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上級士官用の宿舎の個室にバックパックを置き、駆け足で指定された待ち合わせ場所に向かったカルディナは、その道中で思わぬ場面に遭遇した。
「なあ、何様のつもりだよ」
「既に英雄気取りかぁ?」
「おい、何とか言えよ、なぁ?」
基地の片隅にある暗がりにて何やら挑発的かつ陰険な言葉が聞こえた。
―――イジメか?
そう想うやカルディナは持ち前の正義感が働き、咄嗟にその場に飛び込んだ。
今の彼女は国家防衛の要であるし、腕にはセルシオンを抱いている。
女だと舐めようものなら返り討ちに遭わせるし、彼女に手を出したと上層の耳に入ろうものなら軍人としての命はない。これがヴォクシスが知ろうものなら命さえも無い。
士官ならば飛び出した瞬間にビビるのが当たり前だったが―――。
「っ⁉ポルシェンテ殿っ?」
そこにあった姿にカルディナの方が驚いた。
尉官クラスの王国軍人五人に取り囲まれていたのはフォルクスとその部下だった。
良く見ればその部下は女性で、何だか酷く怯えていた。
「く、クロスオルベ侯爵…」
「シャンティス特務大佐っ、こ、これはご機嫌麗しゅう…」
当然ながら、彼女の姿に王国士官は顔を強張らせた。
「一部の会話を聞きました。ご説明願えますか?」
問い質す彼女に、士官等は冷や汗を掻いた。
流れる沈黙に溜息を零し、カルディナは基地の監督者である師団長へ報告すべく彼等の氏名を確認せんと歩み寄る。
その瞬間だった。
「こ、この女が誘ってきたんですよ!」
「そ、そうだ!そこに行き成り、こいつが殴りかかって来て…!」
その発言にフォルクスはキッと彼らを睨んだ。
「ち違うっ!!突然、戦闘翼肢が外れて…!それで、こいつらが着け直してくれるって言うから…!」
「はあっ⁉お前が最初に脱ぎだしたんだろ⁉」
怒号を上げ始める両者にカルディナは頭を抱えた。
察するに、どうやら感覚の違いから来るすれ違いのようである。
その場を治めるべく、カルディナはその手を打ち鳴らし、双方を黙らせた。
「双方の言い分は分かりました。しかし、貴方方の行動は王国士官としての自覚の欠如を否めません。戦場を経験した者ならば身を守る為、装備の脱落は急を要します。その場で戦闘翼肢を装着し直す気持ちは至極当然。ポルシェンテ殿も部下を護るためとは言え、暴力に出るのは良くありません。傭兵という立場上、殺気立っているのも理解出来ますが、ここは安全地帯です。振る舞いには気を付けていただきたい…!」
理路整然とした言葉で諭し、双方を宥める。
十五歳なれど毅然としたその振る舞いと態度に彼等は次第に冷静さを戻した。
「この場は一先ずこれで収めますが大人同士、喧嘩両成敗です。双方、騒ぎを起こした責任はきっちり清算してもらいますからね?」
「「「はい…」」」
一応は上官であるカルディナに叱られる彼等は、素直に己を反省。
それぞれ認識証を出して名前をメモに取られた。
「………、ちなみに翼が急に脱落したとのことですが…」
そう話を確認した矢先、まるで実演するように女性パイロットの背の翼がポロリと鹿角のように外れた。
中々の騒音に皆が飛び上がって驚く中、カルディナはその様子から故障の原因を推測。
拾い上げた機械仕掛けの翼の接続部を確認して、ある仮説に思い至った。
「…背中のプラグの洗浄、何処でやってました?」
「あ、えっと…、武器工場の南にあった井戸で…、綺麗な水なのに誰も使ってなかったから…」
「やっぱり…。あそこの井戸、古くて潮が入るようになったから使ってないんです。埋めとくように言ったのに…。プラグを洗浄し直せば直ると思います」
そんな提案を告げつつ腕時計を確認。
ヴォクシスとの約束の時間になってしまった。
「しまった…。取り敢えず、私は先約があるので処分は追って連絡します。以後、気を付けてください!」
戦闘翼肢を返還しつつ、セルシオンを肩に担いだカルディナは、挨拶も早々に場を切り上げ、途端に全力疾走!
嵐のように過ぎ去った彼女に残されたフォルクス達は呆然と立ち尽くした。
「遅れました!」
約束していた基地内の呑み屋に、カルディナは滑り込むように飛び込む。
先に待っていたヴォクシスは居合わせた士官等と既に食事を始めていた。
「遅かったねぇ…、何かあった?」
「すみません、ちょっと喧嘩に遭遇しまして仲裁を…」
ペコペコと頭を下げて申し訳無さを醸しつつ、彼の隣へと着席。
すぐに持って来られたジュースで取り敢えずの乾杯を行い、気を取り直して楽しみにしていたご馳走にありついた。
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