第66話 ドキドキから嫉妬へ

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第66話 ドキドキから嫉妬へ

 翌週の月曜日、登校してきた僕らは鈴音ちゃんの様子が気になって仕方がない。  あのあと、夕方頃まで七虹香と満華さんは渚の家に居たわけだけど、渚はそれとなく鈴音ちゃんにメッセージを送ったりしていた。もちろん、デートのことは聞かずに渚の家での話をしたり、七虹香がふざけてる写真を送ったりしていたのだけど、みんなその返信に興味津々。――ただ、帰ってきたメッセージはいつもの鈴音ちゃんでしかなかった。  それはそうと、僕はその日、世にも珍しいものを目にした。  鼻からスパゲッティを出す女だ。  夕方、渚のお母さんが帰ってくると夕飯をご馳走してくれるといってくれた。ただ、満華さんは夜から仕事があるというので手軽にペペロンチーノを渚が作ってあげて食べていたところ。汐莉さんが――太一くんは苦手な料理ある?――と聞いてきたので、少し考えた僕は――。 『親子丼ですね』  ――と答えた途端、満華さんが派手に音を立てて吹いたのだ。  汚いなあ――と思いながらも満華さんを見ると、鼻からスパゲッティを出していたのだ。なかなかに衝撃的だった。その場にいる皆、固まっていたし。――あ、ちなみに親子丼が苦手なのは、卵の臭みと鶏肉の臭みが同時に来るのが苦手だからで、そのことを話すと、七虹香は――ああ~――と納得したように大きく頷いていた。  閑話休題――とにかく、鈴音ちゃんは土曜日に満華さんが見かけたという――おめかしした鈴音ちゃん――の雰囲気を微塵も見せていなかった。僕の方は雪村の様子も伺っていたが、彼も普段と変わりなく、どうということはなかった。  ◇◇◇◇◇ 「どうなんだろうね、()()」 「わからないな」  昼の休み時間、いつものように奥村さんの前の席に渚が来て、一緒に弁当を食べていた。既に弁当を食べた七虹香もそこへやってきて、総菜パンを食べていた。七虹香の食欲については今更問うまい。ひとが弁当を食べてる目の前で机の縁に尻を乗せてる方が問題だし。とにかく、事情を知っている三人と奥村さんとで小声で話をしていた。 「……ん、あれって考えたらぁ、渚と太一みたいよね」 「ん?」 「どういうこと?」  鈴音ちゃんは、渚がこちらで弁当を食べるようになってから宮地さんたちと食べている。まあ、渚の真横は鈴木だったこともあって、それ自体は鈴音ちゃんも納得していた。ついでに以前一緒に食べていた姫野は最近は三村が仲良くしてくれている。姫野も何だかんだ根が明るいこともあってクラス自体には馴染んでいた。 「渚たち、夏休み明けからだったっしょ? 誰も気づいてなかったし」 「ああ、そういうことね」 「そうかあ」  つまりは秘密のお付き合いと言う事か。なるほど事情はそれぞれあるよね。  まあ、この件に関しては二人の進展にも依るだろうし、鈴音ちゃんが明かしてくるまではそっとしておこうということになった。  ◇◇◇◇◇  週3回の放課後のトレーニングは続いていた。主に運動部のクラスメイトを除く20名ほどがいつも参加していた。なんでみんなこんなにやる気あるの?――って僕としては思うんだけど、新崎さんがインストラクターを呼んだり、スポドリやプロテインバーまで用意してくれたりするのでイベント感があって楽しいんだそうだ。  僕と渚は文芸部に少し顔を出してから参加することもあるが、渚がやる気なのでほぼ毎回参加していた。運動部のクラスメイトも時々参加している。出席率が悪いのはやはり演劇部。逆に卓球部の星川さんと大村はほぼ参加していた。卓球部は弱小で人も少なく、狭いスペースで台も3つしかないからこっちで体力付けるのは悪くないのだそうだ。  