第63話 寝取られじゃん!

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第63話 寝取られじゃん!

「来週だよな?」 「うん、来週」  昼の休み時間、渚と奥村さんとで弁当を食べていた時、やってきた三村に短くそう返事した渚。姫野もやって来る。 「来週だね、わかった。場所は?」 「場所、どうしよっか」 「誰と誰が来るんだ?」 「えと、鈴音ちゃんでしょ、百合ちゃんでしょ、佳苗ちゃんと朋美ちゃん――」  スッ――と僕の前の席のノノちゃんが振り返って手を上げる。 「――ノノちゃんでしょ、あと七虹香ちゃんと満華ちゃん」 「満華……ってもしかして仁科先輩!?」 「そうだよ」 「うっそ!?」 「朋美、声大きい!」 「仁科先輩、まだ付き合いあったんだ」 「満華ちゃん、幼馴染だもん――あと文芸部の坂浪さんも来てくれるんだけど、いいかな?」 「もちもち、大歓迎」 「人数多いよな」 「多いね」 「……私の家なら大丈夫だけどちょっと遠い…………瀬川くんの家はどう?」 「えっ、僕も入ってるの?」 「当たり前でしょ!」  渚に怒られる。  ――さっきから何かと言うと渚の誕生日の話。去年は皆、お祝いしてもせいぜいカラオケかファミレスで騒ぐだけみたいだったので、僕の時に高校生にもなって誕生日パーティなんてしてもらえるとは思ってもいなかったし、それがきっかけでこんなことになるとも思わなかった。  具体的には()()()僕の時のパーティに来ていた三村の話を聞いて姫野が羨ましがり、七虹香が当然のように参加表明し、奥村さんも行きたいと言いはじめたわけ。満華さんは毎年、渚の家へお祝いに来るらしいし、鈴音ちゃんとはいつも二人だけでお祝いをしあっていたそうだ。  そしてなぜ『誕生日』という言葉を使わないかと言うと、渚のファンの耳に入るのを防ぐためだった。いちいちクラスメイトに口止めするのも面倒だったし。なにより鈴木が騙してくれたおかげか、僕の誕生日のすぐ後だった渚の誕生日は彼女らに知られることなく済んでいた――。 「いや、わかるけどさ、何となく女子ばかりだから入り辛くて……」 「瀬川なら別にいいだろ」 「紛いなりにも渚の彼氏だし?」 「料理も上手だから……」 「いやいや紛いなりにもって……」 「和美が瀬川の家に行くなら僕も行っていいかな?」 「もちろん。――いいよね?」 「相馬ならノノちゃんの彼氏だしいいだろ」 「相馬くんなら坂浪さんも平気でしょ?」 「相馬が来てくれるのはありがたいけどさ、みんな16日は平日ってわかってる?」  そう言ったあと、三村と姫野に――どこに問題があるのか――と二人して文句を言われた。陽キャはこれだから……。日も長くなってきてるしいいけどさ。  ◇◇◇◇◇  昼休みが終わり、五時間目は選択の美術の授業なので僕は北校舎に移動。  渚はというと、書道の準備をして鈴音ちゃんと廊下の少し先を歩いている。 「ちょっ、ちょっとゴメンよー!」  2-Aと2-Bの生徒がまばらに歩く中、縫うように他クラスの男子生徒が駆け抜けていく。ただその男子生徒が行く先には鈴音ちゃんと並んで歩く渚を始めとした女子の集団が。  おいっ!――と声を掛ける間もなく、男子生徒は渚を避け損ねてぶつかった! 「渚っ!」 「渚!? 大丈夫!?」  僕の声と渚の傍に居た鈴音ちゃんの声が被る。  立ち止まるクラスメイトを掻き分けて前へ。 「ちょっと! 危ないでしょ!」 「わりわりっ!」  星川さんの叱咤を躱して男子生徒は逃げていく。  渚は、階段からの曲がり角で人にぶつかったらしく倒れていた。  ただ、何をどうしたのか渚は仰向けで倒れ、男子生徒が覆いかぶさるようにして床に手をついていた。 「ほら! あんたちょっと離れて!」 「ご、ごめん……」  突然の光景に僕は言葉を失っていたけど、鈴音ちゃんの怒気を含んだ声に男子生徒は申し訳なさそうに渚の上から退いた。 「大丈夫? 痛いところは?」 「うん、大丈夫」  渚は胸の前で自分の腕を抱き込むようにしていた。  鈴音ちゃんに声を掛けられると返事し、荷物を拾ってゆっくり立ち上がる。 「――こちらこそごめんなさい、ぶつかって」 「渚、大丈夫? 保健室に行く?」  僕は相手の男子生徒が返事を返す前に渚へ問いかけた。  するとその男子生徒が――。 「僕も受け止められなくて悪かったから。――保健室、連れていこうか?」 「いや、いい。僕が連れていくから」  よく見ると相手の男子生徒は雫ちゃんのお兄さん、祐希くんだった。  祐希くんは僕が渚との間に入って会話を遮ったからか、いくらか顔に不満が表れていた。 「僕も足を捻ったみたいだし、ちょうどいいから連れていくよ」 「いや――」 「ううん、大丈夫。私はどこも痛くないから。太一くん、行こ」  渚は先立って階段を降りていく。僕と鈴音ちゃんが続く。 「渚、本当にどこも痛くないの?」 「うん、大丈夫。最近、お母さんに受け身とかも教わってるんだ」 「ならいいけど……なんであんなことに?」 「ごめんね。