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EP: 1 グレースケール
私にとって、日常というのはただ、決められたコマ割を過ごすだけのような消化試合だった。
あまり広くない部屋で、与えられたあまり美味しくないご飯を食べて、決められた時間で寝る。そして、先生が言ったとおりに仕事をする。
そこに特別な感情なんてない。
全部、決められたことだから。
私が進んで望んだことではないのだから。
たった一部屋だけ私に与えられた部屋。
その灰色の壁も、シャワーにトイレ、全ての機能が詰まったその皮肉さも。私の世界は全てそこで完結しているといっても過言ではないことも。
その環境を憎むことも、恨むこともない。
そんなくだらない感情なんて、当の昔に消え去ってしまった。
……もしくは、捨ててしまったのか。
どうだっていい。
すべてを失った私に生きる意味も、理由もないのだから。
夜、寝る直前に窓から差し込む、月光をながめるだけの生活。
それ以上望んでいない。望むわけない。
今の私に見える景色全てが色のついていないグレースケールみたいだった。
◇◆◇
私__サソリ・クラークの生活が大きく変わったのは、確か三年前だ。
ある日突然、両親がいつも通り仕事に出たと思ったら、帰ってこなかった。
何日たっても、両親は帰ってこなくて。
そのうち、風のうわさで両親が国家に反逆したからだと、理由を知った。
その日から、私たちは生き様を変更せざるを得なくなった。
魔獣討伐をしたりして、子供なりに精一杯生活費を稼いでいたんだと思う。
でも、ある日、妹まで私の目の前から消えてしまって。
それがショックだったのだろう。
妹が消えた理由が、国家反逆者の娘だから、と知ったとき。
妹はきっともう取り返しのつかない状態になっている、と聞いた時。
目の前が真っ暗になって、意識が途切れた。
そして、そこから、先生に保護されるまでの記憶がない。
記憶がないということは、どうでもいいことだと思う。
だって、記憶する価値のない事なのだから。
先生はいつも私にそう、教えている。
「先生、おそいな……。今日も、【ザンギョウ】かな?」
窓辺のイスに座って、じっと月光を眺めながら、足をぶらぶらさせた。
私の養育者である先生__エミリー・フローレン先生は、この家から三キロ程先の、【ミュトリス学園】という所で働いている、教師らしい。
らしい、というのは実際に私がその現場に足を運んだことがないからだ。
前にミュトリス学園がどんなところか、先生に聞いてみたことがある。
『サソリさんは政敵の娘なので、行ってもただ、危険にさらされるだけです。外と同じように、むやみやたらに歩き回ってはいけません。』
と、いつになく厳しい口調で言っていた。
私は【仕事】以外では、ここにこもりきりだから確かめるすべがないけれど、きっと先生のいうことだから、正しいのだろう。
先生は、いつも間違ったことを言っていない。
だから、きっとミュトリス学園のことだって、間違った事ではないのだ。
それからも、【仕事】でも、ミュトリス学園の話題を出すたびに、先生は、顔をしかめたり、眉を顰めたり、【不快】そうな動作をする。
もう私が何年も感じたことのない、感情を、感じたというサインを出している。
『人が不快に思うことは進んでやってはいけません。』
先生が常日頃そう説いているので、私はいつしかその話題を出さなくなった。
先生の言う通り、人の不快なことをいうのは、いけないことだからだ。
「……今日は、私の【仕事】、あるのかな?」
腕をみると、鳥肌が立っていて、きっと、夜も深い時間なのだろうと思う。
…私の半袖の服では、寒さをしのげない程度には。
鳥肌がたたないようにするには、長袖の、今着ている服よりかは少し温かいパジャマを着る必要があるが、それはしない。
先生が家に帰ってくるまで、私は寝てもいけないし、パジャマに着替えてもいけない。
これも、先生が決めた約束事の一つだ。
時には日をまたぐごろまで、洋服で過ごさなければいけない時期もあるが、個人的にはあまり問題視していない。
寒いという感覚は感じこそすれ、先生みたいにそれで不快感は生じない。
不快感が生じないのなら、何も怖くはないからだ。
夜も深いから、きっと【仕事】はないのだろう。
先生は、夜遅くに、仕事をお願いするような人ではないからだ。
と、そこまで考えた時だった。
ピ、ピピ、と魔術具が起動するときの独特の音に、窓から僅かに緑色の光がこぼれてくる。
帰ってきた先生が、玄関の魔術具を起動しているのだろう。
座っていた椅子から立ち上がる。
ピ、ピ、と魔術具の起動音と緑色の光が消えた直後だった。
私の前に、先生がたっていた。
足元には、紫色に発光する魔方陣が出ていて。
それも、一秒ほどすると、幻想のように、消えてしまった。
先生は、失われた【戦闘用瞬間転移魔法】の、使い手らしい。
珍しく酔って帰ってきた時に、自分から話していた。
なんでも、移動範囲は狭いが、自分の願ったところに移動できるとか。
使えるのは、もう魔法の資料を残してある魔法警察だけで、そのなかでも選び抜かれたエリートしか、存在を知らされていないと。
先ほど玄関に入ったばかりなのに、彼女がもう私の目の前にいるのは、そういう魔法を使っているかららしい。
「先生。……おかえりなさい。」
頭を床に向け、少し下げる。
この、お帰りの挨拶も先生から習ったものだ。
「ええ、ただいま。」
返答を聞き、私は頭を上げる。
「……サソリさんは、いつから私の事を先生と呼ぶようになったのかしらね?」
先生は、冷たい瞳で私を見つめていた。
「……。」
「無視、ねぇ…。まあ、悪いわけではないけれど。……貴方には感情も、人生の目的も、基本的な軸すらないんですから。」
先生を先生と呼ぶようになった時期、など、覚えているはずもない。
私にとって、何の変哲もなく、延々と続く毎日は消化試合で、感情なんてないから何の印象もなく、記憶など、出来そうにないし、しない。
ただ、先生を__それは、いつものように先生を待っていたある日。
窓の外でミュトリス学園らしき制服を来ていた人たちが、エミリー・フローレンのことについて話していて、先生のことを【先生】と、呼んでいた。
だから私もそう呼ぶようにした。
その前、私が先生をどう呼んでいたかは覚えていない。
多分、これも覚える価値などない出来事だ。
「今日は、仕事の資料を持ってきたんです。」
「……。」
先生は手持ちのボストンバックをがさごそとあさって、あまりいい状態に管理されているとはいえない紙数枚を取り出した。
こんな真夜中に、仕事の資料を持ってくるなんて、めずらしい、と思った。
先生が仕事の資料を持ってくるのは、たいてい夕方だ。
だって、私の仕事は夜に行うもので、その時のために、夕方から時間をかけて、資料を暗記すると。
夜、適当に資料を見て、適当に仕事にかかって、失敗しては許されないと。
これも先生が言っていた。
「驚いていますね。こんな真夜中に、資料を暗記するのか、って……。」
先生は、そういいながら私の手に資料を持たせる。
灯りのついていない、月光だけが照らす一室ですら、黄ばんでいる事が分かる紙には、だいぶ簡略された地図らしき図面が描かれている。
「せんせ、今回ばかりは資料を集めるのに手間取ってしまって。」
てへぺろ、と先生はウィンクした。
「仕事をするのは、実際には明日ですよ。今回は、大物だけれど。」
続いて、二枚目、三枚目、の資料を渡される。
「できるでしょ、スラムにいた時みたいに。あなたの技巧なら。」
私を覗き込む時、先生は必ず挑戦的な瞳をする。
灰色の瞳の中のハイライトが、刃物のように鋭く光り輝く。
スラムにいた時、私は盗みで魔法警察の手を煩わせていたらしい。
その私を、先生が保護して、養子にした。……と、先生が語っていた。
そして、先生は今でも私の盗みの腕を頼りにしている。
「……はい。」
先生に手渡された二枚目の資料には、明日の夜、私が盗むべきものについて、書かれていた。
__次の獲物は、ファンティサールの西の時計塔にある、緑色の宝石だ。
__私の行う【仕事】とは、俗にいう、盗みの事だ。
先生の言ったものを、先生の言った時間に、先生の言った経路を使って盗む。
三年ほど前から、一か月に一回ほど、先生に頼まれたときにのみ行う。
そして、その【モノ】を、先生と私の家に持ち帰るまでが仕事だ。
ものは、時によってさまざまだ。
高価そうな魔術具の時もあれば、なんなのかわからない液体が入った試験管だったときもあった。
それでも、先生がわざわざ盗むことを頼むぐらいだから、普通ではなかなか手に入らないものなのだろう。
【モノ】を守っている番人も手ごわい人が多かった。
