天命

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天命

   ハルトが前世を思い出したのは会議室でのことだった。  冒険者ギルド受付課長ダゲハが生活魔法『スクリーン』で壁に映し出したグラフを長い木棒で指し示そうとして、誤って木棒を落とした。  おっと、と言いながらダゲハは木棒を拾う。  冒険者ギルドの退屈な定例会議における、変わり映えのしない日常の一コマだ。  だが、ハルトはこれに違和感を覚えた。  前にも似たような事あったな、と思った瞬間、スーツ——何故かそれが『スーツ』と呼ばれる服だと理解できた——を着た男とダゲハ課長とがダブって見えた。  そして、直後、目の奥で閃光が走るような激しい頭痛に襲われた。  何分たったのか、あるいは何十分か、自分でも分からなかったが、頭痛は治まっていた。  にもかかわらず、頭を抱えるようにしてハルトは固まる。  これまでの現世での冒険者ギルドに就職するまでの記憶と、前世の公務員としての記憶が遺伝子構造(ゲノム)のように螺旋(らせん)状に絡まり合い、脳に焼き付くように次々と定着していく。それはドミノ倒しのようでもあった。  やがてハルトは全てを思い出した。  そして、おもむろに持っていたペンの両端をむんずと握り、 (うォォオオオい! なんで前世公務員になって後悔してたのに、またギルド職員なんていう地味な仕事してんだ僕ゥウ!)  ペンをへし折った。  別の意味で頭が痛かった。それは絶望と言っても過言ではない。 (転生したならもっとさァ、冒険者とか! 勇者とか! スローライフとか! 色々あるでしょ! なんで社畜?!)  異世界転生に憧れを持っていた記憶をもハルトは思い出していた。異世界転生を果たしたなら、チートとか、女神とか、ハーレムとか、そういったものは外せない。  ——なのに、である。  ハルトにそのような体験は一切訪れなかった。まるで青春の10代を引きこもって過ごしてしまったようなやり切れない悲しみがハルトを支配した。 (え、待って。可愛い幼馴染は?——おらんがな! 原作知識は?——原作ってなんやねん!)  自分への文句が止まらない。1人ノリツッコミとも言えるし、頭がバグった人とも言える。  幸い口には出していないが、顔には出ていたようで、見かねた隣人から肩をつつかれた。 「先輩。なに会議中に顔芸してるんです? ダゲハ課長が頭光らせて睨んでますよ?」と隣に座っていた後輩、フェンテが顔を寄せて小声で言った。  フェンテの赤みがかった髪の毛が近づいて、香料の良い匂いがした。そのおかげか、ハルトは少し落ち着きを取り戻した。幼馴染ではないが、可愛い後輩で今は手を打とう、と。 「睨む時に光らせるのは目だろ」ハルトはそう言いつつも、頭も光ってるけどな、とダゲハ課長のはげ頭に目をやった。相も変わらず光っていた。 「ダゲハ課長は頭と目、両方光るんです。そういう仕様です」 「生まれた時からハゲみたいに言うな。ダゲハ課長だって、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、結果的にハゲただけだろうに」 「いえ、ハゲは天命です。つまり生まれた時からの仕様です」 「いやな天命だな」  僕は違う天命でお願いします、とハルトが天に祈りを捧げていると、ダゲハ課長が唐突にハルトを名指しした。 「ハルト。当ギルドの直近3年の収益で、ここ。この3か月だけ値が跳ね上がって(・・・・・・・・)いる。何故だか分かるか?」  ダゲハ課長は木棒でスクリーンのグラフをバシバシ叩きながら、鋭い眼光をハルトに向けた。(あら)を探す姑のような粘着質な視線にハルトの緊張は、最底辺から急激に高騰し、一瞬で最高潮に達した。  ハルトは立ち上がり叫ぶように答えた。 「頭がハゲ上がって(・・・・・・・・)いるのは天命です! 決してダゲハ課長の責任ではありません!」  会議室の温度が3度くらい下がった気がした。  見回すと会議参加者の同僚はハルトから目を逸らした。仲間と思われたくない、という強い意志をひしひしと感じる。  上司たちはハルトを睨みつけて憤慨している者、ゴミを見る冷ややかな目の者、あるいは初めから関心のない者、様々だ。  愛すべき後輩フェンテちゃんは、顔を伏せて震えている。ブフッと小さく聞こえたから多分笑いを堪えている。  ハルトは未だ事態をよく理解できておらず、とりあえず「僕、また何かやっちゃいました?」と言っておいた。 「ハルト。あとで指導室に来たまえ」と氷のように冷ややかな声で告げられた。  言うまでもなく、この後、めちゃくちゃ怒られた。
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