終末の皇帝

2/3
前へ
/114ページ
次へ
「アクアス、お前には全軍隊の指揮権を与える。裏切り者とそれに加担せし者共に地獄を味あわせよ。特にキャスティナとティスラには見せしめが必要だ」 「はっ!陛下の仰せのままに…!」  威勢良く答え、アクアスは任せろとばかりに頭を垂れる。  隣り合う彼等の対極する姿は、天と地のようであった。 「セリカ、お前とは折り入って話がある。他は以上だ」  視線を向けるでもなく実妹に告げた皇帝は、他は下がれとばかりに手で人を払う仕草を見せる。  それを合図に皇帝に寄り添う女は、機械的な動きで血溜まりを作る屍に歩み寄った。  そして次の瞬間、女の――正しくは女性型アンドロイドはその腹に付属された回収機の口を開くや内蔵された虫の脚のような鉤爪で屍を飲み込み、足裏の回転モップで瞬く間に血痕を拭き取った。  あまりにも化け物じみたおどろおどろしい光景に、デュークス総統とソリオン皇子は礼節を守りながらも逃げるように出口へと踵を返す。  そんな二人の無様な背に呆れたように肩を竦めたアクアスは、ここで起きた一連の凶行など無かったかのように恭しく頭を垂れて、謁見の場より退席した。  一人その場に残されたセリカ皇女は毅然とした態度を維持した。  そうしなければ、たとえ皇女の身であっても命の保証は無かった。 「素晴らしいだろう?ハスラー博士に造らせた護衛人形だ。命ずれば何だってする…。人間と違って感情を持たぬ故、扱いも容易だ」  回収物の始末を終えて傍らに戻ってきたアンドロイドを愛玩動物のように撫でて遣りつつ、皇帝は自慢げに話した。  それには感情など無い筈なのに、そうプログラムされているのだろう―――、照れたように微笑みを見せる姿は、嫌に人間臭くて酷く不気味だった。 「して、セリカよ…、何故お前はヴォクシス・ハインブリッツに拘る?」  単刀直入な問いに緊張が走った。  答えを誤れば、その逆鱗に触れる―――…。  僅かな沈黙の後、皇女は腹を括った。 「彼は私の息子なのです。我が子を特別に思うのは母親ならば至極当然…」 「はっ…!それはディミオン・ハインエイスの胤より得た子であるからであろう?我が子が大事だと言うなら、アクアスに対するあの冷遇は何だ?あれほど君主の才覚を有した者は他にはおらんと言うに…!」  滑稽だとばかりに嗤う兄にセリカ皇女は僅かに顔を歪めた。  彼女自身、アクアスを冷遇している自覚がありながらも、それを抑えられぬ己の弱さを認められずにいた。 「お前も所詮、女だったということか…」  嘲笑うような兄の言葉は腹立たしかったが、言い返す言葉は出なかった。  皇帝の冠を得てから、兄ランギーニは身内であろうと容赦無用の暴君となった―――。  数百年の歴史を持つサニアス帝国の君主としての責務がそうさせたと皆は言うが、その本当の理由をサニアスタ皇家の名を冠する彼女だけは知っていた。 「お前には期待しておるのだ…。同じ父の血を受け継ぎ、同じ母の腹より生まれたお前には…。故に残念でならんのだ」  アンドロイドの手を借りながら徐ろに寝台より立ち上がった皇帝は、愛でるようにその場に毅然と佇む皇女の頬を撫でる。  骨と皮とさえ呼べるその手の温もりの無さに、彼女は堪らず視線を反らした。 「目を逸らすな。朕はお前の兄であろう?」  薄気味悪い笑みを浮かべ、皇帝は乱暴にその目を向かせる。  眼前の瞳に宿る悪魔の気配に、セリカ皇女は恐怖を隠すことなど出来なかった。 「……っ…、私に…何をせよと…?」  震え混じりに問い掛けた。  余計な言葉はあってはならなかった。  怯える彼女に悪魔は牙を向くように大きく口角を上げ、頭を撫でる素振りでその髪を乱暴に鷲掴んだ。 「我が元に万物の語り部(シエンティア)を連れ戻すのだ。邪魔をする者は何人たりとも容赦するなよ?」  耳元にそう囁き、投げ捨てるようにその手を離す。  その拍子に骨ばった指に嵌められた指輪に髪が絡まり、セリカ皇女は痛みに顔を歪めた。 「仰せのままに…」  突き放された反動で蹌踉めきながらも皇女は平静を装う。  下がれと示す兄の手に彼女は厳かに頭を下げ、己の身を抱き締めるように腕を組みながら、その場から逃げ去った。  誰も居なくなり、再びアンドロイドの手を借りながら寝台に戻った皇帝は深い溜め息と共に、その額から汗を噴き出した。  全身を襲う痛みに歯を食いしばり、枕の下に隠していた注射器を取り出す。  針を覆う蓋を歯で抜き取った皇帝は、自らの腕に薬を注入した。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加