__もちろん、全員倒したけれど。
先生は、どういうわけか、『そっちの世界』でも、通用していて、『そっちの世界』で生計を立てている人の倒し方もわかるらしい。
先生の言ったアドバイスに従ったおかげで、モノを守ろうとした番人は毎回無事倒し、今日この日まで私は仕事に失敗したことがない。
先生の言っている『そっちの世界』がどういう世界なのか、尋ねても先生は教えてくれなかったけれど。
それでも私は特に気にする事はなかった。
だって、私にとって一番重要なのは、仕事を成功させて、先生の言いつけを守って、この生活を続けることなのだから。
決行日の夜、私は真っ黒なワンピースを着て、塔の上で街の夜景を見下ろしていた。
夏の終わりかけ、少し肌寒さを感じなくもない、夜の闇。
西方向に見えるのは、色とりどりな街の灯り。
もうすぐ、お祭りがあり、街のみんながそれに向けて準備をしているから、あれほど明るいのだと先生が言っていた。
……おまつり、かあ。
先生は、どんなものか話してもくれなかった。
私の記憶にも、【お祭り】に関わるものはない。
どのようなものなのか、少しだけ、気になった。
__いや、思い出せないことは、どうでもいいことだ。
先生が言っていた。
今は、仕事に集中しよう。
塔の通気口に、手をかけるとこんな時期にもかかわらず、金属特有のひんやりとした感触が伝わってくる。
今夜の獲物は、ここから数回曲がった所にある部屋に、厳重に保管されているらしい。
ぐぎぎ、と通気口のふたを開けると、先の見えない、真っ暗な穴が私を待ち受ける。
その穴に吸い込まれるかのように、私はそこへと飛び込んだ。
先生が盗んでほしい、といっていたモノは、一発で分かった。
厚さ二センチほどのガラスに、しっかりとおさまっている、ダイヤカットの施された、直径三十センチほどの緑色の宝石。
神々しく、緑色の光を放つそれの周囲には、魔法警察と思しきがたいのいい人間が数人配置されており、その床にも複雑な魔方陣が描かれていて、その宝石自体にも、厳重な呪いがかけられていることが分かる。
魔法警察は、粛々とした表情で、じっと持ち場を離れることなく、これでは隙をついて、宝石を盗むのは難しそうだな、と。
私は通気口に手をかけ、小さく
「暗き闇、今ここに集まりけり。__発動っ_。サ・ジールウンブラ・ティーネバー」
と。
魔法の呪文を唱え、通気口のふたを勢いよく開けた。
たん、と。
私の足音がしたとたん、それぞれ四方八方に注意を向けていた魔法警察がこちらに目を向けた。
一瞬の間すら許さなく、たちどころに私に襲い掛かってくる。
流石、高級品をまもる魔法警察、といったところだろうか。今まで行ったどの仕事よりも手ごわい相手だと、動きを読んですぐに分かった。
__もっとも、そんな相手に、私がやすやすとつかまっていくとは、限らない。
記憶によれば、私が盗みを始めたのは、先生と出会ってからのはずなのに、私の盗みの技術は、そのころから、二流の域に達していたらしい。__まるで、才能のように。
俊足でこちらに駆け込んでくる魔法警察たちをスライディングでかわし切り、宝石のおかれているガラスケースへと、体をひねる。
__この間、五秒。
魔法警察の致命的な弱点は、成人相手に訓練をしている所だろう、と思う。先ほど、(魔法警察と比べれば)小柄な私の繰り出したスライディングに反応できなかったように。
力を持つものは、その力を狙ってくる次に力を持っているものを相手に対策を練ることが多い。__そのずっと下の、対して力を持っていなさそうなものを、見向きもせずに。
私が【仕事】を成功させ続けれている理由の一つに、この相性の良さもあると思う。私のような子供は、そもそもモノがある場所の位置が分からない事が多く、犯行にも及ばないため、対策されていないとか。
なれていない子供相手では、体術は難しいと踏んだのだろう。ふりを悟った魔法警察がこちらに杖を向けてきて、何やら魔法の呪文をこちらに向かって唱えているのが聞こえる。
__でも、関係ない。私はただ、宝石を盗むだけだ。
先生からもらった複数種の薬草が詰めあわされた小袋を、懐から取り出し、魔力を込める。
小袋が発光したところで、それをガラスの方に向けて投げかけた。
刹那、ばあああん、と。
小袋が爆発して、轟音が耳をつんざく。
数秒後、バリン、とガラスが砕けた音と共に、私は__ガラスがよほど丈夫だったからなのだろう__傷一つない、緑色の宝石を小脇に抱えた。と、同時に、足下の魔方陣から強烈な光が出た。
そういえば、宝石自体にも、呪いがかかってあったのだ。
すっかりそれを忘れていた。
走りだしたとたん、それを思い出したが、今更足を止める気はない。
少なくとも、十分ほど、呪いはなかったことになる。
なら、その時間を利用して、家まで帰る。私のすることは、それだけだ。
「……!バカなッ。即死の呪いのはずじゃなかったのか?」
後ろから、私を追いかけてきた魔法警察の話声がした。
当然、後ろから魔法がバンバン、私に向かって飛んでくる。
「……この泥棒、なんで生き延びていやがる……?」
私はそれを、よけずにまっすぐに扉へとかけながら。
否、勿論、当たった魔法もあるが、当然、効果はなかった。
だって、私が先ほどかけた魔法は__。
「さっきの風魔法も、当たらなかったぞっ!……まさか、無効化を使っていやがる!」
魔法警察のひとりが、その答えにたどり着いた時だった。
私の数メートル先に、扉が見え、私はその扉を大きくあけ放つ。
外に出たとたん、応援で呼ばれたであろう、魔法警察の足音がした。
たったった、と魔石でできたタイルを踏む、ブーツの音。私の逃走予定経路をたどっているそれは。きっと、ひとりで来たのだろう。…明らかに、こちらに分がある。
相手をしても、それほど、時間はかからないだろう、と。
私は逃走経路を駆ける。
「待って下さい……!」
廊下に出て、数歩、かけたところでその魔法警察の姿が見えた。
走り続けたことで乱れたであろう、銀髪のウルフカット。黄色の瞳は昨日の月を、思わせるような。
年は十六、十七、ぐらいだろうか。まるで絶対に私を倒すのだ、とでも言いたげなほど、憎々しげに瞳を細めて。
何かたいそうな、魔術具を持っているわけでもない。
武器だって、持っていない。
たた、と足を止めた彼は、軽蔑したような表情で私を見た。
「…できないよ。だって、私は__。」
しかし、その日ばかりは、様子が違った。
その魔法警察は、懐から魔法警察用の杖を出すと、
「貫け、氷の柱よ!___アイシクル・ドロップ!」
と。
足止め目的だろう。駆けていた私の数メートル前の天井に、氷のつららが現れ、まっすぐと落ちていく。
当然、私は足を止めることもなく。
確かに、何本もの氷柱は、私の体にあたった___ように思えた。
ががが、と。
丁度私が氷柱の落ちてきた地点を駆け抜けた直前だろう。
魔石のタイルにぶつかって、魔法警察の作った氷柱が砕ける音がした。
「ッ……!無効化!」
魔法警察が悔しそうな顔をして、再びこちらに杖を向けた。
否、正確には無効化、ではない。
私の魔法闇覚醒(エクサイテイション)は、私の能力を、通常まで引き出す技であり、魔法自体を無効化するそれとは少し違う。
ただ、その効果の範囲がとんでもなく広いだけで。
魔法の効果は私の魔力がMAXで、三十分ほど。その間、私は【本当の実力】を出すことができる。
たとえ猛毒にあったとしても、即死の呪いにかかったとしても。目が見えなくても。片腕がちぎれても。
それらをすべて無視して【本当の実力】__いつも通り、私の力をふるうことができる。
といっても、万能である無効化の魔法と違い、この魔法には欠点もある。
無効化されるあらゆる範囲が、魔法が発動している三十分間だけである事だ。
たとえば、この魔法を使っている最中に効能が速い猛毒にあった場合、三十分ほどはその毒の効果を免れるとはいえ、その間に解除薬なり、回復魔法なり、毒の効果を消すものを使う必要がある。そうでないと、魔法が切れたとたん、体中に毒が回る。
これは、さっきの即死の呪いもそうだ。
緑色の宝石を手にしたとたん、即死する呪いも結構危うい類だった。
もし、即死の呪いの効果が永続的だった場合、この魔法の効果が切れたとたん、私の命は終わるだろう。
たぶん、魔法警察の発言から見て、あの呪いの効果は突発的なもので、効果は永続じゃないのだろうけれど。
「魔法よ、全てのものを凍て尽くせ__アブソリュート・ゼロ。」
銀髪の魔法警察は、私が近づいてきても、動く気配を、見せず。
これならば、と私も呪文を唱えようとした瞬間だった。
足元が一期に凍りつき、床下から冷気が漂い始める。
銀髪の魔法警察の狙いは、これだったのだ。
足元を凍らせ、動きを封じる。
――が、当然、私には効くはずがない。
ざりり、と。
氷が割れる音と共に私の足は再び動き出す。
空間魔法すらも支配させない。