思わず避けたら(もつ)れちゃって……」 「自分から転がったように見えたからびっくりしたわよ」 「あっ、触られてないからね。死守したから」  渚は荷物を胸の前でぎゅうっと抱きしめていた。 「じゃあ、僕は美術室だから」  そう言って三階の渡り廊下へと向かう。  渚は元気そうだし、鈴音ちゃんもついているから大丈夫だろう。  ◇◇◇◇◇ 「さっきのアレだろ。一年の時に三人だか四人だかの女子に言い寄られてたってやつ」  ペンチングナイフでボードの人物画を塗ったくっていると、その描かれている本人の山崎が小声でそう話しかけてきた。 「柏木祐希か」 「知ってんの?」 「そいつの妹が文芸部に入ってる」 「柏木雫か。あの子、一年では飛び抜けてかわいいよな」 「そうだっけ?」  雫ちゃんからの評価がやたら低いのもあってか、僕自身あまり興味を持てていなかった。 「太一は周りが美人ばかりで舌が肥え過ぎててわからないか」 「僕は渚が居ればそれで充分。柏木と一緒にしないでくれ」 「高校生でハーレムとか普通じゃないよな。柏木ハーレム、本命以外はまた全員同じクラスらしいぞ」 「どういう運の巡り合わせだよ」  山崎の言う本命とは、もちろん成見さんのことだろうけど、何かいま喧嘩してるみたいだからなあ。 「どいつもこいつも惚気てるよなあ。あ、そういや文芸部と言えばさ、鹿住ちゃん、俺のこと、何か言ってた?」 「鹿住さん? なんで?」 「お前んち行った時、一緒にゲームして連絡先交換したんだよ」 「お前、渡辺さんひと筋じゃなかったのかよ……」 「いいだろ。お前と違って女子の友達少ないんだからな」 「僕だって渚以外の女子とはコミュニティで連絡取るだけで詳しい連絡先は知らないよ」  まあ、七虹香とか満華さんとかは連絡先を知ってるんだけど、後の女子とは――渚に悪いから――と言えば納得してくれていた。渚的には気にしないとは言うんだけれど、それでも喜んでくれてるっぽいのは知ってるから。たぶん、いちばん文句を言われるのは渚のお母さんの連絡先だろうし。 「で、何で太一はナイフだけで俺の顔を塗ってるんだ?」  僕の絵の仕上がり具合を覗き込んできた山崎が言う。 「なんかさ、初めて使う道具って楽しくてそればっかり使ってみたくなんない?」  油彩は高校の授業で始めて経験したんだけど、ペンチングナイフでの塗り方を教えて貰ったら楽しくてそればっかりやってたわけだ。モデルが山崎でよかった。渚に話したらモデルをやりたがったけれど、正直、僕の才能じゃ渚をモデルになんて勿体ない。授業が別でよかった。現にほら、山崎も微妙な顔をしているし。  ◇◇◇◇◇ 「渚! 太一の目の前で男に押し倒されたって!?」 「いや、どういう伝わり方してんだよ」  芸術の選択授業から戻ってくるなり七虹香が渚を問い詰めていた。  七虹香の傍で萌木がニヤニヤしていたので、どうせコイツがいい加減な情報を吹き込んだんだろう。 「こんなのもう寝取られじゃん!」 「だからなんでだよ」 「七虹香、寝取られ趣味に目覚めたらしいんだ」――と萌木。 「だってネットの恋愛小説ってどれも寝取られから始まるんだよ!?」 「無茶苦茶言うなよ……」  七虹香は最近、渚に影響されてとりあえず手近なweb小説を読み漁っているらしい。  が…………読んでる作品が偏り過ぎだろ。 「た、太一くん、違うの。そうじゃないの……」 「いや、知ってるから、現場に居たから。七虹香の言うことを本気にしない」 「渚が突き飛ばされてぶつかりかけただけ。渚が変な避け方したから転んだだけ」  僕が渚の様子に困惑していると、代わりに鈴音ちゃんが説明してくれた。 「あっ、そーなの? なーんだ。ざーんねん」 「残念じゃねえ」  ぐえ――七虹香の脳天にチョップを入れておいた。  そんなんことになったら僕は堪えられない。  渚の上に他の男が覆いかぶさっていただけでも胸が痛かったのに。  ◇◇◇◇◇ 「ごめんね、心配させて」  放課後、遅めの時間。七時間目の授業が無い日は希望者でトレーニングをしている。その後、夕食なんかの食材の買い出しを終えて二人で歩いていると、渚がそんなことを言い始めた。 「別にそんな心配は…………してたかも」 「うん、ごめんね」 「渚が悪いわけじゃないよ。ぶつかってきた沢口とかいうやつが悪いんで――」  あの後、委員長――いや、星川さんが相手の男子を突き留めていて、本人が渚に謝って来ていた。 「そうじゃなくて、柏木君に抱きとめられそうって思って避けちゃったの。だからあんなんことに……」 「え…………」 「あっ、柏木君がそのつもりだったかはわからないよ。でもちょっとやだなって思って、つい……」 「なんだ……」  僕はちょっと笑いながら目頭が熱くなった。結果的にあんな体勢になっていてショックを受けたけど、渚がそんなことを心配していたなんて思わなかった。 「太一くん?」  心配そうに顔を覗き込んでくる渚。 「ううん。渚が恋人でよかったなって」  心の底からそう思った。
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