終末の皇帝

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終末の皇帝

 西果ての島より彼方、月明かりも照らさぬ漆黒の闇に包まれるサニアス帝国の皇都は言い様のない静けさと緊張に包まれていた。  カローラス王国による反撃により、全ての妃を失った皇宮にはその逃亡を許した女官達の首が各宮を埋め尽くさんばかりに並べられていた。 「いやはや、陛下は豪快ですね。最早、清々しい…!」  異臭と乾いた血に塗れた回廊を進みながら、元カローラス王国元王子アクアスは嬉々と呟く。  その背後では少なからず鼻や口元を押さえ、その凄惨な光景から目を背けるソリオン皇子の姿があった。 「………、出撃経験のない皇子には少々刺激が強過ぎましたね…、先を急ぎましょうか」  一転してまるで好青年のような柔い笑みを浮かべ、彼はスタスタと先を急ぐ。  死屍累々の皇宮を抜け、秘匿されるように鎮座する皇居に着いてみれば、皇帝ランギーニの腹心である皇宮近衛師団長とセリカ皇女、そしてデュークス総統が既に集っていた。 「皆さん、既にお揃いでしたか…」  緊張の面持ちの彼等にアクアスは、厳かに頭を下げる。  呼び立ての理由は分かり切っていた。  彼等はこれより身に下る処罰や司令に酷く怯えていた。 「「「我等の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」」」  轟く文言は重厚ながら恐怖を孕んでいた。  人形のような笑みを浮かべる裾丈の長いメイド服の女を侍らせ、豪奢な寝台の上より皇帝ランギーニは彼等を迎えた。  その姿はひた隠してきた病により酷く窶れ、元来の眼光の鋭さに拍車を掛けていた。 「全く…、イーシスは恩を仇で返しおったな…」  明らかに減った忠臣の姿に皇帝は憮然とボヤいた。  本来であれば、そこにはキャスティナを筆頭とする四人の皇妃が並ぶ筈であったが、今や彼女等はそれぞれの祖国や隣国へと逃げ遂せ、その逃亡とカローラスの猛攻を許した陸海空の帝国元帥はその責任を負って次々に自決。  今や、皇帝に残されているのは、その場に集った五人のみであったが―――。 「前置きはせぬ」  そう言い放たれた瞬間だった。  皇帝の傍らに寄り添う女より銃声が轟き、間もなく血を吐いた皇宮近衛師団長は崩れるように跪いた。 「陸海空の元帥は自らの過失を認め、その命を持って償ったと言うに…、よくも顔を出せたものだ」  怒りを露わに皇帝は告げ、女は止めとばかりにその額を撃ち抜く。  壊れた玩具のように倒れて動かなくなった近衛師団長に、アクアスを除く全員が堪らずその目を背けた。 「デュークス、貴様は引き続き国政を取り纏め、喚く愚民は力で捻じ伏せよ。サニアスタに臆病者は不要…、分かっておるな?」 「御意に…」  厳かに答えながらも添えられた釘を刺す言葉に、総統は己も後が無いことを思い知った。  これまで、これと言って過ちを冒した訳では無いし、他国ならば褒め称えられるくらいの政治手腕の筈である。  しかし―――、この国では神にも等しき皇帝の意思こそが全てであり、その意に反することは悪なのである。  皇帝の期待に応えられぬなら己の存在など容易く握り潰される―――、真横に転がる屍は、その現実をまざまざと思い知らせた。 「ソリオン、お前は継承の間へ向かい、魂授(こんじゅ)の儀式に臨め…」  続いて告げられた勅令に皇子は絶句した。  それは皇帝と成る者ならば避けられぬ儀式であるが―――。 「父上っ‼」  その瞳を恐怖の色に染め、ソリオン皇子は父に縋った。  しかし、冷たく向けられる失望の目に、彼は己という存在の死を悟った。 「お前にはもうその価値しかない。アクアスのように我が期待に答えたくば、歴代サニアスタ皇帝の意思を受け入れよ」  追い打ちを掛けるように放たれた言葉に、皇子は膝から崩れ落ちる。  絶望に項垂れるその傍ら、堂々とこちらを見据えるアクアスの姿に、視線を向けた皇帝は一転して笑みを零した。
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