それが、私の魔法闇覚醒の真の強みだ。
「………。足元を練らっても、無駄、と。――いよいよ、本気を出すときが来ましたか。」
魔法警察が呟いた途端、魔法警察の半径数メートルまでせまった私は呪文を唱える。
「黒き闇、罪びとを滅ぼしけり__。プ・レーデル・フーゴッド・プロフッド・ティーネバー」
私の後ろに、無数の暗黒弾が出現する。
私の必殺技。この暗黒弾をコントロールして、敵にぶつけるものだ。
遠くからなら避けられるかもしれないが、この距離ならそれはまず、ない。
最高速度で暗黒弾を飛ばせば、魔法警察に逃場はないだろう。
私が勝ちを確信した、その瞬間だった。
「我と共に氷の牙を剥げ――フローズン・ウルフ!」
魔法警察の周囲に、氷で出来た狼が出現したのは。
数は合わせて6体ほど。
魔法警察の立っている床下に巨大な魔法陣があることから、これまでとは、規模の違う魔法だということが分かる。
氷でできた狼達は私に襲いかかろうと、立ちどころにこちらに向かって飛行する。
そのスピードは光速を思わせるほどで、しかし、私はそれらの狼を全て避けきった。
狼の動きを少しでも確認すれば、後は私に襲いかかるだけなのだから、自ずと狼たちが使う経路が分かる。
そういしたら、後は、私がそれらを避けきり、相手の魔力切れを待つだけだ。
相手が狼を魔法で動かしているか、それとも、狼が自動的に動いているのかは知らないが、この規模の魔法だとどちらにしろあまり長くは持たないだろう。
戦闘とは、頭脳の限界を競うものだ。
相手の手数をどれだけ読めるか。それで結末が決まる。
この勝負において、私は有利であるはずだった。
しかし、そこからが予想外だった。
銀髪の魔法警察は、氷の狼の上に飛び乗り、氷の狼を起点に跳躍し、私の元まで、手を伸ばす。
先生がくれた兵法書にはそんなこと書いていなく。
私はどうすればいいかわからず、咄嗟に動きが固まってしまい。
「な。」
魔法警察が、私の腕を掴み、手錠を掛ける。
一切の抵抗なしに、私の手が冷たい金属に触れる。
魔力の使いすぎで眠気が襲ってきたのだろうか。
そこで私の意識は途切れた。
◇◆◇
エミリー・フローレンは元々、どこにでもいるような正義感の強い学生であった。
魔法警察を志したのも、そのために職業学校に通うようになったのも、今とは違い、純粋な気持ちからであった。
その彼女をゆがめたのは、その道を謝ったのはいつどこであったか。
彼女自身、正確に覚えていない。
職業学校時代の休日に訪れた美術館で、元彼とめぐり合い、初恋をし、始めて正義以外の何かに本気になったことか。
その彼が、政敵とされ、現在の政府に消されたことか。
そして、そのことに魔法警察も関与していると知ったことか。
__否、機密捜査班の研修の最中、国の構造の全てを知ってしまった事か。
とにかく、純粋だった彼女は、いつの日か、その純粋を持ったまま狂気をはらみ、異端な行動を取るようになった。
__秘密裏に子供を監禁したり。
__その子供に、国の貴重品を盗ませたり
__それで得た力を利用して、魔法警察の構造を根本的に変えようとしたり。
ストッパーの利かなくなった彼女は、隠密に、次々と犯罪行為を犯すようになる。
かつて、自分が最も憎み、恨んでいた犯罪行為を。
サソリが犯行に出たのと、同じ夜、エミリーは窓の外を眺め、つぶやいた。
「……今夜は、おそいわね、サソリさんは……。」
盗みをサソリに行わせることは、単なる彼女の保身ではない。
否、確かに彼女の計画を秘密裏に遂行するためには、盗みをサソリに行わせなければならないのだが、それにはとある理由があった。
あの四つの宝石は、魔法警察も警備に携わっている。
同じ魔法警察で、顔が割れているエミリーが現場に赴いたら、一発でエミリーの正体がばれて、つかまってしまうだろう。
その点、サソリはいい駒だ。
資料を探ってみても、政敵の子供という欠点はあれど、そこまで政府にマークされているわけではなかった。おかげで魔法警察にも彼女の顔の情報はなく、サソリがあれだけ盗みを繰り返しても、そう簡単に素性は割れない。
両親がいなくなって、環境の悪いところに移り住んでからは、盗みを繰り返し、ただ日々を過ごしていた。それだって魔法警察のエミリーからすれば立派な犯罪行為だが、それ自体はスラムの子供たちによくあることであり、それもとりたてて魔法警察らがマークする理由にはならなかった。
おまけに、その行動のおかげで、もとから備わっていた、盗みのスキル。
少し洗脳させれば、したがって、彼女は思い通りに動いてくれた。
が、そんなサソリでも。
ここまで帰宅時間が長引くのは、初めてだ。
今までは、遅くても家を出て三時間以内に、エミリーの指定したモノをもって、家に帰ってきたサソリ。
その彼女がどうしたわけか、今日は家を出て六時間も帰ってこない。
「……でも、仕方ない、ですよね。」
窓辺をさわり、その顔に影を落とすエミリー。
「だって、四つ集めると、世界を支配できるといわれる宝石__そのうちの一つを、盗むのだから、難易度は、今までと桁違いです。」
エミリーにはある計画があった。
魔法警察の歪みにゆがんだ構造を__政府に癒着しているだけの今の構造を、壊して、魔法警察を純正なる組織にすること。
それには小国一つを破壊できるほどの力が必要だと考えられて。
手っ取り早いのが、伝説に伝わっている、四つの宝石だ。
国の四方にそれぞれ一つずつ、保管されているそれらを一か所に集めると、【運命を決める場所】に行くことができ、短時間ではあるが、世界のあらゆる事象を決めることができる。
その思想に理解を示さない部下は、たちどころに排除してきた。__降格なり、社会的な死亡、なり、中にはエミリーに逆らい殺された部下すらいる。
その犠牲は理解している。そして、それを理解したうえでエミリーには、自身は魔法警察をその犠牲以上によりよくできる、という自信があった。
強大な力を短期間で、求めるには、それなりに代償がいる。
それが、今四つの宝石を支配しているという魔法警察との戦いだ。
それすらも、エミリーには勝算が見えていた。
「……サソリさんは本気で特訓すれば先生より、強いのだから、魔法警察とバトることがあっても、そうそう負けることはないはず。」
保護してしばらくの間、彼女に言い渡す、【仕事】のために彼女に格闘技を教えていたころ、彼女に戦闘の才覚のようなものが感じられた。
一度教えたことは一発で覚え、その次に対戦するときには必ずそれを応用させ、エミリーを仰天させる。__ただし、その範疇は、戦闘に限る、が。
機密捜査班で猛特訓を受けたエミリーですら、命を失うことを覚悟した瞬間が何度もあったのだ。
彼女を機密捜査班で特訓させれば、戦闘に特化した桁違いの化け物が生まれることぐらい容易に予想できた。
だから彼女はこんな時でも心の奥底では、余裕の笑みを浮かべれていた。
たとえ、自分の手駒の行方が分からなくても。
必ず私に、勝機はある、と。
__一つ、手違いがあれば、魔法警察側にもその存在を秘匿された強力な手ごまがあった、ということ。
それにより、彼女の計画は大きく狂いだすことになる。
◇◆◇
気が付くと、冷たい場所に雑魚寝をしていた。
否、寝かされていた。
私の体の上にかけられているのは、薄汚れた毛布一枚。
両手には鉄の輪っかがつけられており、鎖によって、灰色の部屋の壁につけられていた。
それを牢屋、と認識してからは今までの記憶がフラッシュバックした。
緑色の獲物、手ごわかった銀髪の魔法警察。
……そういえば、つかまってしまったんだ。
悔しいとも、驚きとも、感じることなく、ただ、淡々とその事実を受け止めた。
私には、大切な信念といったものがないから、きっとこういう時、犯罪者は悔しがる、という知識を持っていてもそれを実行できないのだろう。
ずいぶんと寝ていたからだろう、こりかたまった腰をさすりながら、おきあがると少女の声が牢内にこだまする。
「大変だよ、ハスミちゃん、犯罪者が目覚めちゃった!」
「大変だね、ナナちゃん、看守さんに、報告しないと。」
声のする方を見ると、身長が同じくらいの、二人の少女がいた。
右のほうが、青色の髪に紫と青のオッドアイ。左のほうが、茶髪に、緑色の瞳。先にしゃべりだしたのは、茶髪の方だったはず。
私は鉄格子ごしに、二人をじー、と音がなるほど眺める。
「……」
「……っ。この、犯罪者!じろじろこっち見て……!ナニかなくても、法的措置に訴えるから!」
私の視線に気が付いたのだろう。
ナナちゃん、と呼ばれた少女は私をきっと、睨みつけてきた。
それでも、私はその瞳を閉じることはない。
ほかにしたいこともないし、それに、茶髪の少女のほうを見つめているとどこか、懐かしいような、もどかしいような気持ちが沸き上がる気がして。__この少女とは、知り合いではないはずなのに。
