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冬のある日の、部活のない日の学校帰り。俯いて歩くわたしの目に、ひらひらと落ちてくる白いものが映った。それは、ローファーのつま先あたりに乗っかって、一瞬、ふわっと白い花を咲かせる。
雪だ。そう思った瞬間、それはふっと溶けて消える。
わたしは顔を上げて、天を仰いだ。ひら、ひら。舞い落ちてくる小さな雪の粉。思わず足を止めて、灰色の空から届いたそれをしばらく見つめる。
「雪なんて、久しぶり……」
虚空に吐き出される息は、ほんの少しだけ白い。粉雪が、わたしの頬に触れた。――冷たい。でもすぐにふわっと消えていく。
しん、しん。静かに降っている雪の中、わたしは再び駅に向かって歩き出す。その時だった。
「あれ、若菜先輩」
向こうから歩いてきた制服姿の女の子が、わたしの名前を呼んで足を止める。よく見ると彼女は――同じ部活の後輩、柚香だった。
「え、柚香?」
わたしは驚いて目を見開く。
「ごめん、気づかなかった」
謝ると、柚香はくすりと笑いながら言う。
「だって先輩、上見ながら歩いてましたもん」
「え、そうだった?」
「はい。……雪、ですね」
柚香も空を見上げる。灰色の、分厚い雪雲が視界に映る。
「これ積もりますかね」
「どうだろうね」
「もし積もったら、剣道部みんなで遊びましょうね」
「え、昼休みとかにってこと?」
若菜は柚香に思わず訊き返す。すると後輩は「ええ」と頷いた。
「だって絶対楽しいですよ。雪合戦とかしましょうよ……みんなで若菜先輩に集中攻撃かけたり、あとは若菜先輩を雪だるまにしたり」
「おい? やめろ?」
雪合戦はともかく、わたしを雪だるまにする、とは。それをいとも真面目そうな顔で言う柚香を、軽くペシンと叩く。
「……てゆーか、柚香はこれからどこへ?」
「わたし、これから塾なんですよ。今は駅前のコンビニで夜ご飯買ってきたところです」
「そっか」
だから駅の方から歩いてきたのか。確か彼女の通っている塾は、学校の側だったはずだ。
「あ、じゃあ勉強頑張って」
わたしは片手を上げて柚香に別れを告げる。
「はい、ありがとうございます。先輩も頑張って」
「なにを」
「雪だるまにされないように」
「いや意味わかんない」
また、歩き出す。雪はさっきより少し、強くなっていた。積もるかな、雪。柚香の言っていた、剣道部みんなでの雪遊びの光景を少し思い浮かべて――ひっそりと笑みをこぼす。まあ、明日のお楽しみか。
駅はすぐそこだ。
(了)
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