恋心とうらはら

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 私は調理台の上に置いてある、卵に手を伸ばした。そのまま手を滑らせ、わざと落とした。 「あぁっ!ごめんなさい」  咄嗟にすぐに謝った。皆、忙しく動き回っていたので、私がわざとやったとは気がついていなかった。心から申し訳なく思った。 「いえいえ、良いんですよ」  女性給士さんは布巾を用意した。後の調理に当たってる人も、大変大変と拭くものを探していた。 (よし、今だわ!)  私は勝手口をそっと開け、罪悪感をたっぷりではあるものの、気づかれないように外へ出た。脱出成功。広い芝生の庭のすぐ奥には、書生用のアパートがあった。茶色い建物で、他の学生用のアパートよりはしっかりしている。私はここには踏み入れたことはなかった。書生用のアパートとうちとの間にはフェンスがあったが、フェンスの真ん中にドアがあり、朝の九時から十六時までは解放されていた。 (あ、中田さんだ)
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