「……。」
「何か言ったらどうなの、犯罪者さん!……年下の少女の質問にもまともに答えられないなんて。」
びしり、と人差し指を私の目の前に突き出す少女。
そうといわれても、無口なのは、私の性質だと先生が言っていた。
「もしかして、何か企んでいるのね!……お手伝い屋の私たちの前で、これ以上悪いことしちゃ、許さないんだからね!」
__お姉ちゃんは、悪いことしちゃ、許さないから!
少女がそう言ったとたん、頭の中のある記憶と、少女の声が重なった。
もう二度と思いだすことのないだろうと思われた、私の過去の記憶。
妹が、いつの日か、私にかけた言葉。そのきっかけも、もう思い出せないけれど。
目の前の少女の声は、確かに記憶の中の妹の声とそっくりで。
そういえば、私の妹は、目の前の少女と同じ茶髪で、緑色の瞳をしていた。
そして、妹の名前は『ナナ』だった。
今の今までどうして忘れていたか不思議だが、目の前の少女は記憶の妹そっくりで。
そこまで思い出した瞬間、私の見ている景色に、色が付いた。
何もなかったはずの人生に、失ったはずの大切なものがあったら。人はきっと、希望も、生気も取り戻すのだろう。
私はよろよろ、と鉄格子に向かって這うように歩きながら。
「ナナちゃん……?ナナちゃん、なの…?」
のどから出た声は想像より、ずっと弱弱しく。
けれど、私は彼女に向かって手を伸ばして。
「っ?!ちょ、いきなり何こっち来ているんですか!」
ナナは私から慌てて離れる。
「何って……私たち、姉妹じゃない。」
記憶の中で、私になついていたはずの妹は、こちらにいぶかしげな視線を向けて。
私はそれにひるむことなく、ナナを見つめ続けた。
ただ、彼女の了承が欲しかった。
私たちは、姉妹である、と。
何も生きる希望のない私にも、唯一残された希望がある、と。
それさえ得られれば、私は彼女から罵られようが、蹴られようが、かまわない。__姉妹の関係なんて、どちらかの命が終わらない限り、何時でもやり直せるのだから。
しかし、目の前の少女は違った。
「三日も昏睡し続けて、気でも狂ったんじゃないですか?」
と、深いため息をついて。
そして、それ以上何も、言葉にすることもなく。
その行動が、全てを物語っていた。
私と彼女は姉妹でない、と。
希望が打ち砕かれた現実から、逃げるように私はもう一人の少女のほうを見る。
青色の髪の少女__ハスミ、と呼ばれていたように思う、__は、ナナがこちらに突っかかってきてから、おろおろとした表情で、こちらを見ていて。
不意に、少女はこちらに駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい。ナナちゃん、ああはいっているけれど、悪い子じゃないんだ。……貴方がちょっとおかしな行動をするから、多分、警戒心を持っちゃっただけで。」
ひそひそとした、小さな声で。
……ていうか、今何気に私の行動が奇抜だという意見が入っていた気がするのだが。
ハスミは眉を下げ、困ったような表情で続けた。
「……えっと、言いにくいんだけれど、ナナちゃんは貴方の妹じゃないと思う。」
「……え?」
「ナナちゃんはね、三年前、記憶を全くない状態で、スラムを彷徨っていたの。自分の名前も、どこから来たかも分からなくて。」
ハスミの声のトーンが元の大きさに戻る。
ナナのほうを見ると、彼女は少しドヤっていた。
「えっへん。文字も常識もわからない私を一からハスミちゃんが教えてくれたんだよ。すごいでしょ、ハスミちゃん。」
「だから、名前も私が付けたし。……人違いなんじゃないかな……?」
常識や、文字すらも知らない少女。
姿かたちや声質は、妹に似ているが、名前が同じだったのは、たまたまで。
私がハスミの言葉に反応できないでいると、ナナがハスミの肩をたたいた。
「ね、ハスミちゃん、看守さんに報告、まだだったよね。今一緒にいこ。」
「あ、うん、そうだね。」
ハスミがうなずき、二人は体の向きを変えた。
「犯罪者はここで待っていてね。」
ナナが、私のほうを見、再度声をかける。
その後、ハスミのほうを見ると、なにやら会話をしながら看守がいると思われる方向に歩いて行った。
その姿が小さくなっていくのを感じながら、私は見ている景色が灰色に戻りかけていくのを感じた。
ほんの少し、抱きかけていた希望は、無残に四散し。
ただ、そんな中、私の中に、ナナちゃんはまだ、生きているかも知れないという期待が、僅かながら、あった。
茶色の髪の彼女は私の妹ではなかったけれど。
この小さな国に、あれほど妹に似ている人がいるのなら、妹を見つけることはたやすいかもしれない、というバカらしい発想。
それでも私はその希望を捨てきることができずに。
「牢屋からでて、みようかな……。」
いつか、この牢屋からでて、ナナちゃんを見つけ出してみたい、と。
現時点で私は手を鎖につながれていて、自由に動かせないわけで。体は自由に動かせるが、鉄格子を壊したりすることはできない。となると、出られるのは、刑期が終わるずっと先になる。そしておそらく、私は魔法警察が複数人がかりで警備しなければいけないようなものを盗んでしまったため、そう短い刑期にはならないはずだ。
……気の遠くなるほど、長い時間をここで過ごすのか。
せめて、自由に動かせるからだなどを使って、牢の裏口でも見つけられればいいのだけれど。
そう考え、体を動かした、瞬間だった。
犯行当時に着ていたスカートのポケットから赤色の小さな宝石が、零れ落ちたのは。
禍々しいほど赤色に発光するそれは、犯行時には、確かに持っていなかったもので。
誰かが私のポケットにこっそりといれたのだろうか?それとも、もともとここにあった、とか。
正体不明の宝石をもっと近くで見ようと体制を変えると、脚が当たったのだろう。
からころりと宝石は転がって、私の手枷と壁をつなぐ鎖にぶつかり、そのとたん、宝石にあたった、鎖の部分が蒸発した。
とたん、壁と手枷をつなぐ鎖がちぎれ、私は自由に立ち上がれるようになる。
「……!」
もしかして、という期待を込めて、私は手枷の部分を赤い色の宝石に押し当てた。
予想通り、両手をつないでいた連結部分は蒸発し、私の手には、金属の枠の部分だけが残った。
__この宝石は、どういうわけか、触れた金属を溶かす性質を持っているらしい。
そして、今は見張りがいないから、この宝石の性質を知っているのは私だけで。
「これなら、脱出できる……!」
宝石を持ち、立ち上がりながら目の前の鉄格子を見据えた。
一寸先には、ナナちゃんと再会して、笑っている自分の顔が見えるような気がした。
◇◆◇
エミリー・フローレンがその少女にあったのは、三年前、とあるスラム街での事だった。
当時、魔法警察のシステムを崩壊させるために闇市で様々な魔道具を集めていた彼女は、その帰り道、自分の魔道具を逃げ足の速い少女に盗まれたのだ。
幸い、彼女は魔法警察の機密捜査班で、逃げ足の速い罪人を追うのにはなれていた。
路地のあちこちの隙間にこざかしく身を隠す彼女を探し、一時間に及ぶ攻防の末、エミリーは薄汚れた少女の、腕をつかんだ。
エミリーの顔を見て、何かを悟ったのだろう。盗んだ魔術具をエミリーに返し、
少女の瞳には、何も映っていなかった。
感情も、希望も、目の前に立っているエミリーさえも。
__少女は、絶望に浸っていた。
少し前にわけもなく両親が消えて、妹も姿を消した、と。
それ以降、ヤケになってずっと盗みをしている、と。
いけないことだと分かっているのに、どうしても止める踏ん切りがつかない、と。
全て、少女と会話をしているうちに得た情報だ。
エミリーは少女と関わっていくうちに、少女を利用することを思いついた。
何の希望もないため、エミリーの思想を押し付けやすく、盗みを常習的に行っていたので、すでにその技量は備わっている、と。
実際、魔法警察を壊すために、様々な道具を盗んでくれる人材が欲しかったエミリーにとって、願ってもみないことだった。
エミリーはその日のうちに少女__サソリ・クラークを家に連れて帰り、彼女の記憶を操作し始めた。
少女の持っている良心の軸となる家族との記憶は、ほとんど消して。
そのほかにも、彼女が長年培った一般常識や、癖など、少しでも自身の思想の邪魔になりそうなものは消していく。
結果的にサソリは、記憶がほとんどなく、エミリーとも口をきこうとしない人形のような状態になってしまったが、その方がエミリーにとっては都合がよかった。
エミリーに【純粋】にさせられたサソリは、【盗み】の技量を持ったまま、エミリーの指示通りに動き、【仕事】を達成する。
エミリーの理想とした関係が、そこにはあったのだから。
もちろん、ミュトリス学園で教師としての職務についているとき、サソリを放置させていては、サソリに余計な知識が付いて、自身に従わなくなるかもしれない。
それを防ぐため、サソリは学校に通わせず、エミリーが外出しているときは__否、家にいる時ですら、エミリーの指示がないときは、自室から出ないように言い聞かせた。
部屋にこもりっきりになることで、運動能力が多少落ちるが、仕方がない。彼女には戦闘の才能があったし、コマが思い通りに動くに越したことはないのだから。
エミリーにとって、サソリは何時だって、完璧な教え子だった。
__完璧に、指示を遂行する教え子だった。
エミリーは、サソリが自身の指示以外の行動をする所を見たことがない。
そして今だって、サソリが自分に逆らうなんて露ほども思っていない。
◇◆◇
カンカン、カンカン、と、祭りの喧騒の中、鐘の鳴る音がする。