トレーニングと言っても、主になるのが短距離、中距離、リレーと言った走る競技が主になるのが普通だろう。なのに七虹香や田代と言ったそれ以外の種目に選ばれた連中も短距離ダッシュをやっていた。 「えっ、あいつら何に出てんの?」 「障害物リレーとか……」  そう答えたのは三村。 「いや、体育祭の障害物走ってハードル走とかじゃなくてネタ種目だよな? てかリレーなんだ?」 「リレーだから得点も高いんだってよ」 「何であんなにやる気なんだ……」 「かなたん、そっち予備予備でしょ! メインのこっちやろっ!」  七虹香が三村に手を振ってる。 「あれ? 三村も障害物リレーだっけ?」 「私は………………借り物競争……」  いやいや、借り物競争で短距離ダッシュの方が意味わからん。  他には騎馬戦の練習をしてることもある。僕もあちこち転校したけど、騎馬戦を体育祭で見たのは初めてだった。以前は男女混合で女子が上に乗ってたらしいけど、いろいろ問題と言うかクレームがきて、去年から男子オンリーになったらしい。田代が悔しそうにしていた。  1500m走は、いつもペースを見てもらいながら4人か5人で走っていた。うちのクラスは女子生徒が余るので、走る競技は予備を多めに用意してお互いにサポートしていた。そして僕はと言うと、最初こそ渚よりずっと速く走れていたものの、真剣にペース調整してきた渚は徐々にタイムを詰めてきていた。  ◇◇◇◇◇ 「ねえ、太一くん……」  市民グラウンドから帰ってきた僕らは、いつものようにマッサージをしあっていた。  週末は金曜の夕方に短めに()()だけで、土曜は七虹香と満華さんが居て、夕方からは渚のお母さんが居た。日曜は渚がお母さんと出かける予定が以前から入っていたので僕は早朝に渚と一緒に走った後は家に帰っていた。  渚が揉んでいる方とは反対側の脚を僕の体に擦り付けてくる。 「でも走った後だしあんまり時間ないよ?」 「金曜日も大丈夫だったもん」  運動した後の彼女は普段より少し温かい。汗で表面的には冷えているけれど、体の芯が温かい感じがする。それもあってか、いつもならスロースタート気味な彼女が早めに火照ってくるし、積極的に求めてくる。前菜的なものを省略できるのはいいけれど、渚が満足してるのかだけはちょっと心配になる。 「た、太一くんっ、やっぱり、顔が見える方がいっ……」  渚の求めでいつもとはちょっと違うことをしていた。ただ、渚は自分から求めたくせに、左手の指輪にキスするように顔を伏せ、懇願するようにそう言った。 「よくなかった?」 「ううん、よかった。よかったけど寂しい……」  改めて抱きあい、向かい合った彼女は憂いを見せながらそう言った。  ガチャ――続けていた僕らが達する前に玄関からのその音がかすかに聞こえた。  顔を見合わせた僕らは慌てて離れる。  インターフォンの音が聞こえる頃には二人とも早々に下着を穿き終え、僕はシャツに取り掛かり、渚はゆったりめの部屋着を引っ張り出していた。 「あら、珍しい。夕飯の支度、まだ途中だった?」 「うん、ちょっとトレーニングで疲れちゃって」  渚は少し乱れた髪を手櫛で治しながらそう言った。  一瞬の間を置いた後、渚のお母さんは――。 「じゃあ、あとやっておくから先、シャワー浴びてきたら?」 「うん、ありがと」  渚は平静を装うようにバスタオルと着替えを持ってそそくさと風呂場へ向かった。  ただ、残された僕は気まずい……。  渚のお母さん――汐莉さんは眼力があるというか、ちょっと怖い。いや、決して恐ろしいとかそういう意味ではなく、ついさっきまで何をしていたのかバレているような気がしてならない。 「太一くん」 「はいっ!」  コンロの方を向き、僕に背を向けたままで名前を呼ばれ、思わず驚いてしまう。 「ん? どうしたの?」  