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 琥珀紋学院(こはくもんがくいん)大学。  山の上に建ち広く日本海を見渡すことのできるこの大学は、文学部、社会学部、政治学部、法学部、経済学部の五つを擁する私立大学で、最近ではグローバル学部の新設が予告されている。  約7千人の学生がキャンパスライフを営んでいる。運動部も文化部も全国へと目を向ける活動を積極的に展開しているわけではないし、サークルの数もそれほど多いとはいえない。  半数近くの学生は、サークルに所属することなく、キャンパスの外で「モラトリアム」を過ごしている。  それぞれの学部の上には大学院があるけれど、どの研究科も、大学院生の数が二桁になることは滅多にない。これは、あまりに少ない数と言える。  例えば、有名国立大学の大学院には、一人の教員に十人近くの院生が指導を受けている。ひとつの研究科で百人近くの院生が在籍していることも稀ではない。  それに、琥珀紋学院大学は、研究をするに適した設備が充実しているわけでもない。大学図書館の蔵書の数も少ないし、他地域への交通アクセスも良いわけでもない。教員の中からは、大学院不要論が持ち上がっているくらいだ。  そんな琥珀紋学院大学だけれど、文学部にだけは、自分の専門分野で大活躍している一流の研究者が(そろ)いに揃っている。よって文学部の教員が指導を行なう人文学研究科は、かりに大学のネームバリューがあり研究設備が整っていたとしたら、日本有数の大学院になっていたかもしれない。  でも実際はそうではないわけで、現にいまは2名の大学院生しかいないし、その前年はひとりもいなかった。  いまや、大学の名前が社会でものを言わし、と呼ばれるひとたちが、の関係において大切なものはなにか、という問いを忘れかけている。  そんななか、ここにいる「研究者」とその「教え子」たちは、不要で幼稚と切り捨てられてしまいそうなコトを、洗練されずに残ってしまった歪みや(かど)のようなモノを、愛おしいほどに大事にして、をふりかざす風潮に抵抗している。  主流に属しているわけでもなければ、異端に身を置いているわけでもない。彼・彼女らは、頂上を競う兎でも亀でもなく、レースから降りた兎と亀である。自分たちの信じる道を、自分たちのペースで進んでいる。  もしこの物語を――「研究者」たちと、その「教え子」たちの、研究に対する熱意を、葛藤と苦悩を、夢を叶えるまでの軌跡を、一緒に追いかけてくれるのならば、そして、そこからなにかを感じ取ってくれるのならば、これ以上に嬉しいことはない。
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