辺りは例年通り、ひとでごった返しており、前を見ても後ろを見ても、ひたすらに屋台が立ち並ぶ。
年に一回、ファンティサール恒例行事のお祭りが、今年もやってきた。
ただ一つ、例年と違うことがあれば、屋台の端の方に、魔法警察の人たちがたっていて、魔道具を使って、声を張り上げていることだろう。
「えー、速報です。ただいま、北のフェルー刑務所から重罪人が脱走しました!」「重罪人はただいま、逃走中です!」「不審な人物を見かけた方は至急魔法警察まで連絡していただきたく!」
あたりの喧騒も、例年なら、屋台の食べ物のことについての話題だったはずなのに、今年は魔法警察が話している【重罪人】に関するもので。
「じゅうざいにんかぁー。一体どんな罪を犯した人なんだろう。」
私__アデリ・シロノワールは、そんな声を出しながら、屋台が並ぶ道を例年のように歩いていた。
屋台のランタンも、うっすら暗くなり、夜の気配がしてきた夕焼け空も、いつものことのはずなのに、重罪人、という言葉だけが違和感が残る。
まるで、異次元に飛ばされたような浮遊感の残る言葉。
私の住んでいる地域は比較的治安が良くて、犯罪もそうそう起こらない。だから、この言葉も一生耳になじむことがないだろう。
……それにしても。
「……なんでよりによってアクセサリーの納品日とお祭りの日を間違えるかなー、私。お陰で今年はひとりで回らなきゃいけないじゃん。」
私にとっては、犯罪うんぬんより、こちらの方がよほど重要な問題な気もする。
収入源である、魔鉱石のアクセサリーの納品日が、この祭りの日の一日前。
カレンダーを見間違えた私は、お祭りの日を一日前だと勘違いして、誘ってきた友達全員に片っ端からお断りを入れた。
しかし、その間違いに気が付いたのは、魔鉱石のアクセサリーの納品が終わった、昨日の夜。今更誰かを誘うことはできず、今に至る。
「ま!いっか~!ぶらぶら歩いていれば、そのうち知り合いに会えるもんね。」
脳を渦巻いていた悩みを吹き飛ばし、再びお祭りの屋台に目を移す。
ポジティブ・シンキングは私の長所だ。
「あ、黒リンゴ飴発見!久々に買っちゃおっかな~。」
財布を取り出した、その時だった。
たったった、と、後ろから足音が聞こえたのは。
振り返ると、後ろから、必死の形相で走って来る女の子がいて。
いつもならすぐにどくことができるのに、その日はお祭りで人がたくさんいたため、うまくよけることができなかった。
女の子の方も、事情は知らないけれど、あれだけ必死に走っていたのだろう。当然、前など注意しているはずもなく。
ドン、と私たちは思いっきりぶつかった。
よけることもできなく、そのまま突っ立っていたからだろう。私の体は思いっきり地面にぶつかった。
私の財布とつけていたブローチが地面に落ち、私は立ち上がり、慌ててそれを拾い上げる。
いてて、と転んだ時にぶつけたお尻をさすりながら、私は女の子のほうに向き直った。
「君、大丈夫?」
紫色の髪を伸ばしたままの女の子は、しばらく呆然と、私のほうを見つめていた。
黄色の瞳に、なぜかうすよごれている黒のワンピース。吊り上がった眉が印象的な子だった。
十秒ほど、しただろうか。
女の子は、不意に立ち上がり、私の手を持った。
「私と__連れのフリをしてくれない?」
「ふ、ふえ?」
そしてこれが、事の発端となった。
◇◆◇
完全に予想外だった。
牢屋を抜けたところまでは、まだ、良かった。
なにが、いけなかったって、こんなに早く魔法警察が追ってくると予想しなかったことだ。
私の不在に気がついたのだろう、魔法警察は私が牢の建物をでた十分後には、すでに捜索を開始していた。
否、本当は手枷が壊れると魔法警察に連絡が行く魔法がかけられていたのかもしれないが、この際それはどうでもいい。
とにかく、私の今すべきことは魔法警察に気づかれないよう、家までかえることだ。
緑色の宝石は……今回は諦めるとしよう。
順当なら、元の場所に戻っているはずだし。私は
…帰ったら、先生に宝石を盗めなかったことを報告しなければ、いけないのか。
先生に怒られるのが怖いというわけでも、報告をするのが悔しいというわけでもない。
ただ、先生の指示した以上、従うことは絶対で、従わないことはなんか違うと感じる。
「ねーねー!サソリちゃん。さっきからずっと黙り込んでいるけれど、どうしたの、考え事?」
隣から元気な声が飛んできた。
振り向くと、濃い茶色の髪に、青みがかった灰色の少女がブイサインをする。
アデリ・シロノワール。今回、私が協力を求めた人物だ。
「分類が難しいけれど、最低限生存に必要なライン以上に思考能力を使ったから、多分これは考え事。」
「うへぇー。サソリちゃんの言っていること、堅苦しいよお……。サソリちゃんも固くせずお祭り楽しんじゃえばいいのに。」
魔法警察に追われるにあたって、なんの対策もなしな訳が無い。これでも今まで数々の【仕事】をこなしてきたんだ。
追われている時に逃げる術も、隠れるすべも、一通り知ってはいる、つもりである。
今回使ったのは、その技の一つ『思い込みを利用する作戦』だ。
魔法警察は私を追うにあたって、全員が全員私の顔を詳しく知っているわけじゃないと思う。たぶん、共有されている情報は、『紫色のロングヘアー』、『ツリ目』『単独犯』という情報ぐらいだろう。
それを、逆に利用させてもらう。魔法警察は単独犯を狙って探しているのだからどうしても一人の人を重点的に注目してしまうし、複数人で過ごしている人の捜査は、手間がかかる分、雑になったり、後回しになる。
たくさんの人が集まっている場所なら、なおさらだ。私は魔法警察から逃れるためにこの少女、アデリと友達であるフリをすることにした。
「ねーね!サソリちゃんはさー、兄妹とかいるの?好きな食べ物は?学校はどこいってんの?」
……それにしても、なんだろう。
アデリは、素直っていうか、無邪鬼っていうか、子供っぽいっていうか。
私と同じぐらいの歳のはずなのに、私と、随分違った価値観を持っていることが伺える。
「全部企業秘密だから。勝手に想像しなよ。」
「え、そう?そういえば、今日どれぐらいお金持ってきたの?目当ての屋台とかある?私射的得意なんだ!このあと見せてあげる!」
私に向けられる純粋な笑顔は、きっと人を騙すなんてこと考えたこともない人がするもので。
その顔を見るたび、私はこの人を騙そうとしている、という現実を突きつけられる。
別に彼女を騙すのに罪悪感があるわけじゃない。そんなものは魔法警察を散々騙している時点で、四散していると言ってもいい。
ただ、こちら側からみて気がつくこととして、私と彼女の間には価値観による決定的に大きな壁があって、きっとその壁を超えて彼女とわかり合うことは無いように思える。
アデリ・シロノワールはキョロキョロと、せわしなく首を動かし、お祭りのさまざまな屋台を眺めることを楽しんでいて。不意に、彼女が一点に、視線を集中させた。
その先には、手のひらサイズの魔術具と思われる物を持った水色の髪の少女が辺りを見回していた。
見回していた、といってもアデリのようにお祭りそのものを楽しんでいた、という感じではなく、どちらかというと、何かに迷っている雰囲気すらある。
アデリが少女の方を指さした。
「あっ!あれ、ロカちゃんじゃない?」
「ロカ…?誰、それ。」
アデリの友達だろうか。
「ファンティサールを治めている領主の娘のこ。同じ学校に通っていて、魔術大会の開式のスピーチとか、担当してるんだ!ちなみに、私とは面識がないから一方的な知り合い。」
「…よく友達みたいなノリでよべるね。」
「話しかけて見ようよ!…おーい!ロカちゃーん!」
私の突込みには反応せず、アデリはロカと呼ばれた少女に対し、手を上げる。
……なんていうか、破天荒、っていうか。
アデリに名前を呼ばれたロカは困惑した表情で私たちの方を見つめてきた。
「……えっと、どなた、でしょうか。」
アデリはそんなロカの前にぴょんと飛んでいき、軽くウィンクした。
アデリの茶色くカールした髪が跳ねる。
「はじめまして!私はアデリ・シロノワール。君と同じ、ミュトリス学園の三年生なんだ!よろしくね!」
「…は、はあ…。」
あいまいな表情で答えるロカ。アデリとの温度差がすごい。
それとも、本当の人間関係はこのように、グイグイと責めるべきなのだろうか。
それに関する記憶がほとんどないので何とも言えないが。
「あ!こっちはサソリちゃんだよっ!仲良くしてねっ!」
アデリが、不意にこちらを指さした。
「……はい。」
ロカは、それにも驚くことなく、ただ、うなずいて。
「サソリちゃん!サソリちゃんもこっちおいでよ!」
アデリが私を引っ張ってきた。
「それで、今は何していたの?」
アデリに尋ねられたとたん、ロカは数秒、目を泳がせた。
…もしかして、あまり口外しにくい事情だろうか。
「えっと、これはここだけの話なんですけれど、」
「何々?」
目をキラキラ輝かせるアデリ。なんか、翌日周囲の人間に話を漏らしそうな雰囲気すらある。
「最近、ファンティサールの土地全体の魔力が減っていて。特に顕著なのが、いま祭りが開かれている場所なんです。で、もしかしたらこの場所に原因の何かがあるのではないかと、今調査をしていて。」
「え?それって、かなりやばい感じ?」
「次期当主さんがが直々にそれしている時点で相当やばいと思うけれど。」
……ていうか、そもそも次期当主って一体何なんだろう。
アデリも迷うことなく口にしている単語だから、きっとこの地方に住んでいる人たちにとってはなじみの深い言葉なのだろう。
普通の人たちよりかは上のくらいだってことは憶測できるが
