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第62話 トレーニング?
「どうだった? 何の用だった!?」
別の日の放課後、渚が鈴音ちゃんと買い物に行くと話していたので、三人で帰ろうとしたところ、同じクラスの雪村――1-Bから2-Aに上がった男子――に呼び止められた。
雪村は――渋谷さん、話、聞いて貰ってもいいですか!――と真剣な顔で鈴音ちゃんに声を掛けてきた。鈴音ちゃんはあまり興味が無さそうだったのだけど、渚が――ちょっとくらい聞いてあげたら?――と、二人を教室に残して昇降口まで降りて待っていたところ。
「別に。付き合ってる人が居るか聞かれた」
やってきた鈴音ちゃんに渚が問いかけた答えがそれだった。
なんかあまり聞かない方が良いかなと思った僕は、先に靴を履いて外に出る。
「告白されたの!?」
「告白まではされなかった」
そこまでは耳に入って来たけど仕方あるまい。
外で二人を待っているとすぐに二人は出てきた。
「――気を遣わせて悪いわね。向こうもハッキリしないから遠慮しなくていいわよ」
そう言った鈴音ちゃんだったけど、渚も僕の方を見て眉を寄せていた。
いつもなら鈴音ちゃんが遠慮して僕と渚が並んで歩く所を、二人を並んで歩かせる。この二人なら僕も気にしないし、見ていて安心できる昔からのコンビだ。時折、渚は鈴音ちゃんの様子を伺って話しかける。鈴音ちゃんはいつもと変わらない。
◇◇◇◇◇
『なんかね、鈴音ちゃん気が強いでしょ? 雪村君がハッキリしなかったみたいで、聞いた限りじゃ逆に問い詰めたみたいになっちゃったんじゃないかな』
夜、電話をしてきた渚がそう言った。買い物の間も鈴音ちゃんは普段と変わらなかったようだけど、雪村に対してはあまりいい印象を持ってないように見えたそうだ。
「う~ん、鈴音ちゃん、僕のせいでちょっと拗らせちゃったりとかはある?」
『それは無いと思うけど……』
鈴音ちゃんには、渚と付き合い始めた頃、教室で渚に向ける好意を勘違いさせてしまったことがある。渚の恋人として、渚の親友とは良い関係を築きたいと思っていたのも裏目に出てしまった。ただ、その後の鈴音ちゃんは当たりこそ強いものの、普通に接してくれるようにはなっていた。
「僕の自意識過剰ならいいんだけど、鈴音ちゃんには悪いことしちゃったから」
『太一くんのことは気にしなくていいって言ってくれたし、仲良くしてると喜んでくれてたから無いと思うんだ……』
「そか。なら良かったけど、渚としては鈴音ちゃんに恋人ができてくれた方が良いんだよね」
クラスを移って来たばかりで雪村のことはまだよくわからない。一年の時の選択授業や体育で知る限りでは運動が得意ではなかった記憶があり、あとは割と小難しい言葉を使うタイプで僕と同じ陰寄りの性格だったと思う。黒縁眼鏡もその印象を強くしていた。鈴音ちゃんの恋人と言われてピンとくるかというと微妙かも。
『……うん。私をずっと支えてくれたのに、私だけ幸せになるのは嫌だし』
「鈴音ちゃんが好きかどうかが大事だから、僕らとしては見守るしかないよ」
そうだね――と続けた渚はお礼を言い、その後少し話をしておやすみの言葉と共に電話を切った。
◇◇◇◇◇
クラスでの体育祭の選抜は、皆の希望と走るタイムを計っておおむね決まっていった。
渚は無事、女子の1500m走に抜擢された。希望者が少なかったのもあるけれど、渚が意外と良いタイムを出したのが大きかった。渚すごくない!?――って驚いたけど、本人がいちばん驚いていた。ちなみに僕は男子の予備。女子の予備は奥村さんで、三村も結局渚の要望で1500m走に名前が書かれていて予備の予備くらいのポジション。うちは陸上部が弱くてそもそも中距離の選手が居ないからいいとこ行けるのではという話。
女子は人材が余っていて男子は不足気味。
実力者が集まるリレーなんかの競技では、新崎さんや渡辺さん、それから相馬も選ばれていた。残念ながらノノちゃんは予備にも選ばれなかった。ドンマイ……。
