人魚皇子の独り言

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 人魚と聞いてどんな姿を思い浮かべる? きっと長い髪の美女。しかもスケベな奴は上半身は裸の姿を、鼻の下をのばして想像しているに違いない。と俺は考える。阿保か!? と突っ込みを入れたい。  人魚イコール姫だとか、人魚イコール女だとか、この時代先入観はダメ。そうさ俺は人魚なのだ。人魚王子だ。おいおい。王子と聞くなり美少年、美青年、ついでに上半身は細くて華奢な姿を想像したそこのきみ。そういう思い込みは捨てなさい。  かくいう俺は筋肉隆々、筋骨逞しい上半身の持ち主だ。いかんせん下半身は鍛えるのが難しい。だがバシバシ水しぶきをあげるように尾鰭を動かしまくっているから、他の人魚よりも太い。ギュギュっと締まっている。  だから何だ? と言われたら困るが、実は人間の持つ二足歩行用の足になってみたい、というのが俺の夢だ。実際、海底に住む魔法使いに頼めば、人間にはなれる。ただし等価交換が発生する。  人魚姫の物語を知っているだろう。彼女は口が効けなくなった。俺としてもそれは困る。耳が聞こえなくなることも、目が視えなくなることも困る。だから足を求めることは早々と諦めている。  だいたい欲しいモノなんてのは、欲しいと思っている間が幸せで、手に入ってしまうとそこで終わるので、また別の何かを欲してしまうわけで、いわば欲の連鎖なのだ。  で、俺はその”欲の連鎖”にハマらないよう、身体と共に精神も鍛えている。どうやって? 瞑想だ。まぁそういうわけで、人魚王子の俺は海の世界の平穏を願い守るために、日々鍛錬中なのだが、困ったことに俺の友がやたらと誘惑に負ける、精神が弱いのだ。しかも全身、ナヨナヨしていて、病気じゃないかってくらい血色も悪い。友は毎晩、海の上に顏を出して星と月を眺めている。しかもそれを人間と一緒にだ。その相手は友にやさしいようで、友のことを他の連中には言っていないようだった。  友はその人を好きになっているようで、 「人間になりたい」  と言い出したのだが、やはり等価交換を恐れて、なかなか人間になろうとはしなかった。 「結局はさ、お前の姿ってのはその程度なのさ」  と俺は冷ややかに言い放った。友は反論できず、 「そうだと思う」  と言った。  だったらこの恋愛は諦めて、その人と会うことわ辞めるべきなのだ。と俺は思った。  お互いに叶わぬ想いを抱いて、毎晩会い続けたって別にかまわないが、それならそれでその関係に満足すれば、俺だって何も言わない。  なぜ俺がその恋愛を諦めろと言ったのか。 それは友が毎日俺に、 「相手と一緒になりたい」  と言うのだ。 「だったら等価交換で人間になれ」  と言うと、 「それは無理だよ」  と言う。 「それができないなら諦めて、今の関係で満足しろ」  と言うと、 「それも嫌なんだよ」  と応える。  挙句の果て、 「王子、きみなら何とかできないか。できるだろう」  と見当違いもはなはだしいことを言ったのだ。だからこの恋愛は終わりにしろ!! と俺はきつく言った。  その後、友の姿を見なくなった。友のことは気になるが、俺も王子の仕事と筋トレで多忙だ。かまってやれない。  友には他に友達がおらず常々、 「友達が冷たい」  とか 「友達がいない」  とか言っていたが、それも当然かもしれないと思った。なぜなら俺の仕事中にやって来て、恋の悩みを一方的に捲くし立てるなんてことは日常茶飯事だったのだ。  そのくせ、恋に悩む前は殆ど何の連絡も寄越さず、俺が友にバースデープレゼントを送っても何の返事もなかったのだ。  自分が順調なときは何の連絡もせず、そうでなくなった途端に依存して、しかも自分自身のことを他人にどうにかしてもらおうなどと考えるというのは、いかがなものか。これでは友達も失くすというものだ。 「王子、何やら人間が!!」  と従者が呼ぶ。  声の方へ泳いで行くと人間が意識を失っていたので、城へ運んだ。  人間は若い男だった。そいつは目が覚めるといきなり、 「僕を騙したなぁ!!」  と怒鳴った。 「何をいきなり。誰に向かって言っているんだ」  と俺は人間を睨め付けた。男は急におとなしくなり、 「もしやここは人魚の国で?」 「ああ。俺は人魚王子だ。何があった」 「何があっただと!? 人魚が僕を騙したんだよ!! 色白の細いあの人魚め!! オスだったのかよ!!」  こいつが友の恋の相手? いや……男と思ったが、この人間、男ぽい女のようだ。 「ちょっと待った。あなたはその人魚をメスだと思ってた?」  人間は頷いた。 「人魚なのにさ、Tシャツなんか着ていたんだよ。それにさ声も高いし、ロン毛だし、スマートだったし。僕はてっきり女の人魚だと。いたいけな僕の心を弄びやがって!!」 「わかりました。奴にはきつく言っておきますので、早く地上へお戻り下さい」  俺は人間を陸へ送り届けた。 「もう二度と顏を見せるな!!」  と捨て台詞を吐いて去って行った。 「ごめんなぁ」  突如、友が姿を現した。 「お、おい!! てめぇ何やってんだぁ!!」  俺は呆れ顔で友を見た。友は人間の後ろ姿を見つめて言った。  「僕はあの人が女の人だってすぐに判った。あの人は女の人。僕は人魚だけど男。恋愛は男と女がするもの。きっといつかは結ばれると思っていたのに」  俺は呆然と友を見た。こいつは視野が狭い。世の中のこと知らなすぎる。勉強不足すぎ。 「いつも僕は、僕ばっかりがうまくいかない」  と友は呟いたので俺は言ってやった。 「何もお前だけがうまくいってないわけじゃないぞ。だいたいお前って、他の人魚が悩んでいるとき、自分には無関係って反応をしてたよな。そんなだから自分が悩んでいるとき誰も聴いてくれないんだぞ」  友は眉尻を下げつつも、 「――でも僕は、みんなに気を遣っていて、色々としてあげてもいるんだ」  と他の人魚にしてあげたことに対しての見返りを求めている。これこそが大間違いなのだ。してあげたことは忘れ、してもらったことを覚えておくことが大事なのだ。 「まぁとにかく、鱗の手入れでもして、気分転換しな」  と言って俺は城へ帰った。  友とはそれっきり会っていない。これまで”友”と呼んでいたがもう”友”でも何でもない。この日以後”友”とは全く連絡をしていない。  風の噂ではまた同じようなことをやっているらしい。人間に恋したとかしてないとか。その人間から何やら嫌がらせを受けているらしいとかで、それが辛いならちゃっちゃと別れりゃいいものをできないらしく、海の相談員に恋の悩みを、しかも延々と同じことばかりを話しているとかいないとか。  ほとほと困った人魚である。  いやいや、人魚も人間も似たり寄ったり。  俺は与えられた役目を果たすのみ。そのために今日も筋トレに励むのだ。  人魚王子はマッチョでかっこよくて逞しくなくてはならないのだ。                                おしまい
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