「えっ、そうなのっ??」
驚いたのか、アデリの声のトーンが大になる。
「えっと、アデリ先輩、これ、機密事項なんで、静かにして下さい。」
ロカが口元に指を添えた。
「ごめん、ごめん。」
アデリは反省しているのかあいまいな苦笑いを浮かべ、ぽりぽりと頭を掻いた。
「……でも、いいの?今日、お祭りだよ?他の日にすることなんて、できなかったのかなぁ。」
アデリがそういうと、微笑んでいたロカの表情が、ほんの少し、暗くなった。否、微笑みが、少し、固まった。
「……普段は用事などで予定が詰まっていますから。これぐらいしか、時間が開く時がなくて。」
その言葉の裏に、彼女のどのような本音が隠されているかわからない。
まして、出会ってそれほどもない、私なら。
それでも、アデリもその表情から、何かを察しとったようで。
「……そっか。」
と、だけつぶやいて、そのあとは黙ってしまった。
「………。」
私も、ロカに対し何と声をかけるべきかわからず、黙ってしまう。
私たち三人の間には奇妙な沈黙が広がり。
それを、パン、という手拍子の音で破ったのは、アデリだった。
「…そうだ!せっかくだし、ちょっとだけ一緒に、回ろうよ、お祭り!」
「!?」
突然の提案に、ロカと私は目を瞬かせる。
そんな私たちに構わず、アデリは思いっきり腕を広げる。
「屋台とか、結構見ているだけでも楽しいし!」
じゃ、行こ、とロカの手を取った。
「あ、ちょっと……。」
「調査もついでに済ませちゃってさ。」
ロカに向かって、ウィンクするアデリ。
もしかして、彼女なりに、忙しくて遊べないロカを気遣ったのかもしれない、と。
彼女に手を取られながらも、祭りの興を楽しむロカを見て、考察する。
アデリは四肢全身を使って、祭りを楽しんでいるようで。ロカも、ぎこちないながらもこの時間を楽しもうとしているのが、分かった。
「あ!見てみて、このキーホルダーかわいい!買っちゃお。二人は買わないのー?……あ、このぬいぐるみ、かっこいいじゃん!」
と、屋台の中からアデリの声がする。
……今までの言動でうすうす気が付いていたけれど、ずいぶんと破天荒な人なんだと思う。
呆れた顔をしているロカのもとへ行った。
「なんか……よくこの人お小遣い使い切らないって思ってしまうわ……。」
ため息をつきながら、ロカがつぶやいた。
「?そう、これが普通の感覚じゃないの?」
三年前からほとんど先生が与えた部屋で暮らしていて、外出も仕事以外にしていなかった私は、お金の単位や価値が分からない。
「?あら、そうなのかしら。」
きょとん、とくびを傾げるロカ。
もしかして、彼女もあまりものを知らないのか。
「ロカはキーホルダーとか、買わないの?」
「ええ。元々遊ぶ予定ではなかったわ。だからお金は持ってきていないの。」
ロカが苦笑すると、その眼鏡越しに、彼女の瞳の奥が見えた。
紫色の、綺麗だが、少し濁った瞳。
……いつの日か、先生に与えられた鏡で見た、私の目と同じだと思った。
おんなじに、何かを、諦めている。
……彼女もまた、私と同じように何かに縛られているのだろう。
「……。」
「サソリちゃん、って言ったわよね。」
ロカは、顔を少しこちらからそらして。
まるで話しにくい話でもこれから行うかのように。
「…貴方を見ていると、なんだか懐かしい思い出を思い出すの。次期当主としての仕事に追われてひとり、不安だったけれど。貴方を見たら少し、安心したわ。」
「……あなたは、」
彼女のことはよく知らないけれど、なぜか、聞いてはいけない話を聞いてしまった気がして。
私は彼女のほうに手を伸ばしかけ、やめた。
よくよく考えれば、私が彼女を知る理由なんて、何もないからだ。
私は自身の保身のため、アデリと一時的に友達という設定で、過ごしていて。彼女がアデリとどういう関係になろうが、私がアデリとの関係を切ったら、彼女との関係すらも着れてしまうからで。
「急に、変よね…。次期当主として、しっかりしなきゃいけないのに。」
困ったように笑うロカ。
その背中は思ったより小さく、さみしそうで。
ロカは、屋台の中にいるアデリと私に声をかけた。
「シロノワール先輩、サソリちゃん、今日は楽しかったです。私はこの祭りが終わるまでに探知を完了させなきゃいけないから、ここでお別れですけれど。」
と、小さくお辞儀をして。
「また学校で、仲良くしましょう。」
そういって、ロカが屋台から離れようとした時だった。
アデリが声を上げて、ロカの手を掴んだ。
「あ!そうだ、これ。」
足を止めるロカ。
アデリのもう片方の手には、キラキラと光る何かがあって。
私は、もう片方の手に目を凝らした。
「ロカちゃんとサソリちゃんの分も買ってきたんだ!よければ使ってよ。」
そんな声と共に、アデリはその手を広げ、手に握っていたものを見せる。
それは、キラキラと光る、夜空をモチーフにしたストラップだった。
数は三つあり、リボンの色はそれぞれ、オレンジ色、水色、紫色、と色違いで。
二人を想像して選んだんだ、とアデリは笑いながら、ロカと私、それぞれに手渡した。
「いいんですか。ありがとうございます。」
「……ありがとう、アデリ。」
人間関係の記憶なんて、ほとんどないけれど、いつの日か、もらいものをしたらお礼をする、と先生に教えられた記憶がある。
ぜんぜん、と笑うアデリから、そのストラップを受け取り、まじまじとそれを見る。
夜空をモチーフにした球形それは、不思議な質感と量感を感じられて。
普段、先生以外からモノを受け取ったことのない私はたいそう不思議な気持ちだった。
「……それじゃあ、私は本当にこれで失礼します。」
もう一度、こちらに頭を下げた少女に。
「ロカちゃん。」
アデリ・シロノワールは声をかけた。
「これからも、仲良くしようね。」
そう言って、えへへ、と彼女は笑った。
それからも、私たちは屋台を見物しながら祭りの中を歩いた。
アデリに連れられて、骨董市に行ったり、魔法芸を見たり。
お祭りは、先生のところにいた時には経験できなかったことがたくさん経験出来て、新鮮な体験だったと思う。
ところで__二度あることは、三度ある、という言葉はご存じだろうか。
つまり、同じようなことは何回も繰り返される、という意味だが、つまるところ、そういうわけだ。
私、サソリ・クラークと、同行していたアデリ・シロノワールは本日二回目、祭りで人にぶつかってしまった。
「…っ。」
ドン、という鈍い音と共に、
横並びで歩いていた私たちは前方から衝撃を受けて、地面に突き飛ばされた。
打ち付けた背中が黄色い悲鳴をあげている。
前方不注意だ。アデリと一緒に、他の屋台によそ見をしていたのが悪かったのだろう。
いたた、と頭を掻くアデリ。
私たちはゆっくりと、ぶつかった先の人物を見上げて。
「おい、お嬢ちゃん、今、よくもぶつかってくれたな?アアン?」
と。
いかにもガタイがよく、腕にバラの仰々しい刺青がしてある強面の男性は、不機嫌そうに私とアデリを見下ろしてきた。
「あ、ええっと、ごめんなさい。」
慌てて謝るアデリ。
……こういう時は、一緒に謝るべきなのだろうか。
先生はそういう事は教えてくれなかった。
それに、自分が間違っていると自覚している人ほど高圧的な態度を取りやすいとも先生は言っていた。
「……見るからに不機嫌そうなんで、謝ればいいですか?」
男は眉をしかめて舌打ちをした。
「ああ?ガキが生意気な態度取りやがって。いいぜ。五十万ガルンで見逃してやるよ。」
「……ぶつかったのだって、半分は貴方の不注意だったくせに。」
三年ほど前から先生の家で暮らしていて、社会的なあれこれは未経験なので、金額のことはよくわからなったが、男が場違いで不条理な論を展開していることだけは分かった。
「ああっ?ガキのくせに、いちいち癪に障る言い方だな。分かってんのか。払えなかったら。おれはよお〜マフィア・ローゼンとも繋がりがあるんだ。払えなかったら、どんな目に合うのかな〜。」
にやにやと下衆な笑いをする男。
「ひっひいっ〜!」
アデリは顔を青くした後、私のほうを見た。
「サソリちゃん、私、マフィア・ローゼン知っている!巷で噂のチンピラって人で、借金払わないと、借金の分、無賃労働させられる奴隷にされるんだって。」
ものすごい勢いでまくし立てるアデリ。
それだけで、世間というものに疎い私でも、目の前の男がヤバい人種で、五十万ガルンがかなりの大きい金額だというのが理解できた。
ようやく、形式だけでも謝っておいた方がいい、という結論に至った私は慌てて頭を下げた。
「…生意気な口を聞いて、すみませんでした。」
「…で、できるだけ何でもするので、どうかお金だけは……五十万ガルンなんて、一年以上待たないとてにはいらないんです…。」
「おおっと。泣き落としは聞かねぇよ。……今すぐさっさと金をよこしな。」
力技で私たちをどうにかさせようとしたいのだろう。
男はボキボキと腕を鳴らし始める。
身長二メートルほどある男の醸し出す雰囲気に、アデリはたじたじしていて。私は、そいつを一発くらわすために魔法を使おうとして、手の状態がおかしいことに気が付いた。
魔力が集まる感覚がしない。
……そういえば、牢で見た二人の少女は、私が三日間、寝たきりになっていたといっていた。
あれほど派手な戦闘をした後に体を痛めるような休み方をしたら魔力が完全回復しないのも無理ないかもしれない。
緊迫とした空気は、その間にも私たちの中に漂い続けていて。
その空気に、冷静な声がひびを入れる。
「やめて下さい。」
「んあ?ガキが、よくもオレに堂々と、」
私たちの方を見た男。
よくとおる、やや高い少年の声。