体育の授業も去年は全体競技の練習なんかをしていた記憶がある。当時はあまり興味がなく、渚が近くになったらドキドキしていたことくらいしか覚えていない。
個別の競技の練習については、うちの学校のグラウンドがそれほど広くないこともあって放課後に近くの市民グラウンドを使わせてもらえる。それはいいんだけどさ、体育祭までまだひと月近くもあるんだけど……。
「マジかあ。みんなそんなにやる気なの?」
「あら? いいわよ別に参加しなくても。けど、あなたの恋人はやる気みたいだけど?」
僕の問いかけに新崎さんはそう返す。見ると渚はいつもの走りに行っている恰好で、他のクラスメイトと一緒に見かけない顔の男の話を聞いていた。
「誰あれ?」
「うちの経営してるジムのインストラクター。言っても専門じゃないけど、体育祭に出る高校生任せるには十分」
渚の傍に知らない男が居る――それが僕にとってどういうことを意味するか、よく理解しているのだろう。新崎さんは腕を組んで――フフン――と笑みを向ける。
見透かされているのは癪だけど、しぶしぶ僕も参加することになる。
体育祭の準備は新崎主導で進められていった。
◇◇◇◇◇
「はい、おつかれさま!」
市民グラウンドでの練習を終え――――いや、もうそれは半時間以上前に終わっているんだ。今は渚の家で覚えたてのマッサージをして貰っていたところ。
インストラクターさんが最後に軽いマッサージの仕方を教えてくれて、――二人でやる場合はこんな感じで恋人にしてあげてくださいね――と冗談めかして相馬を相手にやっていた。ノノちゃんがしっかり録画してたので動画を貰ったわけだ。
「じゃあ次は私ね」
そう言ってブラウスとスカートのまま寝転がる渚。
「えっ、いや、そのままやるの?」
「脱いだ方がいい?」
「いやいや……脱ぐよりは今の方がいいけど……」
「じゃあ…………どうぞ」
「太腿とかマッサージするの恥ずかしいんだけど……その、スカートが……」
「だって太一くん、いつも全部見てるでしょ?」
「それはそうなんだけどさ……」
「じゃあ全部脱ぐ?」
「う……いや、時間もないしそのままでいいです……」
見様見真似のマッサージをしてあげると、渚がそれは気持ちよさそうにしてるのが見て取れた。ただその、普段が普段だっただけに、なんだかいかがわしいことをしているみたいで恥ずかしかった。
◇◇◇◇◇
「ほら、運動部の仲のいい女子が男子に教室でマッサージとかしてあげてることって無い?」
夕飯の味付けをしながら渚と台所で話をしていた。
「ああ、うん、付き合ってるわけでもないのによくやるよなとか思ってた」
「やっぱり全然嫌な相手ならしないと思うんだ」
「マネージャーとかだったらやるのかなあ? 陽キャのやることはよくわからない」
「あれ、一度でいいからやってみたいなって……」
「えっ、誰に!?」
「太一くんに決まってるでしょ! 他に誰が居るの!」
運動部の話をしていたものだからクラスの運動部の男子の顔が思い浮かんだわけだけど…………まあ、そんなわけないよな。
「……恥ずかしくない?」
「恥ずかしいけど…………いいなぁって」
「僕は……なんか女の子侍らせてるみたいで、ちょっと無理かも……」
「そうかぁ……」
残念そうにする渚。
でも、そんなことをしたら周りに自慢してるようだし、渚にも悪いし……。
夕飯は鳥の胸肉に旬の新玉ねぎをたっぷり入れ、重曹を少し加えて煮込んだだけの簡単な料理。まあ、玉ねぎをザクザク刻むのが大変なだけで手間はかからないんだけどね。僕らが作るのはどちらかというと手間がかからなく、準備だけしておけば十分くらいで食べられる料理が多かった。圧力鍋で煮込むだけとかソースだけ作るパスタとか。
理由のひとつとしては、渚と渚のお母さんを一緒に食事させてあげられるから。渚はときどき文句を言うけれど、家族で一緒に食事ができるというのは嬉しいことだと僕は思う。
もうひとつは……まあ、鍋を弱火に掛けておくだけなら他のコトをしていても大丈夫……というのがある。いやほら、マッサージとかね。
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