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27 婚礼の日
貴族の十五人あまりが、捕らえられたのは春も終わりのことである。
国で決められた以上の税を徴収し、民を苦しませた罪と、意図的に虚偽の報告を王にし、国を戦乱の危機に陥れたと言う二つの罪に問われている。フローラ国はしばらく混乱することになるだろうが、英邁な王を戴く国である。すぐに元のような静かで美しい国となるはずである。
「アランがあの時、勇気を出さなければ、大変なことになっていたわ」
「ヴァレリー殿下にも感謝しなくてはな」
それから季節は巡り、今は晩夏。
アランたちはダデールのフェアリーが住む城のモデルだと言われている霧の谷に立っていた。常緑の山と山に挟まれ、豊かな水が河に注ぐそこは『青の王国記』を読んだことのない人間にすら、幻想を抱かせる神秘的な場所である。
木漏れ日が泉に差し込み、銀色に水面(みなも)が揺れる。クリスティーヌは手で水を掬って飲んだ。冷たい。もう一口と思って手を伸ばすと、魚が手と手の間をするりと逃げて行った。
「クリスティーヌ! さあ、始めましょう」
現れたのは谷に住むと言う人魚、ではなく、人魚の格好をしたオデット王女である。金棒を持ち、スカイブルーのドレスから尾ひれを覗かせている。
「どう似合っっている?」
ジョルジュは、魔王ソフテの悪友のドラゴンの格好をしていた。緑のコートに紺のズボン、もちろん尻を地面に引きずり、その頭には一角がある。
普通なら呆れ、知り合いに会いませんようにと思うところだが、今日ばかりは誰も気に留めない。なぜならこれはクリスティーヌとアランの結婚式で、招待客の全てが『青の王国記』の登場人物に扮しているからだ。かく言う、アランは魔王ソフテ、もちろんクリスティーヌはフェアリーで、純白のウエディングドレスにはちゃんと羽が付いている。言わずもがなウエディングプランナーはオデット王女である。
「全くこんな格好恥ずかしいわ」
文句をしきりに言っているのは、ヴァレリーとその取り巻きであるが、愛好者が驚くほどの完成度の『青の女王』の戴冠式のドレスを再現しているところを見ると、楽しんでいるのは間違いないだろう。ただ、アランの母がメドゥーサで夫の公爵が石にされた男と言う自虐的なジョークはあまり笑えない。
「病める時も健やかなる時もクリスティーヌ・デラフォンを妻としますか」
「はい」
「クリスティーヌ・デラフォン、あなたは病める時も健やかなる時もアラン・ルルーレーヌを生涯愛しますか」
「はい」
二人は誓いのキスをした。人々が拍手し、『青の国』の風習である青い桐の葉を撒く。緑の苔が一面に生す上を歩き、見上げれば谷の合間から高い空が見えた。夏の雲が今年の暑さを物語るかのように白く輝き、谷から流れ落ちる瀑布が虹を作ってクリスティーヌを祝福した。
「いい風」
耳に髪を挟み、クリスティーヌは風が草原(くさはら)を下っていくのをいつまでも見ていた。風が谷に吸い込まれるようにして消え、清らかな空気となって天に昇って行けば、ここはもう蒼い幻想の世界だった。
「クリスティーヌ」
振り向けば、アランがシャンパングラスを二つ手にしていた。
「思わず君に見惚れてしまったよ」
彼は覚えているだろうか。
それは初めて会った時と同じセリフだったことを――。
了
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