振り向いた汐莉さんは、まるで渚のようなあどけなさを匂わせる表情で問いかけてくるが、それが逆に見透かされてるように思えてしまう。例えば、アレがまだついたままだったりするのも知られていそうで……。 「――太一くん、ありがとう。渚、とても喜んでたわ」 「えっ」 「あの子ったら、誕生日の夜は独りで大騒ぎしてたの」 「ああ、何となくわかります……」 「本当を言うとね、太一くんが困ってるんじゃないかと思って心配してたの。飛倉の家の事もあったし、太一くんのお母さんと私が色々と話してることも知ってるでしょ?」 「はい、えっと、重荷になってるかもってことですか?」 「そうね、高校生には重いかもって」 「僕は大丈夫です。渚に重いって思われたらっていうのは心配してましたけど」 「そう、よかったわ。あの子も心配は要らなかったわね」 「僕は渚をずっと大事にしたいと思ってます」  そう話すと汐莉さんも満足そうにニコリとして、僕もホッとした。  もちろん、その後、和やかに会話しているところをシャワーから出てきた渚に見つかって嫉妬されるまでがオチだった。  結局その週の間、渚はちょっと欲求不満気味だったわけだけど。  ◇◇◇◇◇  週の後半になると、来週末の体育祭に向けて体育の授業では全体競技の練習が始まった。綱引きとダンスなんだけど、ダンスについては毎年、生徒会が投票で方針を決めている。各クラスでそれぞれにダンスを披露して競い合うか、或いは先生達の言う昔懐かしのフォークダンスを全体でするかということをだ。  どちらもそれなりの要望がある。例えば、単純にダンスが好きな生徒は古臭いフォークダンスよりも自由に創作ダンスなんかを踊りたいだろう。ただ、その場合は練習が大変になり、それを嫌がる生徒も居る。逆に、フォークダンスを希望する生徒ももちろん居る。  去年はフォークダンスだった。僕としては、転校先の学校の運動会で少しだけやったこともあったのでなんとなくは知っている。あれは田舎の小中学校だったのもあってか、みんな遠慮がちに手を繋いだりしてすごく気まずかった記憶だけがある。去年の僕らも確か、最初はそんな雰囲気ではあった。けれど、そんな雰囲気をぶち壊したのが当時の相馬だった。  相馬は周りが醒めた顔をしている中、体育祭当日のフォークダンスで遠慮なく女子の手を取りリードしたのだ。女子からすれば力強くリードしてくれる、それだけで相馬に自信が見て取れ、ダンスも上手いという印象が強く残っただろう。おかげでその甘いマスクもあって、相馬は女子の人気を集めたわけだ。  ただまあ当時の相馬としては、渚の手をしっかり握りたいがために積極的になっていただけと後から聞いたし、自分の気持ちを気取られたくないのもあって他の女子にも同じように接した結果があのようなことになっていたわけだ。  ちなみに渚からすると、当時の相馬のイメージは――女の子慣れしてそう、遊んでそう――ってやつだったのだが、可哀想なので相馬には教えていない……。  あれからうちのクラスは年末からの恋人ラッシュを経由し、再び訪れたこの季節のフォークダンスは概ね歓迎されていた。  歓迎していたんだけどなあ……。 「鈴代さんに瀬川くん! あなたたち引っ付き過ぎ! いちゃいちゃし過ぎ!」  授業の後、長瀬さんの抗議に遭った。  確かに僕と渚はフォークダンスの最中、必要以上に身を寄せ合っていた自覚があった。 「いや、僕らもそんなつもりじゃなかったんだけどさ……」 「うん……」 「渚が他の男子と踊ってるとモヤモヤして……」 「太一くんが他の女子と踊ってると腹が立って……」  去年のドキドキは、今年の嫉妬に変わっていたのだ。
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