいいのに鈍感なの?」
妹の雫はほんの少し前まで――お兄――と僕のことを呼び、小さい頃からそれはもうベッタリでかわいらしかった。それが最近、高校生になった途端に化粧を始めたり、僕への言動がきつくなったり、以前ほどくっついてこなくなっていた。成見と一緒の文芸部に入ったらしいが、瀬川に絆されたのだろうか……。
その後、説教から解放された僕は、鈴代を心配して様子を見に行った。
ただ、そこでは鈴代が瀬川に楽しそうにマッサージをしていて、何故かちらりと僕の方を見た鈴代は勝ち誇ったようにニヤリと笑ったのだった。
◇◇◇◇◇
マルチメディア部が得点集計する間、少し休憩を挟んだあと、全校でのフォークダンスとなった。
僕は鈴代のことでペースを乱され、意気消沈していた。
唯や彩音、日向がニコニコと楽しそうに僕と踊ってくれたことで気が紛れたが、先日、浮気だと文句を言ってしまった成見は未だ不機嫌なままだった。結局、D組は体育祭に力を入れていて、成見も一緒に練習の予定を立てたり頑張ったりしていただけのようで浮気でも何でもなかったみたいだった。
それにしたって、あんなに楽しそうに男と話をすることないじゃないか――そういう気持ちが邪魔をしてこちらも謝ることができないでいた。
成見のことでモヤモヤしていた僕は、ダンス中にうっかり足を捻りそうになった――が――。
「おっと。――キミ、大丈夫?」
僕の手を取り、腰を支え、転倒を防いでくれた女の子がいた。
その子はスラリとした四肢が特徴的な、短い髪の女の子――というよりは王子様的な印象の美少女だった。僕よりも華奢な腕で脚も細かったが、肉付きの良いお尻としっかりした体幹で僕を支えてくれた。
周りを見る限り、A組の女の子の一人なのだろう。新崎や奥村と言った、僕でも知っている二年でも有名な人たちの錚々たる顔ぶれの中に居たのだから。
彼女はまるで僕をリードしてくれるように踊ってくれ、微笑みかけてくれた。
六月、こうして僕は六人目の女の子に出会ったのだ。
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