エピローグ かつて王だった男と、王妃だった娘の物語

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 今はイーリスと名乗っている娘が、瓶を抱えて水を汲みにきた。スラムの医師に弟子入りして医学を学んでいる最中だ。  シナンの姿を目にとめて城の方を指差す。   「もう聞きました? 今朝、王子様が生まれたんですって。あとで会わせてもらうんです」 「そうか」  ファジュルが「もうすぐ予定日なんだ」と言いに来たのは三日ほど前だ。政務が忙しいだろうに、ちょくちょくスラムに来る。作業経過を自分の目で確かめるのが大事なんだ、と尤もらしい言い訳をしているが、シナンと話す理由が欲しいだけに見える。  馬鹿な甥に子が生まれたことを、嬉しいとは思わないが、憎いとも思わない。  イーリスは水瓶を抱えて、ふらふらと危なげな足取りで医院にむかっていく。  段差につまずいたところを、旅一座の少年が助けた。よく城に来ていた一座の一人。  あの一座が反乱軍に参加していたと聞いたときには納得した。  その昔アンナがいた一座だ。恨まれるだけの自覚はある。  イーリスより頭半分背の高い少年は、瓶を取り上げて走った。イーリスはなにか声を荒らげながら少年を追っていった。  その姿は王族として暮らしていたときよりよほど生き生きとしていて、自然と口元がほころぶ。  サフが口元に手を添えて微笑む。 「シナンはそうやって笑っていたほうがいいわ」 「俺はもともと笑っていたが」 「前は、楽しくて笑っているのとは違うように見えたわ」 「……ふん。言うじゃないか」  本当に、この馬鹿はシナンのことをよく見ている。  怯えた目をする者や反意を顕にする者、ご機嫌取りをしようと媚びてくる奴らに対して、心からの笑顔なんて出るわけがない。  
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