その声の主が私たちでないことに気が付いて、男の顔に驚きが走った。
__お前らじゃないんなら、じゃあ、誰が言ったんだ、と。
「やめてくださいって、言っているでしょ。」
男の背後__私たちの後ろに、黒の革の網ブーツが見えた。
それがその声の主だと、私たちは瞬時に理解する。
その人たち、迷惑そうにしているでしょ、とその声の主が言った。
不機嫌そうに、男が振り返る。
「……ああ、お前、だれだあ?いきなり割り込みやがって………っぷ?」
男は言葉のすべてを言いきることはできなかった。なぜなら、その前に腹を__急所を、傘に指されてしまったからだ。
その、閃光のような傘さばきに。
男は唾を飛ばしながら、瞬く前に白目をむいて地面に倒れる。
「……だから、やめたほうがいいって言ったのに。」
飽きれたように、その声の人物は言った。
月明かりに照らされた灰色の髪に、黄金の瞳。
ターコイズ色の帽子に不思議な形の眼鏡をしているその少年は、眉を下げて、
「えーと、君たち、絡まれていたようだけれど、大丈夫だった?」
と。
少年、といってもその顔はやや女性的でもあってどちらかというと全体的にいえば中世的な人物だと思った。
ぴょん、とアデリが目を輝かせたまま、その少年のほうに近づいた。
「助けてくれて、さっきの傘さばき、カッコよかったよ!」
ぶんぶんと手を振りながら興奮を説明するアデリ。
その圧に気おされている少年との温度差がすごい。
「…えっと、ありが…と?そういえば、貴方は?」
「……僕はポンド。ポンド・クロネージュどこにでもいる、しがない旅人だよ!」
そういって、ポンドは腕を広げた。
数分後。
私たちは、ポンドの傘で倒れた男性をおいて再び屋台の中を歩き出した。
アデリが男性を放置していくことを心配していたが、その点においては心配がいらないらしい。
ポンド曰く、『弱者にたかるやつらは山ほどいる』らしく、『今は冬じゃないし、ちょっとぐらい夜風に吹かれて反省してもらったほうがいいかも』らしい。
……ポンドは結構割り切った価値観をしていると思う。
「いやー、間一髪ってところだったよー。ああいう奴ら、たちが悪くてさ。」
屋台の喧騒の中、ポンドは苦笑する。
「え、マジ、そんなにヤバかったの?」
「うん。あいつ、腕に薔薇の紋章が入っていたでしょ?マフィア・ローゼンっていうんだけれどさ。……まあ、その人たちに人格者はいないと思っておいたほうが、身のためだね!」
マフィアという謎単語を出したポンド。
文脈からして……犯罪者組織ってことなのだろうか。
「……そういえば、聞いていなかったんだけれどさ、君たちの名前を聞いてもいいかな?」
「私、アデリ・シロノワール!」
「……サソリ。」
別に苗字まで名乗る必要性を感じれなかったため、名前だけ名乗る形になった。
「そっか。よろしくね!」
金色の瞳を大きく見開いていうポンド。
それ以上何も言うことなく、彼は私たちについてきた。
__何も話すことなく。
「…あれ、ポンド、なんでずっと付いてくるの?私やアデリと初対面なのに。」
何か話すことがあるのなら、まだ納得できるけれど。
初対面のアデリですら、私と友達のフリをするために話しかけてきたのだから。私やアデリとも友達でもなんでもないポンドが何も話さず、私たちの後を流れでついてくるのは不自然な動きに見えた。
私の指摘が図星だったのだろう。
ポンドは目を泳がせながら、首の裏に手をやった。
「?い、いやー。気づかれたなら仕方がないけれど、ちょ、それには深いわけがありまして……。」
「?」
ポンドはいきなり深くお辞儀した後、
「今夜、どっちかの家で泊めてくださあああいっ!」
と、大声で。
「…いやー、祭りの準備が始まったから、一時期はどうなることかと思ってね。」
ぽりぽりと、頭を書くポンド。
あの後、話し合いの末、ポンドは今夜、アデリのアパートに泊まることになったという。(というかそもそも、私の家は先生がポンドを泊めることを許しそうにないし、実質的にアデリの家一択なのだけれど。)
話を聞くと、二週間ほど前、この国に来て、この空き地を見つけ野宿をしていたのだが、一週間ほど前から祭りの準備が始まって何とか寝床を屋台などがおかれていない場所に移動しつつ対処したけれど、お祭りの当日は人が多くて、寝床となるほどのスペースの空地も確保できないと。
それで、今晩、泊めてくれる人を探していた、と。
そんな時にガラの悪そうな男に絡まれている私たちを見つけたそうだ。
「…あー、ぼくがちょっと性別が性別だからいいだしずらかったけれど、快く了承してもらえて良かったよ。」
私たちと並んで歩くポンドの背には、先ほど使った緑色の傘がつけられていて。
「私でよかったら大歓迎だよ!誰かと一緒にお泊り会するの、楽しみだし!」
ポンドに向かってVサインを出すアデリ。それはそうとて、私はポンドの性別がどうこうの話のほうが気になったが。
「言い出しずらいとは。」
「あー、ほら、ぼく、こうじゃん?」
「「?」」
自信を指さすポンドに、私たちはただ、首をかしげて。
そんな私たちの様子に、ポンドは呆れたような表情をした。
「……はぁ。すぐその思考に結びつかないってことは。平和なのか、危機感がないのか。」
ぼく以外だったら、危なかったかもねー、と。
苦笑しながらポンドは言った。
「…二人はさ、一緒に回っているってことは、友達なの?」
「うん!だよね。」
「……そう、だね。」
即答するアデリに、答えに詰まる私。
私たちは仮初の関係であって、それはこの一夜限りのことで。
友達という概念も、私の中ではいまだに解せないままだった。
「でもなんで急にそんな事聞いたの?」
「いや、二人ともノリが違いすぎたからさ。ちょっと、疑問に思って。」
ノリの悪さを怪しまれたのか。
魔法警察の目を欺くために、アデリと友達のふりをしているのに。これじゃあ、本末転倒だ。反省、反省。
「そんなことより!ポンド君の服って、ここらじゃあまり見ないんだけれど、どこから来たの?」
空気を読んだのか、それとも興味本位か。
アデリがポンドの服に話題を移す。
「ああ、ぼくはここじゃなくて、大陸の出身だから。服もそこで買ったものをずっと使っているんだ。」
「いいなー。服、かっこいいなー。」
「えへへ。それほどでも。」
と、いう割には鼻の下が伸びている気がするのは、気のせいだろうか。
「あっ、ボストンバッグの中に予備の服もあるんだけれど、そっちも見ていく?」
「え、ほんと?見たいみたい!」
アデリに促され、手持ちのボストンバッグを開くポンド。
ふと、何を思ったのか、視線を私のほうに向けた。
「……それにしても、サソリちゃん、君からは不思議な雰囲気がするよ。」
ポンドが、私の顔をまじまじと見て、そういった。
刹那、私もポンドの瞳を見返す。
ポンドの瞳は、先生の瞳と同じように澄んでいて、ああ、この人も私が知らない何かを見透かしているのだろう、と思った。
でも、ポンドの瞳は先生の瞳よりずっと温かい色をしていて。
不思議と、鋭い刃物のような雰囲気を持つ先生の瞳とは違う種類であることを理解した。
「え?雰囲気?どこ?どこ?」
アデリが私のほうをきょろきょろとみるが、そんなものは見受けられないらしく。
私も実際、心当たりがなかった。
「…ああ、アデリちゃんたちは分からないんだ。いいんだ、分からないままに越したことはないんだよね。」
苦笑したその瞳には、小さい子供を見守るような、困ったような、複雑な感情の色が映っていて。ポンドは再びボストンバッグに視線を戻し、予備の服を一枚、二枚、見せ始める。
服が出るたびに大きな反応をするアデリ。
ポンドが服をボストンバッグに戻した後、ポンドは何かぶつぶつとつぶやいていた。
「犯罪者独特の目つきなわけ…じゃないし。それでも普通に生活していてまとう雰囲気ではない。今まで旅をしてきた中で見た人たちとは、また、違うんだよなぁ。……一体サソリちゃんはどんな生活をしたら……。」
「……私がどうしたの?」
「ううん。ちょっと気になっただけ。それより、今は楽しむしかないよね!」
先ほどとは、明らかに違うテンションで。
否、こっちが本当の性格か。
帽子に手を添えるポンドの瞳は輝いていて。
「ひゃっほーーーーいっ!旅をして、久々のお祭りだし!」
「…ポンド?」
ハイテンションでこぶしを宙にあげたポンド。そして、それに続くものが一名。
「いえーい!」
「…アデリ……?」
よく、この短時間で乗り気になれるなあ、と思ってしまう。
「よーし、ポンド君、今から全ての屋台を回っちゃおう!」
ポンドの手を取り、近くの射的屋を指すアデリ。
「よーし!まずはあの、射的屋から!」
「え?」
あまりのすばやい一連の出来事に、私の脳はついていけなくて。
「「レッツゴー!」」
屋台に向かって元気よく駆け出していく二人を見ながら。
「これじゃあ、ただの祭り歩きになっているような。__いや、世間一般では、友達とこうやって歩くのが正解なの、かな……。」
私は一人、ため息をついた。
私は友達のふりをして、と頼んでアデリに友達のふりをしてもらったわけなのだけれど。
ああいうノリに、違和感ないように合わせないといけないのか。
……なんて大変なんだ、【友達】。甘く見すぎてしまったと、後悔する。
……というわけで私たち三人はハイテンションでそこら辺の店を周り始めた。(もちろん、私抜きで。)私はというと…まあ、予想通りというわけか。テンションが高めの二人を見落とさないよう、追いかけるのに精一杯だった。
何件か店を回ったとき。
子供用迷路の前で、ひとりで立っている私たちと同じぐらいの少年が見えた。あの身長だと、迷路には入れなそうだけれど、あの人は何をしているんだろう。
アデリがその少年に向かって手を上げる。
「あ、あそこにいるの、レオ君だ!やっほー!」
少年は、アデリに気が付くと、手を振り返して。少年の肩ほどまでの長さの水柿色の髪が揺れた。
「ああ、アデリか!……あれ、今日って、いつもの友達といないのか?」
「あ、はは…、いやちょっと色々あってさ〜。」
アデリは苦笑しながらぽりぽりと頭を掻いた。
「…そういえば、レオ君は今年も家族と来ているんだよね。」
「そうなんだ!弟達が今、ここの迷路で遊んでいるんだが、……。」
レオ君、と彼女に呼ばれた少年はうなずいて。
そして、真剣な面持ちで、
「……弟達、迷路に夢中になって、一向に出てくる気配がしねーんだ。」
と。
数秒、辺りに沈黙が満ちて、
「あはは!兄弟あるあるだねー。」
と、アデリが腹を抱える程爆笑していた。
……それほど爆笑することなのだろうか。ポンドのほうを見て、彼が笑っていないことを確認して、ようやくアデリが笑い上戸なのだと発覚する。
「…いや、こっちは二時間も前から待っていて。笑い事じゃなねーっての。」
「ごめんってば。……うーん、すぐに出てくると思うんだけれどねー。」
「そうか?アデリがそういうんなら、そんな気もしなくはねーが。」
「あ、アデリちゃんのお友達?ぼく、ポンドっていうんだ!」
と、先ほどから、アデリのそばにいて、話しかける機会をうかがっていたであろうポンドが飛び出した。
「うん、元クラスメイトのレオ君だよ。」
「そっか。俺はレオ。レオ・フェイジョアだ。よろしくな。……こっちの子は?」
「……サソリ。」
先ほどと同じように、名前だけレオに名乗った。
引き続き論じるが、苗字はこの作品の展開上あまり関係ない。
……というか。
「…アデリ、いつもこうやって自己紹介するの、少しめんどくさくない?」
先生のところにいた時は、いつも先生と二人きりだったため、こうわざわざ自己紹介を重ねる必要はないわけだが。
「え?そう?普通だと思うけれどな〜?」
……これが普通だったわけか。友人関係は、ほんの少ししか知らない私が再現できるほど浅い世界ではなかったらしい。
「…逆にサソリちゃんは今まで自己紹介がいらない環境にいたのかな?」
「ま、まあ。」
鋭いところをつかれ、私は押し黙った。
アデリはそんな様子の私を特段怪しいと思わなかったのだろう。レオに話しかける。
「そういえばさ、さっき、ロカちゃんにあったんだけれどさー。」
「ロカって……ロカ・フォンティーヌの事か?」
「そうそう!それで、しばらく一緒に歩いたんだけれど――」
そう、レオに話しかけるアデリの目はいきいきしていて。確かに、意志と感情。私が持っていないはずのものを持っていることが分かって。
……私も、昔はあんなふうに笑うことができたのかな、と少し思ってしまった。
……まあ、今はどうでもいいことだが。
「ふー!やっとでれた!」
と、幼い女児の声が迷路の出口から聞こえてきた。
そちらに目をやると、どことなくレオの面影を感じる女児と男児が、うーん、と伸びをしていて。
「あっ、兄ちゃんあっちの方にいるよ!」
妹より少しばかり背の高い男児のほうが、レオのほうを指さす。
レオと視線が合ったとたん、二人はレオに向かっておにーちゃん、と駆け寄って。
レオはそれを迷惑ともとることなく、ただ、笑顔で、
「二人とも、遅かったから、心配したぜっ!」
と、二人の頭をなでて。
そこだけ切り取ると、あの三人はほほえましい、どこにでもいる仲の良い兄妹で。
「……弟に、妹かあ、いいな。」
無意識に、言葉が出た。
今、私のそばには母や父、それに妹ちゃんがいなくて。温かい家族の団欒を見ているとそれを無意識にでも意識してしまうのかもしれない。
「……私も、家族で、あんなふうに。」
あんな風に、どうしたいのだろう。
じゃれているフェイジョア兄妹のほうを、そんなことを思いながらぼんやりと眺めていて。
とたん、後ろから高い声がした。
「?サソリちゃんはいないの?」
アデリだ。
多分、レオとの話が終わった後、こっちに来たのだろう。
「ずっと前、行方不明になった。」
「?」
「…ごめん。やっぱなんでもない。」
先生のところにいた時は聞かれたことは何でも話そうとしていたのに、今はなぜか、家族の__妹のことを話すのははばかられた。
「うん、そっか。サソリちゃんもレオくんたちの方に、」
「ううん。今は一人になりたい気分だから。」
これ以上、家族の話題を振られたら心がざわついてしまう気がして。
私は静かに首を振った。
「わかった!じゃあ、三人でちょっと話しているね。」
そういって、アデリは先に話していたレオとポンドのところに合流し、再び会話をしだした。
何の話をしているのか、ここからではよく聞こえないが、彼女がことあるごとに大げさというほど、正直な素振りで笑っていることが見えて。
それができない私には、その彼女の姿がとても眩しく見えて。
……私も、あんなふうに笑うことが出来たなら。
きっと、感情を失った今、それは叶わないのだろうけれど。
それでも、仲睦まじく話している三人を見ると、今はこの場にいない父と母、それに妹のことを思い出した。
昔は……私もその中に混ざって、笑っていたんだ。
今の今まで思い出していなかった日常の一片。
今は失ってしまったけれど。
それでも、楽しそうな三人を見ていると、少しいい気分になった気がして。
もう少しだけ、この場所にいたいと思ってしまった。
そう、私も少しこの場にいることを楽しみ始めていた時だった。
魔法警察の追手がこちらにやってきたのは。
その後、私達四人(と、レオの弟妹二人)は、なんだかんだ一緒に屋台をめぐった。
牢屋から逃れてだいぶ時間もたったからだろう。心なしか、私の気も緩み始めてきて。
だから、特段注意しなかった。
たったった、とこちらに向かって駆けてくる足音がしても。
周りの喧騒が、不気味なほどに収まっていたとしても。
私は気にせず、アデリたちと歩みを進めていて。
不意に、後ろから手をつかまれた。
「祭りのせいで匂いが薄まっていて、やっと見つけた。宝石を盗もうとした、犯罪者。」
振り返ると、私のすぐ後方に、あの夜の銀髪に黄色い瞳の魔法警察がいて。
私をつかんでいないほうの手には、手錠を持っていて。
私は敗北を悟った。
「逮捕します。__今度こそ、本当の、本当に。」
魔法警察がかちゃり、と私の左腕に手錠をかけ。
と、アデリが魔法警察のもとまで駆け寄った。
「え?サソリちゃんっ⁈え…その子は、多分、違うんです!」
アデリの表情には、驚愕が貼り付けられていて。レオもこちらを見て目を白黒させていた。ただ、ひとりポンドは、諦めたような表情で下を向いていた。
「?サソリが犯罪者って……どういうことだ?」
「アデリ…。それ以上、言っちゃ、」
ポンドが慌ててアデリのほうに向かってきて、片手でアデリの口をふさぐ。
続けてこちらを見て、まさか想定はしていたけれど、といって。
「まって!」
と、まだ私が人違いだと思っているのだろう。アデリがこちらに手を伸ばした。
その手を、ポンドが止め、私が首を振るのは、同時だった。
「……いいよ。私が罪を犯した事実は変わらないし。」
「サソリちゃん……?」
アデリの瞳が、大きく見開かれる。
それが何の感情によるものだったのか、私はもう、分からない。
それでも友達というほど近しい間柄ではなかったものなので、こうして魔法警察に発見されても、そんな感情を抱くとは、考えていなかった。
私はあいているほうの右手をポケットに突っ込み、あるものを取り、アデリに投げる。
「はい。これ、返しとく。牢に入ったら、どうせ奪われるし。」
アデリが両手で受け止めたそれは、先ほどアデリが私に買ってくれたストラップだ。
アデリはさみしそうな面持ちで、しばらくそれを見つめていた。
「……それにさ。アデリ達と話していて、気が付いたんだ。」
「え。」
アデリが私のほうに再び顔を向ける。
その顔を見て、少し、思い出した。
感情豊かな少女に連れられて祭りに回った、今日という日のこと。
アデリを通して、ロカや、ポンドや、レオに遭って。
少しずつだけれど、思い出してはきた。
大事なものを愛しいと思う気持ち。
この時間がずっと続いてほしいという気持ち。
__たとえ、もう、掴めなくても。
「あの日感じた感情はもう掴めないけれど、記憶は確かに、ここにある。」
それでもいつか、私が感じた感情は、記憶の中に眠っている。
楽しいも、悲しいも。
悔しいも、嬉しいも。
素直な彼女達を見ていると、私の中に眠っていた思い出が思い出せて。
その思い出が、私の中の、暗く冷たい生活を続けるための灯となりそうで。
すべては取り戻せなくても、それで満足していた。
だって、生きる理由も、意味も、取り戻せた気がするから。
「今はそれでいい。……十分すぎるぐらいだよ。」
最後、アデリに別れを切り出そうとしたとき、魔法警察が左手で静止してきた。
「……長話はここらへんにしてください。犯罪者を、署に連行しますから。」
魔法警察のその言葉に、アデリたちははっとした表情になり。
私は魔法警察が先導する道を、静かに歩き始める。
銀髪の魔法警察官に連れられながら、見上げた空は灰色の雲が一面におおわれていて、月光など、片鱗も姿を見せなかった。
まるで、正義にも悪にもなり切れない中途半端な私のようで。
きっと、昔の私なら呆れるのだろう、と、なんとなく思った。
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